Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

映画『イン・ザ・ヒーロー』を観る

今日のキネ旬シアターは『イン・ザ・ヒーロー』でした。

 

監督:武 正晴

主演:唐沢寿明 福士蒼汰

2014年公開

 

アクション映画やドラマ、戦隊ものなどでヒーローのスーツを着て顔は出さずにスタントを演じるスーツアクターという俳優たちにスポットを当てた映画です。

唐沢寿明演じるアーツアクターの本城はいつか顔出しが出来る映画に出演することを夢見ながら毎日スーツアクターを演じています。そこに顔出し役が回ってきます。ところが土壇場になって、映画会社の要望で新人の一ノ瀬にその役を取られてしまいます。一ノ瀬はスーツアクターなど馬鹿にした風で、スーツアクター仲間の反感を買います。一ノ瀬はハリウッド映画への出演オーディションを受けている最中でした。どうしてもハリウッドのアクションスターになってアカデミー賞をとり演説をすることが夢なのです。幼い弟・妹を残し去っていったアメリカにいる母親にどうしても語り掛けたかったのです。しかし、アクションが未熟なままではオーディションに受かる可能性は低いと思い、本城に頭を下げてアクションを一から教えてもらうことにしました。そして練習を重ね、仲間たちとの心の交流も生まれ見事にオーディションに合格します。

ところがそのハリウッド映画のクライマックスシーンは高いところから飛び降りるシーンをワイヤーもCGもなしで撮影するのだと監督が言い張ります。それを演じる予定だった外国の有名俳優は怖気づいて役を降りてしまいます。困ったプロデューサーは本城に頭を下げ日本のアクション界のためにと出演を依頼します。命の危険がある役に妻子は反対しますが、本城は出演を承諾します。本城が出演しなければ一ノ瀬の役もなくなってしまうことも理由としてありましたが、やはり自分の夢をかなえるという強い意志が働きました。そして見事に演じ切り、居合わせたスタッフたちの大拍手・喝采を浴びました。気を失った本城はすぐに病院に担ぎ込まれましたが、命に別状はありませんでした。一ノ瀬も希望どうりアメリカで成功し母親が訪ねてきて再開を果たしました。

 

唐沢寿明は自分もかつて東映スーツアクターだったらしく、今回体を鍛え直して、実際にスタントマンなしで役を演じ切ったらしいです。そういえば以前、NHKの朝のニュースで本人へのインタビューでそのようなことを言っていたような気がします。

 

今日子の映画を観ていて、ふとある映画を思い出しました。つかこうへいの『蒲田行進曲』です。深作欣二監督で松坂慶子風間杜夫、平田滿主演の映画です。

 もちろん、話は違いますが、『蒲田行進曲』のほうも新選組池田屋事件で二階の階段から斬られて転げ落ちるという、いわゆる「階段落ち」という命がけの演技をすることで大部屋のスタントマンが1日だけのヒーローになれる、そんな夢見る役者魂みたいなものを描いていて、思いっきり泣けた映画でした。最後のどんでん返しには参りましたが。

唐沢寿明の役者魂もお見事でした。

 

それでは今日はこの辺で。

90年以降のイギリスのロック・シーン 私の好きなアルバム

今日は90年以降、グランジブームが去った後のいわゆるブリット・ポップの中で、私が気に入っているバンドをいくつか紹介します。メロハーでの失敗がありますので、数の設定はしません。コメントも極力最小限にします。好きなアルバムは2枚に限定しています。本当は足りないのですが、心を鬼にして絞りました。

 

オアシス(Oasis)

まずはノエルとリアムのギャラガー兄弟のオアシス。ブリット・ポップの代表選手。実はこの兄弟、凄く仲が悪かったという噂。2009年に解散

 

オーシャン・カラー・シーン(Ocean Colour Scene)

オアシスのノエルやスタイル・カウンシルのポール・ウェーラーとの関係も深いバンド。

 

 

マニック・ストリート・プリーチャーズ(Manic Street Preachers)

