Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

早すぎたか?『ボー・ブラメルズ(The Beau Brummels)/Bradley's Barn』

 ザ・バーズよりも早くフォークロックをヒットさせたと言われた、ボー・ブラメルズ(The Beau Brummels)です。たしかに彼らのファースト・シングルで大ヒットした「Laugh, Laugh」は1964年のリリースで、バーズの「ミスター・タンブリンマン」より早かったのです。しかしこの曲は私のように、後追い世代が聴くと、ブリティッシュ・ビートとしか聴こえません。もしかししてイギリスのバンド?と当時思った人もいるのではないでしょうか。

 

ボー・ブラメルズの結成は1964年です。メンバーはサル・ヴァレンティノ(SalValentino,vo)と幼馴染のロン・エリオット(Ron Elliott,g,vo)が中心になり、ロン・ミーファー(Ron Meagher,b)デクラン・マリガン(Declan Mulligan,g)ジョン・ピーターセン(John Petersen,ds)が参加して始まりました。

彼らはオータム・レコードと契約し、早速シングル「Laugh, Laugh」をレコ―ディングしました。プロデュすーがなんと後のスライ&ザ・ファミリー・ストーンのスライ・スチュワート(Sly Stewart)でした。これが大ヒットしたわけです。

1965年にはファーストアルバム『Introducing the Beau Brummels』をリリースします。

 このアルバムは全米でも24位を記録します。この中からもう1枚のシングル「Just A Little」が8位となる、これまた大ヒットとなりました。

 

そしてすかさず、セカンドアルバム『The Beau Brummels, Vol. 2 』をリリースします。

このアルバムの録音前にはデクラン・マリガンがバンドを去りました。このアルバムはチャート入りを果たせませんでした。プロモーション不足が祟ったものと思われます。

この後オータム・レコードが倒産し、ワーナー・ブラザースに移籍しました。

 

1966年にはサードアルバム『Beau Brummels '66』がリリースされます。

ワーナー移籍後初のアルバムです。このアルバムは全曲カバーでした。ビートルズやディラン、サイモン&ガーファンクルローリング・ストーンズなどです。オータム・レコードには多くの未発表曲がありましたが、ワーナーは権利を持っておらず、やむを得ずカバーソング集にしたのです。

 

一時的にバンドに加わっていたドン・アーヴィング(Don Irving,g,vo)は徴兵でバンドを去り、ジョン・ピーターセンはハーパーズ・ビザールに参加するためバンドを離れました。

 

3人になったバンドは1967年、4枚目のアルバム『Triangle』をリリースします。

3人になったメンバーは多くのスタジオミュージシャンと共にサイケデリックサウンドを作り上げました。ヴァン・ダイク・パークスジム・ゴードンジェイムス・バートンなども参加しました。このアルバムはビルボードの197位とさして振るいませんでしたが、評価は高いものを得ました。

 

そして今度はロン・ミーファーが徴兵のため退団します。結局二人になってしまったロン・エリオットとサル・ヴァレンティノはデュオでバンドを継続させます。

そして1968年に5枚目のアルバム『Bradley's Barn』をリリースします。これが実質上のラストアルバムになりました。 

 

 

Side A

1.Turn Around 

2.An Added Attraction 

3.Deep Water

4.Long Walking Down to Misery 

5.Little Bird 

6.Cherokee Girl

 

Side B

1.I'm a Sleeper

2.Loneliest Man in Town

3.Love Can Fall a Long Way Down 

4.Jessica

5.Bless You California

 

プロデュースはレニー・ワロンカー(Lenny Waronker)です。

その他のミュージシャンとして

ノバート・プットナム(Norbert Putnum,b)

ケニー・バトレー(Kenny Butterey,ds)

ジェリー・リード(Jerry Reed,g)

デヴィッド・ブリッグス(David Briggs,key)

ハロルド・ブラッドリー(Harold Bradrey,g)

ウェイン・モス(Wayne Moss,g)

 

このアルバムは前作同様サイケデリックな音に加え、カントリーロックの要素も含んだ、アメリカンロックにとって貴重なアルバムとなりました。このアルバムのリリースが1968年の10月、バーズの「ロデオの恋人」が9月です。この2枚によってカントリーロックはスタートしたと言ってもよいでしょう。しかし、このアルバムは完全に「ロデオの恋人」の陰に隠れてしまいました。

