Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

のんびり、ゆっくり『アスリート(Athelete)』

今日はイギリスのバンドで、ゆったりとした音楽を奏でる『アスリート』について書いてみたいと思います。

メンバーは

ジョエル・ポット(Joel Pott,vo,g)

ティム・ワンストール(Tim Wanstall,key)

スティーヴ・ロバーツ(Steve Roberts,ds)

キャリー・ウィレッツ(Carey Willets,b)

の4人です。

結成は1999年です。デモテープを制作しインディーレーベルからEPを出すと、メジャーのパーロフォンから声がかかり契約に至ります。そしてデビューシングル「You Got The Style」がトップ40入り、2番目のシングルも評判になります。

そして2003年にデビューアルバム『Vehicles&Animals』がリリースされます。

このアルバムは新人としては異例の25万枚の売り上げを上げます。音楽の方は、スローテンポのゆったりとした曲がほとんど、これまでのブリットポップとは明らかに一線を画すアルバムになっています。マイナー調の曲もありますが、なぜか暗くなりません。不思議です。

 

続く2005年にはセカンドアルバム『Tourist』をリリースします。

このアルバムは初登場でいきなり1位を獲得する大ヒットとなります。前作以上に全曲美しいメロディーでゆったりと流れます。ジョエルのヴォーカルは上手くはありませんが、気だるさが出ていて曲を引き立たせています。サウンドは軽やかですが、時には重厚な部分もでて曲にメリハリが出てきています。メンバーはこのアルバムについてニール・ヤングを意識したといっていますが、それはあまり感じられませんでした。

 

続く2007年にサードアルバム『Beyond The Neighbourhood』をリリースします。

このアルバムはテンポが全体に上がり、メロディーはよりマイナーになっています。サウンドがよりハードになって、ジョエルのヴォーカルが負けてしまっているところも見受けられます。のんびり、ゆっくり、そしてゆったりとした気分になることを期待していましたが、そういう点では裏切られました。それでも中には以前のゆったり感を味わえる曲もあって、及第点というところでしょうか。アーティストにいつまでも変わりなくなんて望むことは愚の骨頂です。が、期待してしまうことも事実です。

 

続いて2009年に4枚目のアルバム『Black Swan』をリリースします。

完全なポップアルバムに仕上がっています。スローテンポのしんみりとした曲が数局ありますが、他の曲はアップテンポのポップチューンです。私が『アスリート』に期待していた音楽とはちょっと離れますが、ポップアルバムとして聴く分にはよいアルバムでしょう。

 


Athlete - You got the style

 


Athlete- Half Light

 

初期のゆったり感を味わいながら。

 

それでは今日はこの辺で。

しっとりバンド 『エンブレイス(Embrace)』

 今日はしっとり系のイギリスのバンド『エンブレイス』について書いてみたいと思います。しっとり系と癒し系は何が違うんだ、ということになりますが、それは置いといて。

バンドの結成は1990年で、バンドのメンバーは

ダニー・マクナマラ(Danny MacNamara,vo,g)

リチャード・マクナマラ(Richard MacNamara,g,vo)

マイク・ヒートン(Mike Heaton,ds)

でスタートします。ダニーとリチャードは兄弟です。

1994年にスティーブ・ファース(Steve Firth,b)が加入します。

1997年にHut Recirdsからの3枚のEPがヒットし、1998年のアルバムデビューにこぎつけます。デビューアルバムは『The Good Will Out』です。

このアルバムではまだハードな曲やヘヴィーな曲もありますが、多くはスロー、ミディアムテンポのしっとりとした曲です。アルバムは全英1位を記録します。ダニーは「オアシス」や「ヴァーヴ」をコケにするような発言をして、ビッグマウスぶりを発揮します。が、現実もその通りになりつつありました。

 このアルバム発表の後、ミッキー・デイル(Mickey Dale,key)が正式メンバーになります。ファーストではクレジット参加しています。

続く2000年にはセカンドアルバム『Drawn From Memory』をリリースします。

前作のハードでヘヴィな曲は姿を消し、しっとりした曲が大半を占めるようになりました。コーラスが入った曲「Save Me」などは黒人のファンキーな雰囲気を出しています。4曲目の「DrawnしかしFrom Memory」などは静けさに満ちて、心穏やかにさせる名曲ではないでしょうか。大胆なストリングスの導入もみられます。しかし、このアルバムは全英8位と売り上げは伸び悩みました。