通称マニックス。ギター、作詞のリッチー・エドワーズが1995年に失踪、その後死亡宣告。残ったメンバーは3人で活動継続。実は10年ほど前、下記のアルバムを購入したのですが、その時はピンと来ず売却しました。そのご数年経って、何かの機会で再び購入、今度はえらく気に入り、結局すべて揃えました。人間の耳なんてあてになりません。

 

 

ザ・コーラル(The Coral)

いいバンドですが人気はあまりありません。ちょっとサイケっぽく、60年代を思わせるところがあります。好きです。

 

 

スーパー・ファリー・アニマルズ(Super Furry Animals)

つかみどころのないグループ。でも病みつきになるグループ。面白い。

 

 

クーラ・シェイカー(Kula Shaker)

これもサイケデリックっという感じです。素晴らしい。一旦解散し、再結成しました。アルバムは4枚のみ。インド音楽を取り入れています。

 

 

ザ・ズートンズ(The Zutons)

これは凄い、キンクスです。いや、フーかな、いやスモール・フェイセスかな。

現在活動中止状態。アルバムも3枚のみ。もっと聴きたい。

 

 

フランツ・フェルディナンド(Franz Ferdinand)

バンド名です。これも60年代を思わせるサウンドです。ガレージっぽいところもあるし、パンクっぽいところもあるし、ノリはいいし。不思議なバンドです。

 

 

ヘヴィー・ステレオ(Heavy Stereo)

オアシスのギタリストが在籍していたバンド。オアシス加入でバンドは解散。たった1枚のアルバムを残しただけ。でもこれがいい。

 

ラヴィス(Travis)

ポップで美しい。

 

 

デラミトリ(Del Amitri)

イギリスのバンドですがサウンドはアメリカっぽい。カントリーの匂いがします。そこがまたいい。

 

 

 

シェッド・セヴン(Shed Seven)

これはストーンズの影響大です。嬉しくなります。

 

 

ザ・ブルートーンズ(The Bluetones)

デビューアルバムでいきなりの大ヒット。一旦解散も最近再結成したようです。再結成後はまだ聴いていません。

 

 

キャスト(Cast)

ソフトロックか。ポップアルバム。これも一旦解散し再結成です。世界中再結成ブームです。

   

 

 エンブレイス(Embrace)

おとなしめのバンド。ポップです。

 

 

ザ・ビューティフル・サウス(The Beautiful South)

男女3人のヴォーカルが特徴のまさに美しいバンド。いいです。アコースティックでイギリスらしいトラディショナル・フォーク風もあります。

 

 

ミューズ(Muse)

3人組ですが壮大なるロックを展開します。

   

 

スターセイラー(Starsailor)

これもトラヴィスに似て静かめなバンドですが美しい。ピアノがいい。

 

 

アスリート(Athlete)

ロディアスでポップ。聴きやすいです。

 

 

キーン(Keane)

美しい、癒されます。

 

 

カタトニア(Catatonia)

カタトニアと言ってもへヴィメタの方ではありません。この女性ヴォーカルが何ともいい雰囲気を醸し出します。癖になります。

 

 

 

コールド・プレイ(Cold Play)

これを出さないわけにはいきませんね。実はこれも買い直した口です。情けない。

ブリット・ポップの代表選手。

 

 

デッド60(Dead 60')

これはご機嫌なロック。たった2枚であえなく解散。もう少し聴きたかった。

 

 

エコーベリー(Echobelly)

女性ヴォーカル。オーソドックスなロック。

 

 

 ステレオフォニックス(Stereophonics)

 3人組バンド。これはなかなかいいです。ポップだし、ロックだし。

 

   

 

ザ・シーホーセズ(The Seahorses)

ストーン・ローゼスを脱退したジョン・スクワイアが作ったバンド。たった1枚のみであえなく解散

 

 プライマル・スクリームPrimal Scream

プライマルは色々なジャンルの音楽を取り入れているので、私自身アルバムによって好き嫌いがあります。好きなのはこの2枚。やっぱりストレートなロックがいいです。

 

 

