Flying Skynyrdのブログ

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クイックシルバー(Quicksilver Messenger Service)とディノ・ヴァレンティ(Dino Valente)

今日はシスコの3大バンドと呼ばれながらも、日本では一番知名度も人気度も低かったクイックシルバーを取り上げてみようかと思います。ご存じのとおり他の2グループはジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)とグレイトフル・デッド(Grateful Dead)で日本でも知名度・人気度も高いです。が、なぜかクイックシルバーは日本では売れませんでした。アメリカでは絶大なる人気を誇っていましたが。

クイックシルバーの結成は1965年に遡ります。結成前からひと悶着あって、当初は後に加わるディノ・バレンティもメンバーに入っていましたが、結成寸前に麻薬所持で逮捕され、結局ジョン・シポリナ(John Cipollina,g,vo)、ゲイリー・ダンカン(Gary Duncan,g,vo)、グレッグ・エルモア(Greg Elmore,ds)、デヴィッド・フライバーグ(David Freiberg,b)とジム・マレイ(Jim Murray,harp,vo)でスタートし1968年にはファーストアルバム『Quicksilver Messenger Service』が発表されます。その前にジム・マレイはグループを去ります。

このアルバムにはディノ・バレンティの曲も取り上げられており、まさにサイケデリックロックの傑作アルバムと言ってもいいでしょう。それまでもライブバンドとして人気がありましたが、このアルバムで決定的になりました。

次に4人になったシルバーはフィルモアでのライブを発表します。1968年11月のライブです。タイトルは『Happy Trails(愛の組曲)』です。

このアルバムもライブですが前作の延長線上です。Bo Didlleyの曲を延々と演奏したりして当時のライブ会場の雰囲気が伝わってきます。

ここでゲイリー・ダンカンがディノ・ヴァレンティと新しいグループ・アウトローズをを作るために去っていきます。代わりにセッション・ピアニストのニッキー・ホプキンス(Nicky Hopkins)が加入します。ニッキーは名うてのピアニストで様々なアーティストのアルバムに参加しています。

そして3作目『Shady Grobe』が発表されます。

このアルバムにはゲイリーがいませんが、その代わりのニッキーが凄いです。最後の曲「Edward, The Mad Shirt Grinder」を聴くだけでもその価値はあります。なおこの曲は後にニッキーがソロでも取り上げています。が、断然クイックシルバー・バージョンがいいです。ちなみにそのアルバムは『The Tin Man Was A Dreamer(夢見る人)』です。

そして、いよいよディノ・ヴァレンティが復帰します。ゲイリーも一緒でした。6人編成になります。4枚目のアルバムは『Just For Love(ただ愛のために)』です。

 ディノの加入によって、まるで別なグループが誕生したようにガラッと雰囲気が変わりました。ディノはもともとフォークソングなどのソングライティングでも定評がありザ・ヤングブラッズなどにも曲を提供していました。このアルバムはディノの幻想的な曲調と特異なるヴォーカルで、まるで異空間に入ったような感じになってしまいます。私個人的にはこのアルバムがクイックシルバーのベストだと思っております。ただし、ディノの参加は賛否両論で参加前が断然いいという意見も多くあります。

このアルバムの中では映画「フィルモア最后のコンサート」でも歌われた「Fresh Air」あと「Cobra」「The Hat」が好きです。それとタイトル曲のpt1,2は実に神秘的です。

5枚目のアルバムは『What About Me』です。

アルバムの製作途中でニッキーとジョン・シポリナがグループを去ります。代わりに入ったのがポール・バターフィールド・ブルース・バンドにいたマーク・ナフタリン(Mark Naftalin)です。このころからグループ内のごたごたがあったような感じです。

このアルバムの後、マーク・ナフタリンがグループを離れ、デヴィッド・フライバーグもグループを去り、のちにジェファーソン・エアプレインに参加します。

残ったディノとゲイリー、グレッグの3人はマーク・ライアン(Mark Ryan,b)とチャック・ステークス(Chuck Steaks,key)を加え活動を続けます。

