Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

この人の、この1枚 『グロリア・エステファン(Gloria Estefan)/ミ・ティエラ~遥かなる灼熱(Mi Tierra』

キューバ出身のアメリカ人シンガー・ソングライターグロリア・エステファン(Gloria Estefan)です。

グロリアは1957年、キューバハバナで生まれました。父親はかつての大統領バティスタのボディーガード務めるなど優秀な軍人でしたが、キューバ革命アメリカのマイアミに亡命しました。彼女が1歳の時でした。父親はその後アメリカ軍に入隊しました。母親は教師になりました。グロリアは奨学金マイアミ大学を卒業しました。

1975年に後に夫となるエミリオ・エステファンが率いる「マイアミ・ラテン・ボーイズ」に参加します。

1978年にはエミリオと結婚、バンド名を「マイアミ・サウンド・マシーン」に変えました。

「マイアミ・サウンド・マシーン」はポップ、ディスコ、サルサを融合し、スペイン語のレコーディングでマイアミや中米で支持されました。

 

1984年には『Eyes of Innocence』英語圏への進出を始めました。

これが全米で18位、全英で6位、ディスコチャートでは1位を記録する大ヒットとなりました。

そして1985年のアルバム『Primitive Love』は全米の10位を記録するヒットとなりました。ラテン・ポップ部門では1位になり、150万枚を売り上げました。

この中の「コンガ」は彼女の代表曲になり、東京音楽祭でもグランプリを獲得しました。

続く1987年には『Let It Loose』を発表します。

これは空前のヒットをもたらします。400万枚を売り上げる4✖プラチナになりました。ビルボードでも6位にまでなりました。

 

そしてこの後からはグロリア・エステファンの名義でアルバムが出されることになります。

1989年の『Cuts Both Ways』、1991年の『Into The Light』と続きます。

   

 

そして1993年にグロリアがキューバへの思いを歌った、私が一番気に入っている『ミ・ティエラ~遥かなる灼熱(Mi Tierra』がリリースされます。

01.Con los años que me quedan

02.Mi Tierra

03.Aye

04.Mi Buen Amor

05.Tus Ojos

06.No Hay Mal Que por Bien No Venga

07.¡Si Señor!...

08.Volverás

09.Montuno

10.Hablemos El Mismo Idioma

11.Hablas de Mí

12.Tradición

 

これはまさにキューバ音楽そのものです。静かなキューバボレロで始まります。

タイトルの「ミ・ティエラ」は「私の故郷」という意味らしいです。つまりグロリアにとってのキューバです。革命によって故郷を去らざるを得なかった人たちにとっての故郷はどうなったのか、ということをキューバ音楽に乗せて切々と歌います。このキューバ音楽のリズムとメロディーはなぜか哀愁を感じさせ、心に迫ってきます。ヴィム・ヴェンダースの映画ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを思い出します。

このアルバムは多分に政治的な要素を含んでいますが、それを抜きにしても素晴らしいアルバムです。

参加メンバーには「マイアミ・サウンド・マシーン」のメンバーや亡命したミュージシャンが多数参加しています。

このアルバムは世界中で800万枚を売り上げるという驚異的な記録を達成しました。ビルボードではラテンアルバムの1位、チャートでも27位を記録しました。スペインでは当然1位、アメリカでは16✖プラチナでした。シングルのMi Tierra」他7曲ものシングルがヒットしました。「ベスト・トロピカル・アルバム」でグラミー賞も受賞しました。

 

 グロリア・エステファンはこの後も2度のグラミー賞に輝くなど、数々の音楽賞を受賞する世界的な歌手になりました。

1996年のアトランタ・オリンピックの閉会式でも歌いました。また、1993年にはマイアミ大学名誉博士号も取得しました。

 

人間の運命とは本当に不思議なものです。

 

 


Gloria Estefan - Con los Años Que Me Quedan


Gloria Estefan - Mi Tierra


Gloria Estefan -Ayer


Gloria Estevan Tus ojos(your eyes)

 

 

それでは今日はこの辺で。

 

この人の、この1枚 『ミッシェル・ショックト(Michelle Shocked)/Captain Swing』

ミッシェル・ショックト(Michelle Shocked)アメリカのシンガー・ソングライターです。

1962年テキサス州ダラスの生まれで、8人兄弟の長女です。実の母親と義理の父親に育てられました。両親は熱心なモルモン教徒でテレビも見せず、レコードも聴かせませんでした。父親は軍の将校で家族は基地を転々としていました。16歳の時に家出をして実の父親の住むダラスに向かいました。父親はブルーグラスが大好きで、その影響で彼女も音楽の道に進むようになりました。