ポール・ウェラーPaul Weller)

ソロになってからのポール。ジャムとスタイル・カウンシルは90年以前なので除いておきます。この人を除くわけにはいかないでしょうね。

   

 

結局28になってしまいました。絞り切れません。決断力がありません。

今日はこの辺で。

 

レオン・ラッセル(Leon Russell)とマーク・ベノ(Marc Benno)

今日は昨年暮れに亡くなったレオン・ラッセルと以前レオンとデュオを組んでいたマーク・ベノについて書いてみたいと思います。

 

レオン・ラッセル(Leon Russell)

レオン・ラッセルは1942年生まれで、10代の頃からキーボードプレイヤーとして活躍し、16歳の時にはロニー・ホーキンスやジェリー・リー・ルイスと一緒に演奏したりしていました。1960年代はほとんどセッションマンとして活動していました。

1968年、マーク・ベノとのデュオ アサイラムクワイアで2枚のアルバムを残しました。実際に2枚目が世に出たのはだいぶ後のことです。

Look Inside the Asylum Choir 

 そして1970年にソロデビュー作『Leon Russell』を発表します。

これはまさに名盤です。「ソング・フォー・ユー」「デキシ―・ララバイ」「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」「デルタ・レディ」それにボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」にインスパイヤ―されたという「ロール・アウェイ・ザ・ストーン」など名曲揃いです。参加ミュージシャンはというとエリック・クラプトンスティーヴ・ウィンウッドジョージ・ハリソンリンゴ・スター、クリス・ステイントン、ジム・ゴードンチャーリー・ワッツビル・ワイマン、デラニー&ボニー、クライディ・キング、メリー・クレイトン、クラウス・ヴァウマン、B.Jウィルソン、ジョー・コッカーと、今ではなんじゃこりゃ、というメンバーです。ビートルズストーンズブラインド・フェイスもプロコルもいます。凄いですね。セッションミュージシャンを長い間続けてきた人脈の広さと人間性でしょうね。

この後レオンは、ジョー・コッカーのバンド「Mad Dogs & Englishmen」に参加しツアーに同行します。その時の模様がライブレコード『Joe Cocker Mad Dogs & Englishmen』に残されています。変形ジャケットでどうぞ。

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1971年にはセカンドアルバム『Leon Russell & The Shelter People』を発表します。

このアルバムも名作です。ディランの「激しい雨が降る」「悲しみは果てしなく」を取り上げています。ボーナストラック付きCDでは他に3曲もディランの曲が入っています。お得です。その他にジョージ・ハリソンの』曲も入っています。バックのメンバーは、クリス・ステイントン、カール・レイドル、ジェシエド・デイヴィス、ジム・プライス、ジム・ゴードン、ドン・プレストン、それにバリー・ベケット、ロジャー・ホーキンス、デヴィッド・フッド、ジミー・ジョンソンなどマッスル・ショールズのセッションミュージシャン、キャシー・マクドナルドなど相変わらずの凄いメンバーです。

この年、ジョージ・ハリソンの呼びかけで「バングラディッシュの救済コンサート」が行われ、これに参加しました。

後に映画化され、観ましたがレオンは大活躍でした。「ジャンピング・ジャック・フラッシュ~ヤング・ブラッヅ」のメドレーはまさにレオンの独壇場でした。また、ボブ・ディランのバックをジョージと二人で務めました。ディランにあこがれているんだな、というのが伝わってきました。

1972年には『Carney』を発表します。

 ここには「タイト・ロープ」「マスカレード」の名曲が入っています。そういえばカーペンターズがレオンの曲をたくさん歌っています。「ソング・フォー・ユー」「スーパー・スター」それにこの「マスカレード」もそうです。

翌年は3枚組ライブを発表します。『Leon Live』です。変形ジャケットでどうぞ。

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これは圧巻です。レオンの音楽は南部でもスワンプ・ミュージックと言われましたが、まさにスワンプの集大成です。

このあと1973年に初来日を果たします。日本武道館でした。

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このあと、アルバムの方はカントリーミュージックの『Hank Wilson's Back』をリリースします。