 

翌年、サードアルバム『If You've Never Been』をリリースします。

前作のしっとり具合に磨きがかかります。とはいっても、リチャードのパワフルな曲もちゃんと残してあります。それにしてもこの兄弟に対照的なことには驚きます。でもそれがこのバンドの良さなのでしょう。このアルバムがしっとりさでは一番かもしれません。しかし、このアルバムも全英9位と売り上げ的には伸び悩みました。こうしたこともあって、レコード会社との契約も打ち切られました。会社側との音楽的意見の食い違いがあったようです。厳しい世界です。

 

そして3年間の沈黙の後、2004年に4枚目のアルバム『Out of Nothing』をリリースします。

いきなりメロディアスで明るい「Ashes」という曲で始まるアルバムにちょっと意外性を感じました。3年間の間に何か心境の変化でもあったのかと思いたくなります。2曲目の「Cravity」は「コールド・プレイ」のクリス・マーティンが提供してくれた曲で、間違いなく名曲です。その後は、いつものようにしっとり系が続き、美しいメロディーのアコースティカルな曲が目白押しです。このアルバムで見事全英1位に返り咲きます。

 

2006年に、わずか1週間で仕上げたという5枚目のアルバム『This New Day』をリリースします。

残念ながらこのアルバムは未入手です。

この後バンドは2011年まで活動休止状態に入ります。そして2014年に6枚目のアルバム『Embrace』を発表します。

このアルバムではビートルズのカバーなどもあるそうですが、残念ながら未入手です。

 


Embrace - Gravity (Official Video)

 

しっとりした気分になったところで

今日はこの辺で。

叙情派バンド 『キーン(Keane)』

今日はイングランドの特殊な編成のバンド、『キーン』について書いてみたいと思います。

特殊な編成というのは、ヴォーカル、ピアノ、ドラムの3人組です。俗にいうギターレスです。はじめは大丈夫かいな、と思いましたが心配無用でした。実に美しいメロディーで心なごみます。

1995年に結成された『キーン』は元々4人編成でギターもいましたが、2001年にギタープレーヤーが脱退し3人になりました。

メンバーは

ティム・ライス=オクスリー (Tim Rice-Oxley,p,vo)

トム・チャップリン (Tom Chaplin,vo,org)

リチャード・ヒューズ (Richard Hughes,ds)

です。

2003年にインディーレーベルからシングル2枚をリリースし、編成が面白いと注目されます。そして2004年にデビューアルバム『Hopes And Fears』をリリースします。

このアルバムは初登場で全英1位となり、この年のデビューした新人の中で最大の売り上げを記録しました。あの『フランツ・フェルディナンド』を上回ったのです。とにかくピアノの旋律の美しさと、ヴォーカルのやさしさで、これではイギリス人の心を虜にするのもわかるような気がします。イギリス本国で200万枚、全世界で500万枚を売り上げたといいますから驚異的です。

 

2006年にはセカンドアルバム『Under the Iron Sea』をリリースします。

 このアルバムも初登場1位を記録します。1曲目からドラマティックな展開の曲で驚かされます。ファーストアルバムに力強さが加わった感じです。ファーストがフォーク的だとすると、セカンドはロック的です。全米でも4位になります。この後、トムはドラッグ中毒で入院してしまいますが、数カ月で復帰します。

 

2008年にはサードアルバム『 Perfect Symmetry』をリリースします。

いきなり1曲目で驚かされます。これがあのキーン?と言いたくなるような、明るくファンキーな楽曲で始まります。軽快なポップアルバムに仕上がっています。このアルバムも全英1位、全米7位を記録します。暗く沈んだ『キーン』が好きだった私にはちょっと面喰いました。

 