質屋で手に入れたヤマハアコースティック・ギターを抱えて世界中を旅するようになりました。

放浪の間、彼女は様々な経験をしました。人種差別問題、環境問題など政治活動も熱心に取り組みました。イタリアでは強姦されたり、アメリカに戻ってはダラスの共和党大会への抗議デモで投獄されたり、野宿していた時には精神病院に収監されたりもしました。そうした経験を彼女は歌にしていました。

1986年にテキサス州カーヴィルでのカーヴィル・フォーク・フェスティバルに出演したときに、ロンドンのレーベル、クッキング・ヴィニールのオーナー、ピート・ローレンスの目に留まり、彼が是非彼女の歌を録音させてほしいと頼まれ、持っていたウォークマンに歌を吹き込みました。

ピートはそれを持ち帰り、レコードにしたいと彼女に連絡しました。彼女は信じられませんでしたが了承しました。

それが彼女のファーストアルバムとなる『The Texas Campfire Tapes』でした。

ところがこれが大変な評判を呼び、イギリスのインディーズ・アルバム・チャートのトップとなり、インディーズアルバムとしては異例の2万枚を売り上げたのです。

 

ミッシェルはこれを機にアメリカよりイギリスの方がましだとばかりにイギリスに移住しました。その後は再びアメリカに戻っています。

 

それからメジャーレーベル、マーキュリーと契約しセカンドアルバム『Short Sharp Shocked』をリリースします。

プロデューサーにピート・アンダーソン(Pete Anderson)を迎え、アル・パーキンスバイロン・バーラインなどベテラン・ミュージシャンが参加するアルバムになりました。

これは完全なフォーク、フォークブルースのアルバムですが、大評判となりました。アルバムチャートも73位までになり、シングルヒットも3枚出ました。

 

このジャケットの写真は彼女がデモに参加中に警官隊と揉み合いになったところを撮影したものです。

 

そして1989年にサードアルバム『Captain Swing』がリリースされました。

01.God Is A Real Estate Developer

02.On The Greener Side

03.Silent Ways

04.Sleep Keeps Me Awake

05.The Cement Lament

06.(Don't You Mess Around With) My Little Sister

07.Looks Like Mona Lisa

08.Too Little Too Late

09.Streetcorner Ambassador

10.Must Be Luff

11.Untitled Track

 

プロデュースは前作に引き続きピート・アンダーソンです。

このアルバムには度肝を抜かされました。前作同様フォークアルバムかなと思っていたところ、飛び出してきたのはスウィング・ジャズです。さらには本格的ブルース、ロックンロール。これには驚きました。同じ人物のアルバムとは思えませんでした。

ところがこれがなかなかいいのです。タワー・オブ・パワーのメンバーもホーンセクションで参加して、とにかくスウィングしています。

 

この後、4枚目のアルバム『Arkansas Traveler』をリリースします。

このアルバムは豪華盤でした。まず、プロデュースがドン・ウォズ(Don Was)ヒュー・パドハム(Hugh Padgham)、そして大好きなバーニー・リードン(Bernie Leadon)です。バーニーはギター、マンドリンバンジョーでも参加しています。

ゲストミュージシャンが凄いです。書ききれないので主だったところだけ書くと、アルバート・リー、サン・ヴォルトのジェイ・ファーラータジ・マハールドク・ワトソンノーマン・ブレイクザ・バンドからガース・ハドソンレヴォン・ヘルム、ウィルコのジェフ・トゥイーディ、アンクル・テュペロのメンバーなど錚々たるメンバーが集まりました。

 

しかし、商業的には失敗でした。マーキュリーとの契約は終了します。

 

1994年には5枚目のアルバム『Kind Hearted Woman』をリリースします。

これは自主制作盤のようなものでした。

 

彼女は同性愛者に対する批判的な発言などで、コンサート会場などでの出演キャンセルなどが相次ぎました。

 

この後は自主レーベルを立ち上げコンスタントにアルバムをリリースしているようです。私はこのアルバムを最後にその後は未購入です。中古があったら買いですね。

 