その後もレオンはコンスタントにアルバムを出し続けてきました。80年代はちょっと寡作になりましたが90年以降は元気に頑張っているようでしたが、昨年11月に74歳で亡くなりました。亡くなったニュースが入った日にたまたまdisk unionに行ったら、ずっとレオン・ラッセルの曲が流れていました。

合掌

 

マーク・ベノ(Marc Benno)

一方のマーク・ベノはアサイラムクワイ解散後、ぶらぶらしているところを当時は既に売れていたリタ・クーリッジが彼をA&Mに紹介し、契約が成立しました。彼の音楽性は小さい頃から、ロックンロールやリズム&ブルース、ブルースなどに馴染んできており、まさにスワンプミュージックそのものでした。

A&Mからの最初のアルバムは『Marc Benno』です。1970年作。

全曲オリジナルでカントリーあり、ロックンロールあり、リズム&ブルースあり、ブルースあり、ソウル・ゴスペルありとなんかまとまりがないようですが、これが実にいいんです。南部の匂いぷんぷんです。バックにはライ・クーダー、リタ・クーリッジ、ブッカー・T・ジョーンズ、ジェリー・マッギー、ジム・ホーンなど豪華メンバーです。

2作目は『雑魚(Minows)』です。見開きです。1971年です。

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 このアルバムにも、クラレンス・ホワイト、ジェシエド・デイヴィス、ボビー・ウーマック、ジェリー・マッギー、カール・レイドル、ジェリー・シェフ、ジム・ケルトナー、ニック・デ・カロ、リタ・クーリッジと錚々たるメンバーが顔をそろえています。このアルバムも前作同様、南部の様々な要素を取り入れた楽曲が揃います。ソウル、カントリー、ブルースなどなど。日本ではこちらが先に発売されました。評判が良かったのでファーストが後から発売されることになったのでしょう。

3枚目は『アンブッシュ(Ambush)』です。1972年です。

ここでは再びブッカー・T・ジョーンズが参加、他にボニー・ブラムレット、ジェシエド・デイヴィス、カール・レイドル、ジム・ケルトナー、ボビー・キースなどです。この作品がマーク・ベノの中では最高かもしれません。

このあとしばらく休養に入ります。そして1979年に『ロスト・イン・オースティン(Lost In Austin)』を発表します。

このアルバムにはエリック・クラプトンが参加しています。当時のクラプトンのバンドのメンバーも参加しています。ジム・ケルトナー、カール・レイドル、アルバート・リー、ディック・シムズなど。プロデュースがグリン・ジョンズになりました。ゆったりとしたロックはやっぱりいいです。

このあとマーク・ベノは90年代まで音沙汰なしになります。90年代に1枚出したのかどうかは不明です。2000年代になって活動を再開しているようです。詳細は不明です。

若い頃はいい男でしたが、最近の写真を見るとオッサンでした。当たり前ですね、人のことは言えません。

 

ということで今日はスワンプ・ミュージックをちょっと覗いてみました。

二人とも70年代に南部の音楽の発展に貢献しました。それは間違いないと思います。クラプトンなどがデラニー&ボニーやレオン等南部ミュージシャンとの関わりで多くの名作を残したことでもそのことはわかります。

それではこの辺で。

カントリーロックの後継者たち 80年代以降 ② ジェイホークス

 

真の後継者 ジェイホークス(The Jayhawks)

 

80年以降のカントリーロックの2回目です。私個人としては、グラム・パーソンズ(GP),フライング・バリット・ブラザース(FBB)等が築き上げたカントリーロックを正当に受け継いでいるのはジェイホークではないかと勝手に思っています。最初に聴いたのは確か3枚目のアルバムだった思いますが、聴いた瞬間にそう思いました。当然ながら60~70年のカントリーロックそのもののはずはありません。いろいろな音楽の要素を取り入れ進化しているのですが、それでもGPとFBBを感じたのです。ハーモニーの美しさ、寂し気なメロディー、現代のカントリーロックを感じさせてくれました。

