この暑さで急に「八月の濡れた砂」をレコードで聴きたくなって、引っ張り出してきました。
石川セリのファーストアルバム『パセリと野の花』に収録されています。
この曲は1971年公開の日活映画『八月の濡れた砂』の主題歌になっていました。
監督:藤田敏八
日活が経営不振でロマンポルノ路線に転向する前の最後の作品です。この映画で日活ニューアクションは幕を閉じることになりました。監督はあの藤田敏八です。
この映画は名作・駄作の評価が真二つに分かれた作品です。
私のように青春真っ盛りにこの映画を観たものにとっては忘れられない作品になりました。
1970年安保が敗北し、混沌とした世の中で方向性を見失った若者の怒りや絶望、虚無感を見事に現した作品だと私は思っています。
暴力、セックス、車、バイク、海、砂浜、ヨット、夏、すべてが当時の若者の象徴のように描かれています。
倦怠、虚脱、無鉄砲、破壊など、あの時代に青春期を迎えた人間が共通して持っていた感覚ではなかったでしょうか。
『太陽の季節』が湘南の海岸を舞台に無軌道な青年たち「太陽族」を描いて大成功し、日活の全盛時代を迎えますが、この映画も同じく湘南を舞台にしてその日活の最後を締めくくりました。何か因縁めいています。
当初、主役は沖雅也の予定でしたが事故で、広瀬昌助に交代しました。テレサ野田は当時14歳でした。原田芳雄がちょこっと出ているのが嬉しいですね。
今の若者が観たらおそらくなんてくだらない映画だ、と一笑に付されるかもしれませんが、同時代を生きた人間にとっては青春映画の金字塔でした。
前置きが長くなりましたが、この映画の公開の翌年に主題歌「八月の濡れた砂」が発売になりました。映画のエンディングで流れたこの歌が無ければ、この映画の魅力はもっと下がったかもしれません。そのくらいこの曲はこの映画を引き立てていました。もちろん単独で聞いても素晴らしい曲です。
お昼のバラエティ番組だったと思いますが、石川セリが出演してこの歌を歌いました。鳥肌が立ちました。さっそくナケナシの大枚をはたいてLPを購入しました。シングル盤でも良かったのですが、この石川セリという人にも興味があったので思い切ってLPにしました。
Side A
1.八月の濡れた砂
2.野の花は野の花
3.あて名のない手紙
4. 鳥が逃げたわ
5.天使は朝日に笛を吹く
6.小さな日曜日
Side B
1. デイ・ドリーム
2.村の娘でいたかった
3.私の宝物
4.聞いてちょうだい
5.あなたに夢中よ
6.グッド・ミュージック
石川セリは当時の言葉でいうとエキゾチックで何とも言えないムードが漂い、魅力的でした。ハーフなので当然ですが。
当時ニューミュージックという言葉があったかどうか定かではありませんが、関西フォークのような泥臭いフォークソングは影を潜め、拓郎や陽水のようないわゆるニューフォークが頭角を現し、さらにはユーミンのような洒落たポップスが流行り出しました。石川セリもそのようなジャンルに入る歌手だったと思います。
このLPはよく聴きましたがほとんどA面ばかり聴いていました。「八月の濡れた砂」はもちろんですが、その他にも佳曲が多いです。
石川セリはこの後井上陽水と結婚します。陽水作曲の「ダンスはうまく踊れない」は大ヒットします。
それでもやっぱり「八月の濡れた砂」に尽きます。映画のラストでカメラが俯瞰して海の真ん中にヨットを映し出します。カメラはどんどんズーム・アウトし、やがて沈んでいくであろうヨットを撮り続けます。そこにこの歌が流れてきます。
作曲:むつひろし
作詞:吉岡オサム
私の海を 真赤にそめて
夕陽が血潮を 流しているの
あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
悲しみさえも 焼きつくされた
私の夏は 明日も続く
打ち上げられた ヨットのように
いつかは愛も 朽ちるものなのね
あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
思い出さえも 残しはしない
私の夏は 明日も続く
この映画のテーマはやっぱり「赤」でしょうか。ラストの海のシーンではペンキで真っ赤にヨットの室内を染め上げます。そして銃声が響き渡ります。「私の海を真っ赤に染めて、夕陽が血潮を流しているの」。赤のイメージは死のイメージ、そして夕陽は終わりの象徴。日活の最期とダブります。
それでは今日はこの辺で。