Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

ロウエル・ジョージと『リトル・フィート(Little Feat)/デキシ―・チキン(Dexie Chicken)』

ロサンゼルス出身のロウエル・ジョージが作ったバンドリトル・フィート(Little Feat)』です。L.A出身ですが『リトル・フィート』の作り出す音楽はサザンロックに近いです。それは後から触れるメンバー構成にも多分に影響されています。

ロウエル・ジョージ(Lowell Thomas George,vo,g)は1965年頃からバンドを結成したりして音楽活動を開始しましたが、1968年にフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インベンションにギタリストとヴォーカルで参加しました。さらにフランク・ザッパのソロアルバムにも参加しました。しかし、ドラッグ嫌いのザッパはロウエル・ジョージが歌う「Willin'」が気に入らず、馘になる前に自分のバンドを作ったらとアドバイスされ、ちょうどオーディションに来ていたビル・ペイン(Bill Payne,key,vo)と意気投合し「リトル・フィート」を結成することになりました。

同じくマザーズにいたロイ・エストラダ(Roy Estrada,b)フラタニティ―・オブ・マンにいたリッチー・ヘイワード(Richie Hayward,ds)を加え正式にスタートしました。1970年のことでした。

1971年にファーストアルバムLittle Featを発表します。ついで1972年にはセカンドアルバムSailin' Shoesを発表します。しかし、一部では騒がれたものの、一般的な成功までとはいきませんでした。ここで、ロイ・エストラーダが脱退します。代わりにデラニー&ボニーにいたケニー・グラッドニー(Kenny Gladney,b)が加わり、さらに彼の紹介でサム・クレイトン(Sam Clayton,perc,vo)、それにポール・バリアー(Paul Barrere,g,vo)も加わり、新生「リトル・フィート」がスタートします。新メンバー3人のうちケニーとサムはアメリカ南部ルイジアナ出身で、これが前述したリトル・フィートがサザンロックに近い音楽性を持ったバンドになる要因でした。

そして1973年にサードアルバムDexie Chickenが発表されます。

f:id:lynyrdburitto:20171203092156j:plain f:id:lynyrdburitto:20171203092249j:plain

 

Side A

1.Dixie Chicken

2.Two Trains

3.Roll Um Easy

4.On Your Way Down

5.Kiss It Off

 

Side B

1.Fool Yourself

2.Walkin' All Night

3.Fat Man in the Bathtub

4.Juliette

5.Lafayette Railroad

 

プロデュースはロウエル・ジョージです。バックグラウンド・ヴォーカルにボニー・ブラムレットやボニー・レイットが参加しています。

 

リトルフィートのレコードが日本で発売されたのは、実はこの次の作品Feats Don't Fail Me Now(アメイジング!)からでした。それだけ注目されていなかったということでしょう。ところがこの『Dixie Chicken(デキシ―・チキン)』がアメリカでも注目を集め、急遽日の目を見ることになったのです。ちょうどサザンロックが注目されている時でしたので、渡りに船だったのでしょう。

オープニングから南部臭さプンプンです。ロウエル・ジョージのヴォーカルもそれによく合っています。ニューオリンズR&B、ファンク色の強いリズムに加え、ロウエル・ジョージのスライド・ギターが冴えわたります。

 

この後、バンドは1974年に4作目Feats Don't Fail Me Now(アメイジング!)、1975年には5作目The Last Record Albumと続けて良質なアルバムを発表します。この頃になると70年代後半の「ドゥービー・ブラザース」にも似たAORの雰囲気も交えるようになっていきます。

1977年の6作目Time Loves a Heroになると、ロウエル・ジョージのドラッグ漬けの影響で曲も2曲どまりで、バンドのメンバーとの意見の食い違いも顕著になってきます。その間発売された2枚組ライブアルバムWaiting for Columbusはロウエル・ジョージも元気で素晴らしい内容になっています。

1979年にロウエル・ジョージはソロアルバムThanks I'll Eat It Hereを発表してバンドの解散を宣言します。

f:id:lynyrdburitto:20171203100350j:plain

 

しかし、この直後、ロウエル・ジョージは心臓発作で34歳の若さで亡くなります。ドラッグの影響でしょう。

1978年の中野サンプラザでの日本公演で観たロウエル・ジョージの姿が最後となりました。

 

残されたメンバーはロウエル・ジョージが取り残していた録音と追加のレコーディングを行い、アルバムDown on the Farmとしてリリースします。

ここでロウエル・ジョージの「リトル・フィート」は事実上終焉となります。その後1988年に残ったメンバーにクレイグ・フラーが加わり再結成されました。現在もメンバーを入れ替えながら活動しています。

 

ロウエル・ジョージの楽曲はリンダ・ロンシュタットグラム・パーソンズ、サンディ―・デニーをはじめ数多くのミュージシャンに取り上げられ、またグレイトフル・デッドのプロデュースやギタリストとしてニルソン他数多くのレコーディングにも参加しています。ロック界における影響力は多大なものが有りました。

 

なお、2作目からアルバムジャケットのイラストを担当していたのがネオン・パークで、このデザインが実に面白くて、ジャケ買いした人も結構いるのではないでしょうか。

f:id:lynyrdburitto:20171203101647j:plain

 


Little Feat - Dixie Chicken

 


Little Feat ~ On Your Way Down


Little Feat / Rock and Roll Doctor - リトル・フィート / ロックンロール・ドクター( 『ラスト・レコード・アルバム』ツアー 1976))

 

それでは今日はこの辺で。