ジェイホークスは1985年に結成されます。メンバーはマーク・オルソン(Mark Olson,vo,acog)、ゲイリー・ルイス(Gary Louris,vo,eleg)、マーク・パーマン(Marc Perlman,b)、ノルム・ロジャース(Norm Rogers,ds)でスタートします。

80年代に2枚のアルバムを出します。『The Jayhawks』と『Blue Eath』です。

 

どうやらファーストは入手困難のようです。

この時はドラムがケン・キャラハン(Ken Callahan)に入れ替わっています。

どちらもマイナーレーベルからのリリースでたいした成功も収めることはできませんでした。マイナーレベルTwice Toneの社長がメジャーへの口利きをしてくれ、ようやくメジャーレーベルからデビューする運びになりました。

そして3rdアルバム『Hollywood Town Hall』が発表されました。1992年です。長い年月が経ちました。

 しかしこのアルバムは先ほども書きましたが、今でも彼らの最高傑作ではないかと思えるほどの出来栄えです。現代版GP,FBBです。

このあとキーボードにカレン・グロトバーグ(Karen Grotberg)が加入します。

続く1995年の『Tommorow The Green Grass』が発表されます。

これも前作に負けず劣らず素晴らしい出来となりました。ちょっと明るくなったような感じです。このアルバムと前作は今でも彼らの代表作となっています。

この後、マーク・オルソンは突然グループを離れます。ギターにクレイグ・ヨハンソン(Kraig Johnson)、ドラムにティム・オリアン(Tim O'Reagan)、ヴォーカルにジェシー・グリーン(Jessy Green)を加え『Sound Of Lies』を発表します。1997年でした。

マーク・オルソンの脱退でマークとゲイリー・ルイスのデュエットは聴けなくなりましたが、楽曲は相変わらず素晴らしく、特にオープニングの「The Man Who Loved Life」は最高です。曲作りはゲイリー一人の手に委ねられることになりましたが、それでも頑張っていたのではないでしょうか。マークが抜けたことでカントリー色はかなり色褪せ、ポップ色が強まりました。ゲストでマシュー・スイートが参加しています。

続いて200年に『Smile』を発表します。

これはさらにポップ、ロック色が強まりました。この後カレン・グロトバーグはグループを去ります。

2003年、『Rainy Day Music』をリリースします。

このアルバムにもマシュー・スイートが参加していて、ゲイリーとの共作も2曲あります。何といっても嬉しいのはあのバーニー・リードン(レドン、FBB、イーグルス)がバンジョーでゲスト参加していることです。たまらないですね。それにディランの息子、ジェイコブもゲスト参加しています。

アルバムの方は原点回帰というか初期の音楽を取り戻したような出来になっています。ドラムのティムのハーモニーがいいんですね。

2011年遂にマーク・オルソンが戻ってきました。カレン・グロトバーグも復帰します。『Mockingbird Time』を発表します。実に8年ぶりです。

 内容は二人のハーモニーを聴いているだけでも十分な気がします。全体的にはカントリーロックというよりもフォークロックのような感じもします。一瞬バーズを聴いているような錯覚さえ感じます。それでも十分です。

2016年に『Paging Mr.Proust』というアルバムを発表します。

また、マーク・オルソンが抜けてしまったようです。まだ聴けていないのでコメントできません。

 

ここまでジェイホークスについて書いてきましたが、やはりカントリーロックの後継者の第1人者であることは間違ではいないと私個人としては思っています。

それでは今日はこの辺で。

映画『月はどっちに出ている』を観る

今日のキネ旬シアターは『月はどっちに出ている』でした。

 監督:崔 洋一

主演:岸谷 五郎  ルビー・モレノ

原作:梁 石日

1993年公開

 

例によって何の予備知識もなく観に行きました。観るまえに解説で原作が梁石日だと知りました。原作は『タクシー狂躁曲』です。

タクシードライバー在日朝鮮人とフィリピン・パブの女性との不思議な恋愛を中心に中小タクシー会社に勤める風変わりな連中の日常を、面白おかしくそして切なく描いた映画です。