Michelle Shocked - Yes God is Real - michelleshocked.com

この人の、この1枚 『ティフト・メリット(Tift Merritt)/Tambourine』

ティフト・メリット(Tift Merritt)アメリカのシンガー・ソングライターです。

1975年、テキサス州ヒューストンの生まれです。生まれて間もなくノースカロライナ州に移りました。若い頃にフォークミュージックに親しんだ父親の影響で小さい頃から音楽に興味を持ち、ハーモニーやギターも教えてもらいました。

やがてジョニ・ミッチェルに興味を抱き、さらにはエミルー・ハリスのレコードを聴いてカントリーミュージックに惹かれました。

彼女は地元のクラブでカントリーロックバンドの「Two Dollar Pistols」や「Carbiners」とのステージを共にするようになりました。こうしたなかで彼女の人気は次第に高まりました。

1999年には彼女と「The Carbines」はSugar Hill Recordsと契約を結び、シングル「Jukejoint Girl」をリリース、さらに「Two Dollar Pistols with Tift Merritt 」というシングルもリリースしました。

2000年にはMerlefest Music Festivaで受賞し、またノースカロライナの仲間であるライアン・アダムスは彼自身が役員を務めるロスト・ハイウェイレーベルと契約するよう働きかけ契約に至りました。

 

そして2002年にファーストアルバム『Bramble Rose』がリリースされました。

このアルバムは評判を呼びビルボードのカントリー部門で47位を記録しました。

トム・ペティ&ハートブレイカーズベルモント・テンチも参加しました。プロデュースはイーサン・ジョンズ(Ethan Johns)でした。

 

そして2004年にセカンドアルバム『Tambourine』がリリースされました。

01.Stray Paper

02.Wait it Out

03.Good Hearted Man

04.Ain't Looking Closely

05.Still Pretending

06.Write My Ticket

07.Your Love Made a U-Turn

08.Plainest Thing

09.Late Night Pilgrim

10.I Am Your Tambourine

11.Laid a Highway

12.Shadow in the Way

 

今度のプロデュースはなんとジョージ・ドラコリアス(George Drakoulias)が引き受けました。ジェイホークスやブラック・クロウズ、マリア・マッキー、プライマル・スクリームなどでおなじみのプロデューサーです。

トム・ペティ&ハートブレイカーズマイク・キャンベルベルモント・テンチが参加しています。ペダルスティールではロバート・ランドルフ、バッキング・ヴォーカルでマリア・マッキー、ジェイホークスのゲイリー・ローリスなど豪華メンバーが揃いました。

1曲を除き他は彼女のオリジナルです。グラミー賞のベストカントリー・アルバム賞にノミネートされました。

 

ティフト・メリットの声はちょっとハスキーで力強い歌声です。サウンドはジェイホークスを聴いているようです。これはドラコリアスの影響でしょう。正統派カントリーロックです。嬉しくなってきます。

 

暫く間隔が空いて2008年にはサードアルバム『Another Country』をリリースします。

プロデュースは前作同様ジョージ・ドラコリアスです。注目はギターでチャーリー・セクストンが参加している事でしょう。

 

この後4枚のスタジオアルバムを発表して、現在も活躍中です。

  

 


Tift Merritt Stray Paper


Tift Merritt - "Still Pretending"


Tift Merritt - "Late Night Pilgrim"

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『トリーシャ・イヤウッド(Trisha Yearwood)/Trisha Yearwood』

メアリー・チェイピン・カーペンターと並んで、アメリカを代表する歌手になったトリーシャ・イヤウッド(Trisha Yearwood)のファーストアルバムをあえて取り上げます。

 

トリーシャは1964年にアメリカのジョージア州モンティセロで生まれました。父親は銀行員、母親は教師というどちらかというと平凡で堅い家庭に生まれました。

5歳の頃からエルヴィス・プレスリーのレコードに夢中になっていたそうです。

10代になるとボニー・レイットイーグルス、リンダ・ロンシュタッドなどのカントリーロックを聴いて育ったといいます。これらの影響がその後の彼女の音楽性に大きく影響しました。

