Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

いざ東京へ!

映画漬けの高校生活も終わりに近づいてきました。進学を決めたからには大学受験です。しかしこんな生活をしていて、勉強はほとんどせずで大学など受かるはずもありません。さらに「あさま山荘事件」など当時の私にとってはとてつもなくショッキングな出来事があり勉強どころではなかったのです。案の定2つ受けた国立大学は見事に不合格。浪人が決定しました。本来なら浪人生らしく予備校にでも通うのが常識なのでしょうが、親に予備校の費用を出してもらうのも気が引け、自宅浪人を決めました。現役で入学できた友人は数えるほどで、ほとんどが浪人でした。実力もないのにプライドだけ高く、偏差値の高い大学を受けるという校風の高校だったのです。みんな地元の予備校とか東京の予備校に通うようになりました。私は一人自宅浪人で、午前中は図書館、午後は映画館という相変わらず怠惰な生活を送っていました。勉強も大してせず、当然模擬試験なども受けず、自分がどの辺のレベルなのかも皆目わかりませんでした。

東京の予備校にい行った映画仲間からは、東京で観た映画の話を聞かされ、羨ましくてなりませんでした。早く東京へ出たいという思いだけが募りますが、勉強の方はさっぱりでした。

たまに東京に行った友人のK.S君を訪ねて、国立フィルムセンターなどに連れて行ってもらいました。なにしろ入場料が当時80円でプログラムは2日おきに替わるという理想的な映画館でした。東京へ出てからは通い詰めになるのですが。それはまだ後のことです。そこでアントニオーニの『情事』やゴダールの『勝手にしやがれ』などを観たと記憶しています。

商品の詳細商品の詳細

そうこうしているうちにやがて受験シーズンになってきましたが、当時の私はいろいろ悩み事(考え方やら恋愛やら)も多く勉強もろくろくに手につきませんでした。それでもどうにか友人が薦めてくれた滑り止めにひっかかり大学へ入学することが出来、晴れて?念願の東京へと向かうことが出来たのです。本当に親とは有り難いもので、こんなバカ息子に大金を叩いてくれたものです。感謝、感謝。

今思うと何とも恥ずかしい青春時代でした。この時期の勉強はとても大切だということがだいぶ後になって気づくのですが、後悔先に立たずの人生をその後も送ることになるのです。

さて、いよいよ東京生活がはじまります。この続きはまたの機会に。