今から20数年前の映画なので当時の風俗とか服装とかが懐かしく見られました。今テレビで活躍している俳優もたくさん出演していて、みんな若いです。そういえば初め気が付かなかったのですが、途中で、あれ、内藤陳?と思ってよく見てみるとやはりそうでした。嬉しかったですね。まさかこんなところでお目にかかれるなんて思ってもみませんでしたから。放送禁止用語もポンポン飛び出して、やっぱり映画はいいななんて思ったりしました。

エンディング・テーマは憂歌団です。これがまた切なくていいんです。

実は10数年前に梁石日の小説にのめり込んだ時期があったのですが、残念ながら「タクシー・シリーズ」は1冊も読んでいませんでした。

梁の小説を最初に読んだのが『血と骨』でした。これは強烈でした。気持ちが悪くなるくらい面白かったです。途中で読むのを止めようかと思うくらい、父親の狂暴さ、強欲さが見事に表現されていて、まさに息をつかせぬとはこういうことだな、なんて感心したことを憶えています。そういうことで梁の小説に関しては、この『血と骨』系統の小説を探して読みました。『族譜の果て』『夜の河を渡れ』『断層海流』『夜を賭けて』『表と裏』『闇の子供たち』『睡魔』など、どちらかというとピカレスク風な小説ばかりでした。「タクシーシリーズ」はちょっと違うのかなと思い敬遠していました。

映画の初めに「この映画は実話に基づいたフィクションです。」と映し出されました。ということは、『血と骨』も伝記的小説という事だったので、『血と骨』に出てくる少年がこのタクシードライバーということになります。う~ん、何かイメージが違うな。もっと暗かったような記憶がありますが、もう10年以上前のことですからあてになりません。ましてや今の記憶力じゃ。

いずれにしてもこの主人公、在日だなんていうことを全く気にせず、明るく、力強く生きています。当時の在日朝鮮人やその他の在日外国人に対する日本人の考えや行動が垣間見えて、今でもそんなに変わってないな、なんて思ったりしました。

なお、崔洋一はこの映画は日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞しています。その他多くの賞を獲得しています。

同じく崔洋一監督で『血と骨』も映画化されましたが。観に行きませんでした。主演を誰が演じても小説以上の人物表現は難しいだろうと思ったからです。小説のイメージを壊したくなかったのです。実際はビートたけし主演でした。

プロコル・ハルム(Procol Halm)、「青い影」だけじゃない

今日は大好きなプロコル・ハルムについて書いてみようと思います。

今回は1967年のデビューから1977年に一旦解散するまでを書きたいと思います。1991年に再結成して現在も活動中ですが、そこまで書くと長くなりすぎますので、区切りがいいところで最初の解散までとします。

プロコル・ハルムの前身は”パラマウンツ”というバンドで1960年頃から活動し、実力はあったものの、ヒットが生まれず1966年に解散します。リーダーだったゲイリー・ブルッカー(Gary Brooker,vo,piano)が詩人のキース・リード(Keith Reid,lyrics)と出会い、マシュー・フィッシャー(Matthew Fisher,organ)を誘いプロコル・ハルムを結成しました。その他のメンバーはレイ・ロイヤー(Ray Royer,g)、デイヴィッド・ナイツ (David Knights,b)、ボビー・ハリソン (Bobby Harrison,ds)の計6人でした。

プロコル・ハルムの特徴的なのはキーボードが2人、それに専属の作詞家がいるということです。この専属作詞家は後にキング・クリムゾンにも見られます(ピート・シーフィールド)。

デビュー曲「青い影(A White Shade Of Pale)」はいきなり大ヒットを飛ばします。この曲の録音の後、レイとボビーはグループを去ります。代わりにパラマウンツで一緒だったロビン・トロワー(Robin Trower,g)とB.J.ウィルソン (B.J.Wilson,ds)が加入します。このメンバーでファーストアルバムを完成させます。『青い影(Procol Harum)』です。

