私の好きな女性ヴォーカリストのベスト5に入るであろう『リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)』の70年代について書いてみたいと思います。
1946年にアリゾナ州ツーソンで生まれたリンダは音楽好きの両親に育てられ、14歳の頃には当時ブームになっていたフォークソングを歌い始めていました。1965年にはボブ・キンメルに誘われ大学を中退しロサンゼルスへ向かいます。そこでボブ・キンメル、ケニー・エドワーズと共に『ストーン・ポニーズ(Stone Poneys)』を結成します。
早速レコード会社と契約しデビューします。ファーストアルバム『The Stone Poneys』は売れませんでしたが、セカンドアルバムの『Evergreen Vol. 2』から「Different Drum(悲しきロック・ビート)」という元モンキーズのマイク・ネスミスのカバー曲がヒットしました。しかしストーン・ポニーズはグループとしてよりもリンダ本人に対する人気度が高く、やがてリンダ個人に対するオファーが多くなり3枚目のアルバム『Linda Ronstadt, Stone Poneys And Friends,Vol.III』実質上リンダのソロアルバムに近いものとなり、結局バンドは解散し、リンダはソロ活動を始めます。
1969年にソロ第1作『Hand Sown...Home Grown』をリリースします。
ここではボブ・ディランやランディ・ニューマン、フレッド・ニールなどの曲をカバーしています。このアルバム、ちょっと地味ですがカントリー・ロックとポップスを混ぜ合わせたような雰囲気でよくできています。
1970年にはセカンドアルバム『Silk Purse』をリリースします。
カントリー色が一層強くなります。この中から「Long Long Time」がヒットします。ミッキー・ニューベリーやジーン・クラークの曲もカバーしています。
1971年にはサードアルバム『Linda Ronstadt』をリリースします。
このアルバムでバックを務めたのがのちのイーグルスのメンバーたちです。その辺のことは以前若干触れていますのでご参考までに。
このアルバムではジャクソン・ブラウン、ニール・ヤング、エリック・カズ、リヴィングストン・テイラー、エリック・アンダーセン、ジョニー・キャッシュなどをカバーしています。リンダの特徴はその選曲にあります。これまでも比較的無名なシンガーの曲を取り上げてきていますが、それらがリンダが歌うことによって蘇ってきます。ニール・ヤングの「Birds」などリンダの透き通った声が胸に沁みます。
1973年には4枚目『Don't Cry Now』をリリースします。
ここではアルバムのプロデュースもしている当時の恋人J.Dサウザーのタイトル曲、イーグルスの「Desperado」、フライング・バリットの「Colorado」、ニール・ヤングの「I Blieive In You」、ランディ・ニューマンの「Sail Away」、エリック・カズの「Love Has No Pride」など選曲と歌唱力が素晴らしい。
リンダは男性関係も豊富でこれまで多数の男の名前が挙がっています。有名なところでだけでもドアーズのジム・モリソン、リトル・フィートのロウエル・ジョージ、ストーンズのミック・ジャガー、それにこのJ.Dサウザー、以前のプロデューサーであるジョン・ボイラン等々、それだけ魅力があるのでしょう。
わたしもリンダの初来日を観に行きましたが、その妖艶さ、可憐さ、存在感といったら形容しがたかったです。
話が逸れました。翌年、リンダの名を全米に知らしめたアルバム『Heart Like a Wheel(悪いあなた)』がリリースされます。
この中の「You're No Good(悪いあなた)」が全米1位に輝きました。このアルバムでもバックを務めるのはイーグルスのメンバーやウェストコーストロックの常連が顔を揃えています。曲もJ.Dサウザー、リトル・フィート、ポール・アンカ、ジェイムス・テイラー、フィル・エヴァリーなど多岐にわたっています。このあたりから歌唱力もぐんと上がってきます。またアンドリュー・ゴールドの参加もポップ色を若干強めている原因かもしれません。
なお前作からAsylumレコードとの契約でしたがこのアルバムは何故かCapitolでした。
1975年には『Prisoner in Disguise』をリリースします。
ここでもニール・ヤング、J.Dサウザー、ロウエル・ジョージ、ジェイムス・テイラー、ジミー・クリフ、ドリー・パートンなどをカバーしており、またマーサ&ヴァンでラスでヒットした「Heat Wave」も大ヒットしました。リンダはこうして多くのミュージシャンの曲を取り上げていますが、彼女自身も彼らのレコーディングには大方参加しています。この辺の交流もファンとしては楽しみの一つです。
翌1976年には『Hasten Down the Wind(風にさらわれた恋)』をリリースします。
ここでは当時まだ売れる前のカーラ・ボノフの曲を3曲も取り上げています。他にライ・クーダー、バディ・ホリー、ウォーレン・ジボン、オーリアンズ、ウィリー・ネルソン、トレイシー・ネルソンなどなどをカバーしています。このアルバムも前作と共にプラチナアルバムに認定されています。タイトル曲の作者、ウォーレン・ジヴォンはやはりこの頃デビューし売出し中でした。こういう人の曲を紹介するのが実にうまいです。
翌、1977年には『Simple Dreams(夢はひとつだけ)』をリリースします。
このアルバムは見事全米1位を獲得しました。バディ・ホリーの「It's So Easy」に始まり、ウォーレン・ジヴォン、J.Dサウザー、エリック・カズ、ロイ・オービソンの『Blue Bayou』、リトル・リチャード、噂のあったミック・ジャガー(ストーンズ)の「Tumbling Dice」など、ロック、ロックンロール色が強くなったアルバムです。
1978年にはソロ9作目『Living in the U.S.A.』をリリースします。
チャック・ベリーのロックンロールから始まり、いつものようにJ.Dサウザー、ウォーレン・ジヴォン、エリック・カズなどをカバーしますが、意外なところではエルヴィス・コステロを取り上げています。コステロがデビューした翌年にあたります。パンク・ニューウェイヴをいち早く取り入れようとする先見の明があったようです。ラストはプレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」です。これがいいんです。
1979年には初来日を果たし、武道館でのライヴに足を運びました。迫力に圧倒されました。
そして1980年にソロ10作目『Mad Love(激恋)』をリリースします。
ここでもエルヴィス・コステロを3曲も取り上げています。さらにクリトーンズの曲も3曲取り上げています。パンク・ニューウェイヴを取り入れた楽曲はこれまでのリンダのイメージを変えるに十分なアルバムでした。
その後、リンダはジャンルにとらわれることなく様々な音楽にチャレンジし、大活躍しました。特に1987年のドリー・パートンとエミルー・ハリスとのカントリーの競演盤はなかなか良かったです。
しかし、90年代に入るとその人気にも陰りが見え、さらに甲状腺の病気で長年闘病生活を送ることになり、2011年には引退を表明しました。現在はパーキンソン病を患っているとのことです。
現在71歳、まだまだ若いので何とか元気になってほしいものです。
Linda Ronstadt "You're No Good" Live 1976 (Reelin' In The Years Archives)
イーグルスの名曲
Linda Ronstadt-1977-01-It's So Easy
Linda Ronstadt In Atlanta 1977 21 Heat Wave
Linda Ronstadt - Dark End of the Street
リンダの映像は選びきれませんね。
それでは今日はこの辺で。