 

ボー・ブラメルズはアメリカン・ロックにとって重要なバンドでしたが、フォークロックにしても、サイケデリックロックにしても、カントリーロックにしてもなぜか過小評価されてきました。ちょっとづつ早かったのかもしれません。

 

このアルバムリリース後、バンドは遂に解散します。その後サル・バレンティのはストーングラウンド(Stoneground)を結成します。そのあたりは以前書いていますので参考にしてください。

lynyrdburitto.hatenablog.com

ロン・エリオットはソロに転向します。その後1973年に『Pan』というバンドを結成、同名のアルバムを1枚発表します。これはフォークロックの隠れた名盤です。

Pan

 

 

1974年にバンドはオリジナルメンバーで再結成しアルバム『The Beau Brummels』を発表しました。

このアルバムではレニー・ワロンカーとテッド・テンプルマン(Ted Templeman)がプロデュースしました。ニック・デカロマーク・ジョーダンロニー・モントローズまで参加しました。

しかし、アルバム発表後に再び解散しました。

 

サル・ヴァレンティノのヴォーカルは好き嫌いがあるでしょうが、このバンドはもっともっと評価されてもおかしくないバンドでした。

 


The Beau Brummels - Laugh Laugh (1965)


Beau Brummels - Just A Little


The Beau Brummels - 01 - Turn Around (by EarpJohn)


The Beau Brummels - 10 - Jessica (by EarpJohn)

 

 

Bradley's Barn

Bradley's Barn

 

 

それでは今日はこの辺で。

映画『エリック・クラプトン 12小節の人生』を観る

昨日のキネ旬シアターはエリック・クラプトン 12小節の人生』でした。

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監督:リリ・フィニー・ザナック

主演:エリック・クラプトン

制作:2017年 イギリス

 

「ギターの神様」、「スローハンド」こと、エリック・クラプトンの人生を綴ったドキュメンタリー映画です。クラプトンのナレーションと関係者のインタビューで進行します。

秘蔵映像が目白押しで垂涎ものです。

 

登場するのは

ジミ・ヘンドリックス

B.B.キング

マディー・ウォーターズ

バディ・ガイ

ザ・ローリング・ストーンズ

ザ・ビートルズ

ボブ・ディラン

デレク・アンド・ザ・ドミノス

デュアン・オールマン

ボビー・ウィットロック

ジョージ・ハリソンとパティ・ボイド

スティーヴ・ウィンウッド

など、もうこれだけでお腹いっぱいです。

 

クラプトンは私がロックへのめり込む引き金にもなったアーティストの一人です。それだけにこの映画は楽しみでした。

ヤードバーズジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ、クリーム、ブラインド・フェイスデレク&ザ・ドミノスそしてソロ時代とそれぞれの楽曲やお宝映像なども満載でファンにはたまりません。

 

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出生の秘密、母親との確執、パディ・ボイドとの許されざる恋、ドラッグ、アルコールに溺れる日々、息子の死などなど、壮絶な人生です。

 

振り返ってみればクラプトンの人生は苦悩との戦いでした。祖父母に育てられた少年時代。母親の秘密を知らされてから彼の苦悩が始まりました。それをギターとブルースが救ったのです。ギターにのめり込み神様と言われるまでになりましたが、心は満たされませんでした。そんな時に彼の心を奪う女性が現れました。

「エリック・クラプトン 12小節の人生 画像」の画像検索結果

 

ジョージ・ハリソンとは親友でした。その妻パティ・ボイドを愛してしまったのです。狂おしいまでの恋でした。そして出来たアルバムが『いとしのレイラ』でした。その思いをを紛らすための薬物そしてアルコール。そして当然中毒症。酒を飲みながらのステージは最悪でした。客との喧嘩や途中で中止するなどは当たり前のこととなります。このまま飲み続ければ間違いなく死が待っているところまで行きました。そしてパティとの結婚も実現しますが、結局はアルコールのせいでうまくいかず破局をむかえます。

 

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しかし、新しい恋人との間に出来た息子が彼を救ったのです。彼は息子を溺愛しました。そしてアル中から立ち直らせたのです。しかしそれもつかの間。その息子がホテルの窓から転落死してしまいます。クラプトンは失意のどん底に陥りました。再びアルコール、薬物かと思われましたが、彼は決心しました。息子のことだけ考えて生きていこうと。そして見事に立ち直ったのです。そして新たな家族に囲まれ幸せな生活を送ることができました。