シングルの「青い影」の大ヒットは一躍彼らの名前を知らしめることになりましたが、片方で青い影」以外の曲は皮肉なことにほとんど知られないという結果をもたらしました。現にこのアルバムには「征服者」「クリスマス・キャメル」「ヴァルプルギスの後悔」など名曲が揃いますが、日本ではほとんど話題になりませんでした。その後も良質のアルバムを出してもプロコル・ハルムの名前が出てくることは少なかったように思います。

プロコル・ハルムの音楽性の特徴はクラシックとR&Bの融合です。これは後のプログレッシヴ・ロックの先駆けかもしれません。ゲイリーの澄み切った伸びのあるヴォーカルとマシューとのツイン・キーボード、B.Jの迫力あるドラミング、ロビンのジミヘンを彷彿とさせるギター、どれをとっても言うことなしです。

続いてセカンドアルバムは『月の光(Shine On Brightly)』です。1968年です。

これも名盤です。クラシック要素とロビン・トロワーのブルースギターがなぜかうまく溶け合って聴きやすくなっています。B.Jのドラムがいいです。

続いて翌年、『ソルティ・ドッグ(A Salty Dog)』発売されます。

 ややポップ色が強まった3作目です。ポップ色が強まったというか音楽性の幅が広がったという感じです。前作に引き続きクラシック色の強いものからR&B、ちょっとフォーク調のものと幅が出てきました。「ソルティ・ドッグ」「天路歴程」は名曲です。

次は1970年の『ホーム(Home)』です。

 ここでメンバーチェンジがあります。マシュー・フィッシャーが脱退します。そしてベースのデヴィッドが去り、代わりにクリス・コッピング(Chris Copping)が加わります。オルガンが抜けたことで、その分ギター前面に出てロック色が強まりました。

マシューはその後ソロになり現在までに何枚かのアルバムを出しています。

70年代のアルバムは次の2枚です。『Jouney's End』『I'll Be There』

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続いて1971年に『Broken Barricades』がリリースされます。

ここでは完全にロビン・トロワーが前面に出て、ハードロック色の強いアルバムになっています。しかしロビンはこのアルバムを最後に脱退します。ロビンはその後ソロになって数多くのアルバムを発表し今でも元気に活躍しています。再結成にも参加します。以下は初期の3作品。ハードロック全開です。

   

 

バンドは再びゲイリー・ブルッカー主導のクラシックとの融合路線に戻ります。

発表されたのがライブアルバムで『In Concert With The Edomonton Symphony Orchestra』でクラシック楽団との共演です。

このジャケットからもわかるように、プロコル・ハルムのコンサートはドラムのBJが最前列に出ます。他のグループではあまり見かけません。

とにかくクラシック楽団とのコラボでゲイリーの独壇場です。なお、ギターはデイヴ・ボール (Dave Ball)でクリスがオルガンにまわり、ベースにアラン・カートライト (Alan Cartwright)が入りました。

次が『Grand Hotel』です。この時ギターをミック・グラバム (Mick Grabham)に代えます。1973年です。

壮大で荘厳な、これはやはりプログレッシヴロックなのでしょうか。プロコル・ハルムの最高傑作との呼び声が高いアルバムです。私的にはそこまでほれ込んだというアルバムではありませんが。

続いて1974年のアルバム、『幻想(Exotic Birds And Fruit)』がリリースされます。

 私個人としては、このアルバムが後期プロコル・ハルムでは1番好きです。特にオープニングから「狂夢」~「国境の彼方に」~「サムソンのように強く」と続くナンバーはもう鳥肌ものです。何度聴いたかわからないくらい、レコード盤も擦り切れているかもしれません。余談ですが、長女が自分の結婚式で「サムソンのように強く」を最後に流してくれました。涙、涙、涙でした。