トリーシャはベルモント大学でミュージック・ビジネスを学び卒業後はレコード会社で働きながら、無名のソングライターのデモ・テープで歌ったり、新人のバッキングヴォーカルなどをしていました。その中の一人にガース・ブルックス(Garth Brooks)がいました。ガース・ブルックスは彼女をバッキングヴォーカルで使うことを約束し、プロデューサーのガース・ファンディス(Garth Fundis)を紹介しました。ガース・ファンディスは気に入り、早速デモテープを作り、結局MCAレコードと契約を結ぶことになりました。

 

そして生まれたのが記念すべきファーストアルバム『Trisha Yearwood』です。1991年でした。

01.She's In Love With The Boy

02.The Woman Before Me

03.That's What I Like About You

04.Like We Never Had A Broken Heart

05.Fools Like Me

06.Victim Of The Game

07.When Goodbye Was A Word

08.The Whisper Of Your Heart

09.You Done Me Wrong (And That Ain't Right)

10.Lonesome Dove

 

プロデュースはガース・ファンディスです。アル・クーパーがオルガンで参加しています。

 

トリーシャはソングライターではありません。したがって彼女が憧れるリンダ・ロンシュタッドのように人の曲をどのように歌い込むかが生命線です。

このアルバムでも04,06はガース・ブルックスの曲です。バックグラウンド・ヴォーカルでも参加しています。

01の「She's In Love With The Boy」はいきなり全米No.1に輝き、その他3枚のシングルもヒットし、アルバムもビルボードのカントリー部門の2位になり、ポップチャートでも31位になり、200万枚を売上げ、ダブルプラチナに認定されました。

 

トリーシャの歌声はカントリーロックにふさわしい伸びのある声が特徴です。目をつぶって聴いていると時折リンダ・ロンシュタッドが出てきたような錯覚を起こします。

 

その後の彼女の躍進ぶりはもうご承知の通りでしょう。1993年のサードアルバム『The Song Remembers When』ではイーグルスの「ニュー・キッド・イン・タウン」を歌い、日本盤のボーナストラックではドン・ヘンリーとのデュエットが聴けます。

 

1996年のアトランタ・オリンピックの閉会式では大観衆を前にしてアカペラで歌いました。

グラミー賞も3度受賞、その他数々の賞を総なめにしました。

いまやおいそれとカントリーシンガーなどととは呼べません。国民的歌手なりました。

 

1994年にマーベリックスのボビー・レイノルズと2回目の結婚、1999年に離婚、2005年にガース・ブルックスとやっと結婚しました。長い付き合いでした。

 

 


Trisha Yearwood - She's In Love With The Boy


TRISHA YEARWOOD 'LIKE WE NEVER HAD A BROKEN HEART' 1991 (Garth Brooks)


Trisha Yearwood ~ The Woman Before Me (Vinyl)

 

それでは今日はこの辺で。

ご無沙汰です、山崎ハコ様

ここのところライブもご無沙汰してしまった山崎ハコちゃん。CDアルバムの方も新譜を買い逃してしまったりしていました。

最近、ひょんなことから来年1月のライブチケットを入手することができました。それを機会に買い逃していたアルバム2枚をこのたび入手しました。まだしっかりとは聴けていませんが紹介したいと思います。山崎ハコちゃんについては以前にも書いていますのでよかったらどうぞ。

lynyrdburitto.hatenablog.com

それでは古い順番に。

 

『歌っ子』 2014年9月発売

 

01. 歌っ子

02. 山の神さま

03.空の舟

04.さくらんぼI

05.ターコイズブルーの空

06. FATE

07.夜が待てない

08.濁り江

09.夢ん中

10.夜の日傘

 

このアルバムはデビュー40周年を記念して発表されたアルバムです。全曲未発表で、新録音です。書下ろしが7曲です。

オープニングの「歌っ子」はいい曲です。ちょうど「ビートル」に似たような曲です。幼いころから歌うのが好きだったハコちゃんが姿が浮かんでくるようです。

ハコちゃんのアルバムにしては珍しく?リズミカルで明るい歌が多いです。「夜が待てない」はノリのいい曲で、「気分を変えて」系統の曲です。それでも「FATE」「夢ん中」「夜の日傘」などハコ節満載の曲もあって、満足満足。安田裕美さんとのコンビも絶好調です。

 

『私のうた』  2016年9月発売

 

01. ごめん…

02. プラーグマ

03. 一位の恋

04. 街の灯・ゆらり

05. 森のスクリーン

06. セピアは光る

07. 女は人魚

08. 鳥に帰る

09. 歌ひとつ

10. 私のうた

 