 

その後は中毒患者のためのドラッグ更生診療所「クロスロードセンター」設立のために基金を創設したり、「クロスロード・ギター・フェスティバル」の開催など活躍しました。そのフェスティバルでB.B.キングが最大の賛辞をクラプトンに捧げました。B.B.キングなどの黒人ブルースマンに憧れてギターを弾き始めたクラプトンにとってこれほど嬉しいことはなかったでしょう。

息子のことを歌った「ティアーズ・フォー・ヘヴン」を含むアルバム『アンプラグド』はグラミー賞を獲得しました。

 

ヤードバーズ時代の映像やテレビ出演した映像。それをテレビで観るボブ・ディラン。たぶん『Don't Look Back』の頃だと思います。ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズ、さらにクリームの映像。ブラインド・フェイスでのスティーヴ・ウィンウッドの映像。オールマン・ブラザースのライヴでのデュアン・オールマンの映像。デレク&ドミノスのカール・レイドルやジム・ゴードン、ボビー・ウィットロックの姿もありました。またビートルズとのレコーディング風景。マディー・ウォーターズとの競演。これらを見られただけでも貴重でした。

 

そういえばクラプトンが初来日した1974年の武道館での公演ではヨレヨレだったことを思い出しました。

 

今日の映画はなぜかおばあちゃんたちが多かったのには驚きました。私もおじいちゃんですが、昔クラプトンの女性ファンなどはあまり見かけなかったような気がしましたが、どうしたわけか男性がほとんどいませんでした。不思議です。

あっという間の135分でした。

 


『エリック・クラプトン~12小節の人生~』特別映像/輝かしい名声と成功にあった、人生の苦悩と悲哀。過去、そして現在、すべてを赤裸々に曝け出す

 

最愛の息子のために作った歌でした。


Tears In Heaven  [日本語訳付き]  エリック・クラプトン

 

それでは今日はこの辺で。

ブリティッシュ・ハードの本流『べドラム(Bedlam)』

ジェフ・ベック(Jeff Beck)が第2期ジェフ・ベック・グループを解散した後、ドラムのコージー・パウエル(Cozy Powell,ds)プロコル・ハルム(Procol Harum)を辞めたデイヴ・ボール(Dave Ball,g)とその弟デニス・ボール(Dennis Ball,b)、さらに元トゥルース(The Truth)のフランク・アイエロ(Frank Aiello,vo)と新しいバンドを編成しました。それがべドラム(Bedlam)です。1973年の結成です。すかさずクリサリス・レコードからアルバムを発表します。『Bedlam』です。

 

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Side A

1.Believe In You

2.Hot Lips

3.Sarah

4.Sweet Sister Mary

5.Seven Long Years

 

Side B

1.The Beas

2.Whisky And Wine

3.Looking Through Love's Eyes

4.Putting On The Flesh

5.Set Me Free

 

プロデュースはクリーム、マウンテンのフェリックス・パパラルディ(Felix Pappalardi)です。

A-4にはジェフ・ベック・グループで一緒だったマックス・ミドルトン(Max Middleton,key)も参加しています。

 

おどろおどろしたジャケットとは違って、中身は実に伝統的なブリティッシュ・ハードロックです。

A-3はバラード風のハードロックナンバー。

A-4ポップなロックナンバー。

B-1はブルースロックでブリティッシュロックの真骨頂です。

B- 2でもデイブ・ボールのギターがひかります。

B-5はヘビーロック。

を言えばボーカルがもう少し灰汁の強さがあればといったところでしょうか。それと目玉になる楽曲があればなおさらよかったかもしれません。

 

この後バンドはあっさり解散し、コージー・パウエルは自信のバンド、ハマー(Cozy Powell's Hammer)を結成、その後はレインボー(Rainbow)へ。そしてその後はグラハム・ボネットや、マイケル・シェンカー、ホワイトスネイクELPブラック・サバス、さらにはピーター・グリーンのスプリンター・グループにまで参加しました。そして1998年に自動車事故で亡くなりました。

 

べドラムは解散後も一部のファンに支持され、その後も未発表音源を含むアンソロジーや当時のライブ音源などは発売され、今でも多くの支持を集めています。好きな人は好きなんですね。

 

 