翌年、『Procol's Ninth』をリリースします。

地味ではありますがプロコル・ハルムサウンズが堪能できます。でもなんとなくあまり先が長くないのではないかなという予感めいたものを感じました。

このあとちょっと間が空き1977年『輪廻(Something Magic)』がリリースされます。

 このアルバムからアラン・カートライトに代わりピート・ソリー (Pete Solley)が入ります。

やっぱりプロコルはプロコルです。これも最後を飾るにふさわしい素晴らしいプロコル節を聴かせてくれます。

そして先の予感が的中します。このアルバムを最後に、ゲイリーは「やるべきことはやり尽くした」と解散を決意します。10年間コンスタントにアルバムを出し続けてきましたがここで一旦終止符を打ちます。

多くの人がプロコル・ハルム=「青い影」とのイメージに押され、ヒットチャートを賑わした単なるポピュラーグループと捉えていたようで、私などは歯痒い思いをしたのですが、これだけの素晴らしいロックミュージックを聴かせてもらえたことに感謝です。

メンバーのB.Jウィルソンは残念ながら1990年に肺炎で亡くなります。

バンドはその後B.Jを偲んでマシューやロビンも集まり再結成します。その後のことはまたの機会ということにします。

それではこの辺で。

 

 

映画『NO』を観る

今日は久しぶりのキネ旬シアターです。約10日ぶりです。

今日の映画は『NO』です。

監督:パブロ・ラライン

主演:ガエル・ガルシア・ベルナル

2012年 チリ

ピノチェト政権の崩壊につながる国民投票のCM制作に関わる広告マンを通して、チリの民主化を実話に基づいて描いた映画です。

1973年の軍事クーデターにより誕生したピノチェト政権の軍事独裁体制に対し国内・国外からの批判に対し1988年に政府はピノチェト政権の信任を国民投票で行うことを決断します。

賛成派、反対派にそれぞれ毎日15分間のテレビ・キャンペーン・コマーシャルを4週間にわたり流すことが認められます。古くからの友人に反対派のCM作成を依頼されるのが、フリーの広告マン・レネでした。しかし、レネは会社の上司が賛成派の政権幹部と繋がりがあり、その話には乗るなと釘を刺されます。それでもレネは広告マンとしての使命に駆られ制作を手助けするようになります。

反対派は初めから勝利は無理だろう、でも国民を啓蒙するのが目的だと考えていました。そしてCM作成においては過去にどれだけ国民が弾圧されてきたか、実際のニュース・フィルムを用いて作成しようとしますが、レネは過去の暗い出来事よりも、逆にチリの明るい未来を表現しようとします。当然反対者が出ますが、それでもレネは衝突を重ねながらも自分の意見を通していきす。

実際に放映が始まると、反対派のCMが圧倒的に好評で、政権幹部は苛立ちます。政権側は選挙は形式的で勝つのは当然政権側だと高を括っていました。それでも状況が悪くなってくると反対派に対し様々な妨害を加えます。レネにも子供に対する脅迫がありました。最終版の双方の大集会では政権からの暴力的な弾圧まで行われます。

それでも国民投票の結果、反対派が勝利を収め、無血で政権交代が行われました。国民は自由を勝ち取ったのです。

この映画はショットも画像もドキュメンタリー・タッチで描かれており、実際映像も多数組み込まれ、現実味を倍増させています。

映画を観ていて感じたのは独裁政治の恐ろしさです。それでも、チリの場合、国際世論に負けて国民投票に踏み切るという決断をするところはまだまだ民主的です。もちろん投票に不正が無ければですが。どこかの国では国際世論などお構いなしに、独裁に拍車がかかっていくようなところもあります。

また、政権に対抗する者に対する弾圧は、必ず行われます。映画の終盤における国家権力の反対派への弾圧・暴力は、まるで天安門事件や我が国の70年安保当時の学生に対する暴力とそっくりです。

しかし、これらのことを対岸の火事として見ていていいのでしょうか。独裁政治は既に身近なところに入り込んで来ていると私などは感じてしまいます。「何とか罪」の成立で権力に牙を剥くような映画や文学や音楽が影を潜めるような時代にだけはなって欲しくないものです。

この映画を観ながら、ふとそんなことを考えてしまいました。

 

それでは今日はこの辺で。