これは完全なニューアルバムでした。

「ごめん」はアコースティックの弾き語りです。この年になったからかける曲なんでしょうね。

「プラーグマ」はジャジーな曲で彼女の新境地です。

「街の灯・ゆらり」も歌謡曲チックな哀愁漂う曲。

「女は人魚」はハコ節全開。寺山修司まで登場。

「歌ひとつ」、これぞ山崎ハコ

「私のうた」は「歌いたいの」や「歩いて」への返歌でしょうか。

 

彼女も還暦を過ぎて、人生を慮った曲が増えてきました。こちらも同じように年を取っていくので、しみじみと聴けます。久しぶりに「山崎ハコ」の世界にどっぷり浸かってみたいと思います。

 

 

今回、Amazonで調べたら、デビュー40周年記念で昔の未CD化のアルバムが何枚か発売されていました。このところテレビやラジオにも数多く出演しています。そのたびにテレビは録画していますが、何か不思議な感じがします。

 

今年になって『横浜から 阿久悠未発表作品集』という阿久悠の未発表の詩の中から彼女が選び曲を付けた作品集が発表されています。近々購入予定です。

 

今からライブが楽しみになりました。

 

ういういしいハコちゃんを見つけました。


山崎ハコ「着物」1986.6.1

 

最近のハコちゃん。テレビ出演。


山崎ハコ 懺悔の値打ちもない 織江の唄

 

ライブでしか聴けない「百万本のバラ」。渡辺えりの話をヒントに山崎ハコが訳詞したんだと思います。勘違いかも。これを生で聴いた時は鳥肌が立ちました。渡辺えりがゲスト出演したときだったと思います。あの時の映像かな。


山崎ハコ 百万本のバラ

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『メアリー・チェイピン・カーペンター(Mary Chapin Carpenter)/Come On Come On』

今や国民的歌手にまで上り詰めたメアリー・チェイピン・カーペンター(Mary-Chapin Carpenter)アメリカのシンガー・ソングライターです。

メアリーは1958年、ニュージャージー州プリンストンの生まれです。父親は『LIFE』誌のパブリッシング・エグゼクティブで、彼女が幼少の頃は日本の東京に引っ越してきて2年間日本で暮らしていました。

彼女はママス&パパスやジュディ・コリンズ、ビートルズのレコードを興味を持って聴いていました。

その後一家はワシントン.D.Cに移り、彼女もブラウン大学に進学しました。その頃は音楽に夢中になっており、見かねた父親が近くのバーでオープン・マイクをやっているから歌ってみたらと勧め、初めて人前で歌うようになりました。

しかし彼女は歌を本業とする気はなく、就職を探していました。しかし、バーで歌う習慣が抜けきれず、アルコール中毒症状を起こすようになっていました。これではだめだと、再び就職を探し、見つかりかけた時にパニックに陥り、やはり音楽の道に進むしかないと決断します。そしてアルコールもきっちりと断ちます。

そのうちにギタリストのジョン・ジェニングスと出会い、本格的に音楽に打ち込むようになりました。

やがて彼女はジョンの自宅でレコーディングを開始しました。しかしレコード会社のあてもなく、金が貯まったら録音するということを繰り返しました。そうこうするうちにコロムビアレコードが興味を持ち、契約に至りました。

そしてこれまでに録音したものを『Hometown』というタイトルでリリースしました。1987年でした。

 

しかし、これは2万枚ほどしか売れず、2枚のシングルも売れませんでした。

 

しかし、コロムビアは彼女を見捨てませんでした。1989年にはセカンドアルバム『State Of The Heart』をリリースします。

これは彼女にとって初めてのまともなレコーディングでした。このアルバムは25万枚を売り上げ、4枚のヒットシングルも生まれました。

翌年にはアカデミー・オブ・カントリー・ミュージックの最優秀新人賞も獲得しました。

 

1990年にはサードアルバム『Shooting Straight in the Dark』をリリースします。

この中からシングル「Twist at Twist and Shout」が全米2位の大ヒットとなり、グラミー賞のベスト・カントリー・ボーカル・パフォーマンスを受賞。アルバムもゴールドディスクとなりました。

 