Bedlam - Hot Lips


Bedlam – Believe in You ( 1973, Hard Rock, UK )


bedlam - whisky and wine


The Beast-Bedlam-Bedlam(1973)

 

それでは今日はこの辺で。

 

ニール・ヤング(Neil Young) 往年のライヴ 2枚入手

ニール・ヤング(Neil Young)の1970年代のライヴ音源が2枚発売されました。1枚はオフィシャル盤ですが、もう1枚はブートレグです。

 

『Time Fades Away Tour』

 

01.On The Way Home

02.Here We Are In The Years

03.Harvest

04.After The Goldrush

05.Out On The Weekend

06.Old Man

07.Heart Of Gold

08.Time Fades Away

09.Lookout Joe

10.Sugar Mountain

11.Sweet Joni

12.Don't Be Denied

13.New Mama

14.Last Dance

15.Southern Man

16.Let's Have A Party (Closing)

 

1973年1月28日 ワシントンD.Cの「John F.Kennedy Center」での録音。FMラジオのために録音されたものです。プライベート盤です。

正規のライブアルバム『Time Fade Away(時は消え去りて)』が1973年に発売されていますが、その時のツアーの一部のライヴだと思います。ニール自身はこのアルバムが気に入らず、しばらくの間CD化されませんでした。

 

メンバーは『Harvest』の録音メンバーであるストレイゲイターズ(The Stray Gators)の面々です。

ケニー・バトラー(Kenny Buttrey,ds)

ティム・ドラモンド(Tim Drummond,b)

ベン・キース(Ben Keith,g)

ジャック・ニッチェ(Jack Nitzsche,p)

 

13曲目からからデヴィッド・クロスビー(David Crosby,g,vo)グラハム・ナッシュ(Graham Nash,vo,g)が加わります。

 

本来ならばクレージー・ホースのダニー・ウィットン(Danny Whitten,g)が参加するはずでしたが、この前年の11月に亡くなっています。ニール・ヤングはショックは計り知れないものが有りました。

 

アルバムの方はバッファロー・スプリングフィールド時代の曲で始まって、ファーストソロから1曲。そしてストレイ・ゲイターズが加わってアルバム『Harvest』の曲、『Harvest』『Out On The Weekend』『Old Man』大ヒット曲『Heart Of Gold』へと続きます。さらに『時は消え去りて』に収録の『Time Fades Away』『Don't Be Denied』そして『Last Dance』が続きます。そして名盤『Tonight's The Night(今宵その夜)』から『New Mama』と『Lookout Joe』。そしてお待ちかね『Southern Man』です。

 

肝心な音質の方は前半部分はまずまず聴けます。ただ、クロスビー&ナッシュが加わった13からは音質が極端に悪くなっています。これは録音日時と場所の違いだと思いますが、期待していた『Southern Man』は10分ほどの長尺で、ライブの名盤『4 Way Street』ほどではありませんが、熱のこもった演奏です。が、如何せん音が悪すぎました。もう少しいい音質で聴きたかったところです。

 

もう1枚は

『Roxy: Tonight's the Night Live』

 

01. Intro

02.Tonight's the Night

03.Roll Out the Barrel

04.Mellow My Mind

05.World on a String

06.Band Intro

07.Speakin' Out

08.Candy Bar Rap

09.Albuquerque

10.Perry Como Rap

11.New Mama

12.David Geffen Rap

13.Roll Another Number (For the Road)

14.Candy Bar 2 Rap

15.Tired Eyes

16.Tonight's the Night – Part II

17.Walk On

18.Outro

 

1973年9月20日~22日の3日間の録音です。ロサンゼルスのロキシー・シアターのオープニング時のライヴです。

 

メンバーはザ・サンタモニカ・フライヤーズ(The Santa Monica Flyers)とネーミングされていますが、実態は

ベン・キース(Ben Keith,pedal steel,slide g,vo)

ニルス・ロフグレン(Nils Lofgren,g,p,vo)

ビリー・タルボット(Billy Talbot.b)

ラルフ・モリーナ(Ralph Molina,ds,vo)

 

つまりクレイジー・ホースにニルス・ロフグレンとベン・キースが加わったバンドです。スタジオ録音時のメンバーです。

 

プロデュースはニール・ヤングデヴィッド・ブリッグス(David Briggs)です。

こちらはオフィシャル盤です。

アルバム『Tonight't The Night』をレコーディングした直後の、ロキシーでの伝説のライヴです。プライベート盤では出ていましたが、待ちに待ったオフィシャル盤の登場です。

