Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

映画『テル・ミー・ライズ』を観る

昨日のキネ旬シアターはテル・ミー・ライズでした。

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監督・脚本:ピーター・ブルック

主演:マーク・ジョーンズ

制作:1968年 イギリス

 

演劇界の巨匠、ピーター・ブルックの5本目の映画作品です。1968年製作でカンヌ国際映画祭にも出品するも突然上映禁止となります。しかし、ベネツィア国際映画祭では審査員特別賞とルイス・ブニュエル審査員賞の2部門で受賞します。この作品はアメリカ、イギリスの一部でしか上映されず、しかも様々な妨害に遭い短期間での上映しか出来ませんでした。また本編も紛失し幻の作品とされていました。それが2011年に発見され、再上映ということになりました。もちろん日本では初公開ということになります。

しかしなぜ上映禁止になったのか。それは当時のベトナム戦争を痛烈に批判したからです。

舞台はスインギング・ロンドン時代のイギリス・ロンドンです。ベトナム戦争によって傷ついた子供たちの写真を見たイギリスの若者たちの行動を描いたセミドキュメンタリーです。

 

雑誌で包帯だらけの子供の写真を見たマーク・ジョーンズは恋人や友人にどう思うか尋ねます。そして自分たちも何か行動を起こさなければと、デモや集会、朗読会などへ参加します。

その中でベトナム戦争の意味、意義を政治家や宗教家達と議論します。この中でたくさんの意見が飛び出します。

共産主義、親共産主義、戦争の必要性、核の必要性、イギリスがとるべき立場、民族・人種に対する抑圧・解放、女性への差別・解放、などなど様々な意見が交わされます。監督はあえて答えは出しません。

 

面白く興味深い会話がたくさんあったのですが忘れてしまいました。記憶力の低下がなんとも恨めしい限りです。

印象に残ったのは、「我々イギリス人はベトナム戦争の映像をまるで映画のように楽しんでいる、暇つぶしには最高だ。なぜなら自分たちには直接関係ないからさ、痛くも痒くもないよ」みたいな意見を言った老人がいました。

この発言は我々日本人が湾岸戦争イラク戦争の映像を毎日のように見せられた時の感想に似ています。そう対岸の火事なのです。IS(イスラム国)の惨劇もシリアの悲劇も所詮日本人には対岸の火事です。

この映画はその対岸の火事をいかに我が事のごとく感じ、行動できるかということを、我々に問いかけています。現代にも通ずる問題だと思います。今この映画が上映される意義を考えてみたいと思います。

 

ベトナム戦争に抗議する僧侶の焼身自殺のシーンは実写だと思います。ショッキングです。さらに銃殺シーンも実写だと思います。なぜこの映画がR15指定なのかと思っていましたが、このシーンを見て理解しました。イスラム国の焼身処刑の映像を思い出しゾッとしました。

 

この映画はミュージカル風になっている部分もあって、演劇監督らしい演出がたくさん見られます。白黒とカラー映像が入り混じっています。

ラストシーンが印象的です。マーク・ジョーンズが雑誌の写真を友人に見せ「この写真をどのくらい見続けられる?」と聞きます。友人は写真を見ますが、やがて眼を離します。するとマークは「それじゃ、この写真があのドアから入ってきたらどう?」と言ってドアを指さします。カメラはドアを映します。長映しです。やがて画面は白っぽくなり、しまいに真っ白になって終わります。

 

1960年代の映画にはこの手のアヴァンギャルドな映画がすごく多かったと記憶しています。特にフランス、イギリスに多かったと思います。映像を懐かしく眺めました。

 


『テル・ミー・ライズ』予告

 

 

それでは今日はこの辺で。