こうして勢いに乗ったとこれで発表されたのが4枚目のアルバム『Come On Come On』です。

01.The Hard Way

02.He Thinks He'll Keep Her

03."Rhythm of the Blues

04.I Feel Lucky

05.The Bug

06.Not Too Much to Ask

07.Passionate Kisses

08.Only a Dream

09.I Am a Town

10.Walking Through Fire

11.I Take My Chances

12.Come On Come On

 

プロデュースはメアリーとジョン・ジェニングス(John Jennings)です。

 

05はマーク・ノップラー、07はルシンダ・ウィリアムス、その他はメアリーのオリジナルまたは共作です。

04と07で1993年と94年のグラミー賞ベスト・カントリー・ヴォーカル賞を獲得しています。7曲ものシングルヒットが生まれ、すべて20位に入るという快挙を成し遂げました。アルバムもプラチナディスクになりました。

もう彼女の勢いは止まりませんでした。

 

その後もアルバムを出すごとにヒットを飛ばしました。

1995年の5枚目のアルバム『Stones in the Road』ではとうとうグラミー賞のアルバム賞とベスト・カントリー・ボーカル・パフォーマンスのダブル受賞となりました。

 

2000年代に入っても良質なアルバムを出し続け音楽活動を継続しています。

この人も正統派女性カントリーシンガーの貴重な存在です。

 


Mary Chapin Carpernter - I Feel Lucky


Mary Chapin Carpenter - Passionate Kisses


Mary Chapin Carpenter - "He Thinks He'll Keep Her" Lyrics

 

 

それでは今日はこの辺で。

映画『グッバイ・ゴダール!』を観る

今日のキネ旬シアターはグッバイ・ゴダール!でした。

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監督:ミシェル・アザナヴィシウス

原作:アンヌ・ヴィアゼムスキー

主演:ルイ・ガレルステイシー・マーティン

制作:フランス 2017年公開 2018年日本公開

 

フランスの映画監督、ジャン=リュック・ゴダールの2番目の妻である、アンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説が原作になっています。アンヌは女優であり、小説家、映画監督でもあります。母方の祖父はフランソア・モーリアックでノーベル賞作家です。

舞台は1960年代後半のパリで、ゴダールと当時の妻であるアンヌ・ヴィアゼムスキーとの日々を描いています。この映画がフランスで公開されてすぐにアンヌ・ヴィアゼムスキーは亡くなっています。彼女の映画初出演はロベール・ブレッソン監督の『バルタザールどこへ行く』でした。この映画は観たのですが彼女の印象はあまりありませんでした。

 

映画の方はというと、当時19歳だったアンヌは学生でしたが、ゴダールと出会って映画『中国女』の主役に抜擢されます。

二人はお互いに惹かれ合い結婚します。彼女にとっては哲学を学ぶ学生だった生活から一変し、新鮮で夢のような生活でした。しかし『中国女』の評判は中国でもフランスでも良くなく、ゴダールは落ち込みます。

 

時は1968年、パリでは五月革命の嵐が吹き荒れます。ゴダールも学生や労働者と共にデモや集会に参加するようになり、次第に映画よりも政治活動に傾倒するようになります。しかし、学生集会でもヤジられ、商業映画監督である自身のブルジョア反革命的存在に苛立ちを感じ始めます。

 

アンヌはプロデューサーにカンヌ国際映画祭に行こうと誘われ、出かけますが、ゴダールフランソワ・トリュフォークロード・ルルーシュアラン・レネらと共に映画祭に乗りこみ、それを中止させてしまいます。これが有名な「カンヌ国際映画祭粉砕事件」でした。その後ゴダールは「ゴダールは死んだと」宣言し、仲間と「ジガ・ヴェルトフ集団」なる映画作家の集団を立ち上げます。

 

政治活動に夢中になり、自説を曲げないゴダールは古くからの友人たちを次々に失い、孤立化していきます。アンヌはそんなゴダールが心配でなりませんが、その変貌にはついていけなくなってきます。そして女優としての話が持ち込まれ、ゴダールは自身の集団の映画に連れていきたかったのですが、彼女の意思を尊重し別々に行動することにしました。

 

アンヌは新しい撮影現場で楽しく過ごしていましたが、ゴダールから現場に来るとの電話が入ります。案の定、ゴダールは不機嫌でした。それはアンヌの浮気を疑っての嫉妬でした。そしてアンヌを激しく詰ります。そして「情けない女優に成り下がった」と批判します。もはや以前の二人ではありません。

 