 

私個人としてはこの『Tonight's The Night(今宵その夜)』ニール・ヤングの1,2位を争う傑作アルバムだと思っていますので、この時期のライブは特に垂涎ものです。

 

友人のダニー・ウィットンとブルース・ベリーの死によって生まれたアルバム『Tonight's The Night』ですが、レコード会社はその暗さに発売を遅らせ、代わりに『On The Beach(渚にて)』が先に発売されました。当時は今のように情報が無かった時代なので、録音が1973年でリリースが1975年とはどういうことなんだろう、などと不思議がっていたものです。よほどいわくつきのアルバムなんだろう、などと勘繰ったりしていましたが、アルバムそのものは素晴らしいものでした。何回繰り返して聴いたかわかりません。特にダニー・ウィットンの「Let' Go Downtown」から「Mellow My Mind」へ続くくだりはたまりませんでした。

今回のライヴでも、「Let' Go Downtown」こそありませんが、アルバム『Tonight't The Night』がほぼそのまま再現されており、涙が出て来そうです(『Lookout Joe』はありません)。おまけに『On The Beach』から『Walk On』を取り上げています。言うことありません。音も申し分ありません。これを聴けるなんて長生きはしてみるもんですね。

 


Neil Young - Tonight's the Night


Mellow My Mind (Live)


Neil Young - Tired Eyes

 


17 - Walk On

 

 

それでは今日はこの辺で。

映画『マイ・ブックショップ』を観る

今日のキネ旬シアターは『マイ・ブックショップ』でした。

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監督:脚本:イザベル・コイシェ

原作:ペネロピ・フィッツジェラルド  The Bookshop

主演:エミリー・モーティマーパトリシア・クラークソンビル・ナイ

制作:2017年 スペイン、イギリス、ドイツ 2019年日本公開

 

1959年のイギリス、海岸沿いの書店が1件もない小さな町に書店を開いた女性のお話。

 

夫を戦争で亡くしたフローレンスは、ある時、夫との夢だった書店を開くことを思いつきます。フローレンスは空き家になっていた屋敷「OLD HOUSE」を買い取り準備を始めました。

 

そんな時、フローレンスは町の有力者であるガマード夫人のパーティーに招待され、そこでその「OLD HOUSE」を町の芸術センターにしたいという話をして、自分に譲るよう持ちかけました。しかしフローレンスは断りました。

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やがてフローレンスの本屋「THE OLD HOUSE BOOKSHOP」がオープンしました。最初の客は40年以上引きこもってり、毎日本ばかり読んでいる老人ブランディッシュでした。ブランディッシュは本屋が出来たことを喜んで、好きな本を届けてくれるよう頼みました。

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本屋は徐々に繁盛していきました。小学生の女の子クリスティーンがアルバイトとして店の手伝いをしてくれました。クリスティーンは少し生意気ですが賢くてとてもかわいいのです。フローレンスとは仲良しになりました。

 

ところが店の成功を快く思わない人達もいました。もともとが小さな町で時代柄もあって保守的で、女性が働くことに否定的でした。そんな中でもガマード夫人は芸術センターを作る野望を諦めていませんでした。彼女による様々な妨害が次始まりました。

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店の前に人だかりが出来て通行の邪魔になるとか、道徳上よくない本を売っているとか悪い評判を立てます。さらに小学生がアルバイトすることは法律上問題があるとしてクリスティーンを辞めさせます。さらに近くに新たな書店を開店させ営業の妨害を図ってきます。

 

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ガマード夫人の妨害のせいで、店の売り上げは落ち込んでいきました。そんな時に手を貸してくれたのがブランディッシュでした。ブランディッシュはフローレンスの優しさと強さに惚れ込んで、なんとか彼女を助けたいと思い、ガマード夫人に会いに行くことを決めました。ブランディッシュも過去にガマード夫人に痛い目にあわされた経験があるようです。

 

ブランディッシュはガマード夫人にフローレンスの商売の邪魔をするなと申し出ますが、あっさりと断られます。その帰り、ブランディッシュは家の前まで来て発作で倒れ、そのまま亡くなってしまいます。ブランディッシュを失ったフローレンスは四面楚歌の状態になってしまいました。

 