1971年には『Quicksilver』、1972年には『Comin' Thru』をそれぞれ発表します。

 

この2枚、評判はあまり芳しくなかったのですが、実は結構隠れた名盤です。特に前者は「Hope」「I Found Love」「Don't Cry My Lady Love」など名曲が多く非常に聴きやすくなっています。後者の方には先ほどの映画「フィルモア最后のコンサート」で歌われた名曲「Mojo」が含まれています。が、ちょっと散漫な感じは否めません。

こうしてクイックシルバーは事実上解散状態になります。

そして1975年にグループはオリジナルメンバーで(ディノ、ジョン、ゲイリー、デヴィッド、グレッグ)再結成され『Solid Silver』が発表されます。

これはいいアルバムです。いい曲揃いです。「Gypsy Lights」「Cowboy on the Run」「Letter」「Witches' Moon」「 Bittersweet Love」などどれも素晴らしいです。

しかしこれ1枚でその後はこの5人での活動はありませんでした。

80年代に入ってゲイリーがデヴィッドをゲストに迎え”クイックシルバー”の名前でアルバムを発表しました。

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 2009年にはやはりゲイリーとデヴィッドで『Reuinon』を発表しています。

メンバーのうちジョン・シポリナはグループ脱退後"Copperhead"なるグループを結成し1973年にアルバム『Copperhead』を発表します。

ジョン独特のギターサウンドが炸裂します。

その後、テリー・アンド・ザ・パイレーツ(Terry & the Pirates)に参加したりソロアルバムを出したりして 1989年46歳で亡くなりました。

パイレーツ参加時代とソロ時代で私が持っているCDは次の3枚です。

 Return to Silverado f:id:lynyrdburitto:20170526124356j:plain

3枚目はブートレグかもしれません。2枚組です。2枚目も2枚組です。

 

さて、ディノ・ヴァレンティですがクイックシルバーに正式に参加する前にソロアルバムを1枚発表しています。『Dino Valente』です。

これこそまさに隠れた名盤です。こういうのをアシッドフォークというのでしょうか。その後のクイックシルバーを予感させるような幻想的なアルバムです。残念ながら1994年に57歳で亡くなりました。

最近になって、最近と言っても2011年ですが、彼の未発表曲集が発売されました。

Get Together : The Lost Recordings Pre-1970 / Dino Valenti

これは貴重です。先ほどのザ・ヤングブラッズ(The Youngbloods)に提供した名曲「Get Together」が聴けます。

面白いのは前は"Valente"だったのが今度は"Valenti"と表記されていることです。本名は"Chester William "Chet" Powers、Jr." チェスター・パワーズといいます。ディノはステージ名で、ソングライターとしては"Jesse Oris Farrow ジェシ・ファロウを使います。

クイックシルバーは1990年以降、様々な未発表音源集、コンピレーション物が発売されています。その数と言ったらグレイトフル・デッドやジェファーソンほどではないにしても結構な数が出ています。そのたびに買っていますので大変です。タイトルやジャケットが違っても中身は同じなんていうものもあって、ああ、また騙された、いかにもアメリカらしいなんて思って、悔しがったりしています。それもまた楽し、です。

ここには上げきれないので省略します。

また、当時のサンフランシスコシーンを見られるDVDがあります。『Go Ride The Music and West Pole』です。ジェファーソンもデッドもクイックシルバーさらにはスティーヴ・ミラー、サンズ・オブ・チャンプリンまで、ウェストコースロックファンにはたまりません。でも、ちょっと食い足りないかな。

それとクイックシルバーは出ていませんが『Festival Express』にはデッド、ザ・バンドジャニス・ジョップリンそして以前取り上げたフライング・バリット・ブラザースまで出ています。ただし、グラム・パーソンズはいませんが。さらにはバディ・ガイ、マッシュ・マッカーンまで。これもファンには垂涎ものでしょう。

   

そのうちデッド、ジェファーソンも取り上げてみたいですが相当な根性が要りそうで躊躇います。それでは。