アンヌは別れを決意し、朝、家を出ようとしてゴダールに声をかけますが、返事がありません。ゴダールは自殺を図っていたのです。何とか一命は取り留めますが、アンヌはそんなゴダールが許せず、気持ちはもう元には戻りません。そしてジガ・ヴェルトフ集団の映画『東風』に参加はしますが途中で離婚します。

 

場面は『東風』の撮影現場。ジガ・ヴェルトフ集団はなんでも話し合いで決めるというのがルールです。いわゆる民主化です。映画の撮影方法・進行もスタッフ、俳優たちが意見を出し合い、最終的には多数決で決めます。その日はゴダールが撮影の進行について意見を主張しますが、他の人達は納得しません。ある女性が「革命をとるのか、独裁をとるのか。つまりは政治と映画どちらを選ぶの?」と問われます。ゴダールは力なく「多数決に従うよ」と答え、映画は終わります。

 

ゴダールとアンヌが実際に離婚したのは1979年となっていますが、事実上は1972年には別居しています。この頃ゴダールには新しい恋人がいました。それが今の奥さんです。

この映画はゴダールの映画監督としての姿を描いたというよりは、男と女の愛憎劇と言った方がいいかもしれません。それをコミカルなタッチで描いたものです。

 

実際のゴダールがこんなに嫉妬深い男だったのかは分かりませんが、最初の妻であるアンナ・カリーナとの破局はどんなものだったのか、興味深いです。革命を本気で目指したゴダールが男尊女卑で、映画俳優を馬鹿にし、妻への嫉妬にもだえ苦しむというのは以外でした。本当かどうかは判りかねますが。

やっぱり私はアンナ・カリーナが好きだった。関係ないですね。

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私も学生時代はゴダール映画の虜になった一人です。特に60年代後半からの映画は政治色の強い映画で、表現方法も独特で、字幕も長く、難解なものが多く、理解するのに一苦労でしたが、それが一つの楽しみにもなっていました。

 

映画『中国女』は中国の文化大革命を題材にした映画で、政治色が前面に出た映画です。毛沢東語録の朗読や革命についての議論などが繰り広げられた映画だったと記憶しています。その中で革命を志す哲学科の女子大生の役を演じたのがアンヌでした。このアンヌもアンナ・カリーナに負けず劣らず魅力的な女優でした。主演のステイシー・マーティンは実物のアンヌとはだいぶ違っていますが、魅力的な女優でした。

「中国女」の画像検索結果 f:id:lynyrdburitto:20181110133615p:plain

この頃にゴダールは商業映画との決別宣言を行っています。映画の中でも自分のこれまでの作品をクソ呼ばわりしています。ゴダールが商業映画に復帰するのは1979年の『勝手に逃げろ/人生』からです。

 

この198年という年は日本でも革命の嵐が吹き荒れた年です。日大闘争、東大闘争などの全共闘運動が盛んになり、全国の高校・大学に飛び火し、日本中が革命の嵐の中に巻き込まれていきました。街映画界も日本では大島渚吉田喜重、海外ではゴダールなどの政治的映画が学生の間でもてはやされました。

 

今日の映画でも1968年のパリのデモ・集会を再現した場面がいくつも出て来ましたが、今の時代にこれらを再現されると、何か渋谷のハロウィンの騒ぎを観ているようで、時代の移り変わりを痛切に感じざるを得ませんでした。当たり前ですね、あれから50年ですから。ここは当時の映像を観たかったですね。

 

それでもこの映画は色使い、ショット、ナレーションの多用などゴダール映画に対するオマージュがあちこちで感じられました。 

ゴダールは現在87歳、まだまだ血気盛んなようです。今の3人目の奥さんはアンヌ=マリー・ミエヴィルでやはり映画監督・脚本家です。ゴダールの「ジガ・ヴェルトフ集団」で活動時に知り合っています。この人とは45年も続いていますから、生涯離れることはないでしょう。

ゴダールはこの映画を観たのでしょうか。観たとしたらどんな感想を持ったのでしょうか、興味があります。

 

余談ですが、一つ驚きがありました。それは男性の性器が無修正で出て来ます。女性もヘアヌードです。 あれっ、この映画ってR指定だったかなと思ったら、R15でした。

 


【公式】『グッバイ・ゴダール!』7.13公開/本予告

 

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それでは今日はこの辺で。