さらにガマード夫人は法律家の甥に働きかけ、家を没収できる条例を議会に通させ、フローレンスの「THE OLD HOUSE BOOKSHOP」を没収してしまったのです。失意の下、フローレンスは町を去ります。クリスティーンが無人の書店に入り、フローレンスから必ず読みなさいと薦められていた本『ジャマイカの烈風』を持ち出し、家に火を付けました。

 

船で去って行くフローレンスは見送りに来たクリスティーンがその本を持っていることを確認して笑顔になります。と同時に書店が燃えていることに気がつき驚きます。クリスティーンの仕業だということに気付きます。

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そして映画は意外な結末が待っていました。

 

この映画にはナレーションが入っているのですが、そのナレーションの主が誰なのか初めはわかりませんでした。最後にきてそれが分かった次第です。

 

最後は成功する本屋さんの話かと思ったのですが、意外な結末でした。ガマード夫人の憎たらしさと言ったら、言いようもありません。勧善懲悪とはいきませんでした。

 

それにしてもこの本屋さんは魅力的でした。日本にもこんな本屋さんがあったら毎日でも行ってみたいと思います。ブラッドぺリの『華氏451』やウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』などが登場します。

 

主演のエミリー・モーティマーは昨年観た『ベロニカとの記憶』にも出演していました。

 

 


『マイ・ブックショップ』予告編

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『ビル・ペリー(Bill Perry)/Love Scars』

素晴らしきブルースマンビル・ペリー(Bill Perry)。2007年に僅か50歳で亡くなりました。

彼は1957年のニューヨーク生まれです。5歳で既にギターを弾き始め、恵まれた音楽環境で育ちました。父親の持っていたジャズアルバムでケニー・バレルのギターに惚れ込みました。やがて大きくなるとジミ・ヘンドリックスデュアン・オールマンジョニー・ウィンターに夢中になりました。そしてブルースマンB.B.キングアルバート・コリンズ、フレディ・キングなどにも興味を持ちました。

1980年代になると、リッチー・ヘヴンスのギタリストになりました。またリック・ダンコ、レヴォン・ヘルム、ガース・ハドソンなどザ・バンドのメンバーのツアーにも参加しました。

1996年にはPointblank / Virginと契約し、ファーストアルバム『Love Scars』をリリースするに至りました。

 

01.Love Scars

02.Lost In The Blues

03.Fade To Blue

04.Down

05.Darkness Of Your Love

06.Boogie Blues

07.Settle Down, Fred

08.Smokey Joe

09.I'm Leaving You

10. In My Lonely Room

11.80 West

12.Fade To Blue (Reprise)

 

 パーソナルは

ビル・ペリー(Bill Perry,g,vo)

エリック・ウィンター(Eric Winter,b)

ジェレミー・バウム(Jeremy Baum,key)

パパ・ジョン・モール(Papa John Mole,ds)

 

プロデュースはビル・ペリーフレッド・ドラキュス(Fred Drachus)です。

 

彼はソングライティングで優れた才能の持ち主で、ここでも全曲オリジナルです。そしてまた素晴らしいシンガーでもあります。

スローブルースから、アコースティック・ブルースまで聴いていても飽きが来ません。1990年代になっても、このようなオーソドックスなブルースロックを聴けるというのはやはりアメリカは捨てたもんじゃありません。

 

それにしてもこのように素晴らしい才能の持ち主が、2007年までに僅かに7枚のアルバムしかリリースできなかったというのは誠に残念です。

 


Bill Perry - Down


Bill Perry — I'm Leaving You


Bill Perry - Fade To Blue

 

それでは今日はこの辺で。

映画『バハールの涙』を観る

昨日のキネ旬シアターは『バハールの涙』でした。

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監督:エヴァ・ユッソン

主演:ゴルシフテ・ファラハニ、エマニュエル・ベルコ

制作:2018年 フランス、ベルギー、ジョージア、スイス 日本公開 2019年

 

IS(イスラミック・ステート)に息子を奪われたクルド人の女性弁護士たちが銃を持って立ち上がり、戦いに挑んでいく姿をジャーナリストの目を通して描いた作品。これはISが少数民族のヤズディ教徒を襲撃した事件をモチーフにしているということです。

 

フランスの戦場ジャーナリストであるマチルドは同じく戦場ジャーナリストの夫をリビア紛争の取材で亡くし、自分も爆撃で片目を失明していました。娘をフランスに残し、PTSDに苛まれながらも取材のためにクルド人自治区にやってきています。

