Flying Skynyrdのブログ

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グレッグ・オールマン(Gregg Allman)、逝く

今朝、ショッキングなニュースが入ってきました。グレッグ・オールマンが27日亡くなりました。69歳でした。また一人偉大なるミュージシャンがこの世を去りました。

グレッグはご存じのとおり、デュアン・オールマン(Duane Allman)の弟でオールマン・ブラザース・バンド(The Allman Brthers Band)のキーボード・プレイヤーでありまたソロアルバムも多数出していました。

実は近々オールマン・ブラザースを取り上げようかな、などと考えていたものですから、余計に驚いてしまいました。オールマンブラザースとしてのスタジオアルバムは2003年の名作『Hittin' The Note』以来出ていませんが(ライブ活動は継続も2014年に事実上解散)、ソロアルバムは2011年にスタジオ・アルバム、2015年には2枚組ライブ(2014年の音源)を発表して元気に活躍していました。スタジオ・アルバム『Low Country Blues』はその名の通りブルース・アルバムです。ローリング・ストーンズの最近のアルバム『Blue & Lonesome』はこれにインスパイヤされたのかななんて思ってしまいます(考えすぎですか)。

     

グレッグの最初のソロアルバム『Laid Back』は当たりました。それまでのオールマン・ブラザースのブルース色はなくなり、ゆったりとした雰囲気でジャクソン・ブラウンの曲なども取り上げ、レイドバックという言葉が大流行になり、音楽業界以外でも使われるほどでした。クラプトンなどもこぞってレイドバックしました。

同じ時期に出されたデュアン亡き後(24歳でバイク事故のため死去)のオールマン・ブラザースの『Brther & Sister』もそれまでのオールマンのイメージをガラリ変えるほどの変身ぶりでカントリー色が強まりました。これはディッキー・ベッツの影響も大きかったのでしょう。「Ramblin' man」は大ヒットしました。

グレッグの方はソロ第2弾として2枚組のライブ・アルバムを1974年に発表します。『Gregg Allman Tour』です。

これにはバックにCowboyが参加しており、2曲ほど自身でも歌っています。これが実にいいんです。これだけでも価値があります。もちろんグレッグのレイドバックもいいです。

その後、オールマン・ブラザースはディッキーとグレッグの対立で1976年に一旦解散します。その後もグレッグはソロ活動をしながら1978年にディッキーと仲直りしてグループを再結成します。が、1982年に再び解散します。この時期のオールマン・ブラザースは私はあまり好きではありませんでした。アルバムを3枚ほど出しています。

1989年にディッキー・ベッツ・バンドのアルバムへの参加で知り合ったウォーレン・ハインズ(Warren Hynes,g)とアレン・ウッディ(Allen Woody,b)が加わり再び再結成されます。この後、メンバーのブッチ・トラックス(ds)の甥でスライド・ギタリストのデレク・トラックスなども加わり最高のパフォーマンスを繰り広げます(個人的にこの時期が一番好きです)。それでもメンバーは落ち着かず、ディッキーは追い出されウォーレン(アレンとともにガヴァメント・ミュールを結成)もデレク(自身のデレク・トラックス・バンド)も出たり入ったりとなり、とうとう2014年ウォーレンとデレクが正式に脱退を表明し(アレンは2000年に死去)、事実上解散になりました。今年になってメンバーだった先ほどのブッチ・トラックスが自殺し、そして昨日グレック・オールマンが亡くなりました。詳しいことは今のところ何もわかっていません。

オールマン・ブラザースは偉大なるバンド(アメリカの3大バンド(ザ・バンド、デッド)と言われた)でしたが、なぜか不幸の影が付きまといます。デュアンの事故に続き1972年にはベリー・オークリー(b)がやはりバイク事故で亡くなります。そして今年のブッチ・トラックスの自殺と。

私は今はウォーレンの大ファンでガヴァメント・ミュールとソロ・アルバムの追っかけで大変です。その内特集をやってみたいと思います。

 

グレッグ・オールマンのご逝去、心よりご冥福をお祈りいたします。

 

追伸 今入った情報によると死因は肝臓がんとのこと。飲みすぎでしょうか。