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そこでマチルドは女性たちだけの武装部隊「太陽の女たち」のリーダー、バハールに出会います。マチルドはバハールに自分の過去とジャーナリストとしての思いを語ります。その日からマチルドは部隊に張り付き取材を重ねます。バハールも次第に心を許すようになってきました。そして自分の身の上に起きたことを語り始めました。

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バハールは弁護士でした。故郷の自治区で夫と息子と3人で幸せに暮らしていました。ある日、この町がISに襲撃され、夫をはじめ男性は皆殺し、女・子供は奴隷として連れていかれました。そして息子は戦闘要員を育成するため連れていかれ、自身はISの幹部の性奴隷として売り飛ばされたのです。バハールの妹は耐えきれず自殺しました。

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やっとの思いで逃げ出したバハールは息子を取り戻す決意をします。同じ被害に遭った女性たちを集め、戦闘部隊「太陽の女たち」を結成したのです。やがて彼女たちは「女に殺された者は天国に行けない」という言葉を信じるISに恐れられる存在へとなり、部隊は奪還へと向かいます。そして犠牲者は出すものの無事息子たちを救出しました。

 

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この映画はISの非道さを知らされると同時に女性の母親としての強さを痛感させられた映画でした。子供のためならどんな犠牲も厭わない、その強さが男たちを恐怖に陥れるのです。

 

IS(イスラミック・ステート)と言えば、日本人ジャーナリストの後藤健二氏と湯川遥菜氏を惨殺した事件が記憶に新しいです。凄惨な殺害の画像や動画がネット上に流れました。しかし日本政府は救出しませんでした。できなかったのかもしれません。しかし結果的には「自己責任」という名のもとに日本人を見殺しにしたのも同然です。これもすでに世間では忘れ去られた出来事になっているのでしょう。

最近になって同じくシリアで拘束されていたジャーナリストの安田純平氏が釈放されるという出来事がありましたが、再び「自己責任」論が復活してしまいました。しかし、このようなジャーナリストがいなければ世界の実態はわからないのです。

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映画の中で、バハールの教授だった女性代議士がテレビでISの捕虜になっている人たちに「あなたたちを必ず助け出す。希望を捨てないで待っていて欲しい。電話をかけるスキがあったら電話して来て」と危険を承知で呼びかけます。それを見たバハールたちは彼女に連絡を取り、助かったのです。日本政府とはえらい違いです。

 

ジャーナリストのマチルドにしても自分の命を顧みず、この実情を報道するためにあえて危険な場所に飛び込んで行くのです。このような人たちを「自己責任」だと簡単に切り捨てて良いものなのでしょうか。

 

もともとISが台頭してきた原因はイラク戦争にあります。アメリカがイラク大量破壊兵器を保持しているとの疑惑から仕掛けた戦争。結局大量破壊兵器は発見されませんでした。そして戦後、イラクの治安は悪化の一途をたどり、ISの勢力拡大に繋がりました。日本政府は何のためらいもなくアメリカに追随し、戦争に参加しました。アメリカと共にイラク戦争に参戦したイギリスは戦後の検証を行い、大量破壊兵器の情報は嘘だったことを暴いています。オランダにしてもしかりです。当事国のアメリカでさえそれを認めています。ところが日本はその検証さえ行わず、イラク戦争の正当性を主張しています。どこまでもアメリカ追随の姿勢です。

 

アメリカの言うことに異議を唱えることが許されていない現実を知ってか、北方領土問題でロシアが北方4島に米軍基地を作られるという懸念を表しましたが、日本がいくらそれを否定してもそれが信用されることはないでしょう。沖縄の実態を見れば明らかです。

 

中東の不安定さを招き、多くの犠牲者を出した責任の一環は日本政府にもあるのではないでしょうか。そんなことを、ふと考えてしまった映画でした。

 

イスラミック・ステートは表面上は壊滅したことになっていますが、残存兵は世界中に拡散しました。そしてシリアの紛争は未だに決着がつきません。中東の不安定さはますます増すばかりです。

 

映画とは直接関係ないことをいろいろと考えてしまい、全くまとまりのない文章になってしまいました。ご容赦願います。

 


映画『バハールの涙』予告編

 

 

それでは今日はこの辺で。