2011年にジェシー・クイン (Jesse Quin,b)が加わり、ここで4人編成になります。

そしてミニアルバム『Night Train』を挟んで、2012年に4枚目のアルバム『Strangeland』を発表します。

ファースト近くに戻ってきました。しかしながらそれは後退ではなく、前作のポップさを残しながら昇華しているようです。全英初登場1位を記録します。メロディーの美しさが随所に見られ、秀作となっています。

 


Keane - Atlantic (Live from ULU)

 


Keane - Somewhere Only We Know

 

優しい音楽に触れながら眠るとしますか。

 

それでは今日はこの辺で。

幻の超快速馬 『マルゼンスキー』

「競馬 写真」の画像検索結果

1977年(昭和52年)、この年の牡馬4歳馬(現在の3歳馬)の牡馬3冠レースは、皐月賞ハードバージ日本ダービーラッキールーラ菊花賞プレストウコウでした。

しかし、これらの馬の評価が今一つ上がらないのは、この3冠レースに出走できなかった、超怪物がいたからです。イギリスの3冠馬ニジンスキーの持込み馬、マルゼンスキーです。持込馬とは母馬が国外で種付けされ、国内で出産した馬のことで、当時は外国産馬と同等の扱いで、クラシックレースはおろか大半の重賞レースには出走できませんでした。出走できる八大競争は有馬記念位のものでした。

マルゼンスキーは3歳時の10月の新馬戦を大差勝ちすると、続くいちょう特別を9馬身差で圧勝。続いて府中3歳ステークスに出走して、北海道3歳ステークスを勝ったヒシスピードとの接戦を制しました。この時のレースを騎手の中野渡も調教師の本郷も油断だったと述懐しています。

そして3歳馬のチャンピョンを決める朝日杯3歳ステークスに駒を勧めます。ここで前走のヒシスピードと再戦しますが、今度は圧倒的な強さで13馬身差の大差勝ちをします。後ろの馬がテレビに映らないほどでした。

明けて4歳になり、正月のオープン戦を再び大差勝ちして、ファンは3冠レースの出走を希望しますが、それは規定上無理でした。騎手も調教師も「ほかの馬の邪魔をしないように大外枠でいいから出してもらいたい。賞金もいらない。」と本音をこぼします。ダービー前のオープン戦も7馬身差で楽勝します。

ダービーはラッキールーラが制しますが、ファンの心理「はマルゼンスキーが出ていれば」というものでした。

ダービー後の6月、当時「残念ダービー」と呼ばれたレースの「日本短波賞」に出走します。この年は中山競馬場での開催でした。満員に膨れ上がった中山競馬場NHK杯を勝ったプレストウコウも出走してきました。マルゼンスキー単勝オッズは1.0倍。レースはプレストウコウに7馬身差の1着。後にプレストウコウ菊花賞を制するのを見てもマルゼンスキーの強さがわかります。このレースでは4コーナーで一旦後続馬に並びかけられるという危ない場面がありましたが、直線に入ると一気に突き放しました。馬が遊んでしまったようです。

7月の夏競馬。札幌のダート戦。短距離ステークスに出走を決めます。このレースには1歳上のトウショウボーイが出走を予定しているとの噂もあり盛り上がりましたが、結局トウショウボーイは出走せず、またまたヒシスピードを相手に10馬身の大差をつけて優勝します。

この後マルゼンスキー脚部不安になり、直行で有馬記念を目指すことになりました。有馬記念にはトウショウボーイテンポイントグリーングラスのT.T.Gが待ち受けています。ファン投票ではこの3頭に続く4位で出走資格を得ていました。しかし、直前にななってやはり脚部を痛がる様子が見られ、結局出走を回避しました。

その後、マルゼンスキーには出走できるレースが宝塚記念有馬記念ぐらいしかないということからそのまま引退することになりました。

1978年の1月に中山競馬場で引退式が行われました。そして種牡馬生活に入りました。全成績8戦8勝。

種牡馬としても、ダービー馬サクラチヨのオー、菊花賞ホリスキーレオダーバン宝塚記念スズカコバンなど多くの重賞ウィナーを輩出しました。ブルードメアサイアー(母の父)としても多くのG1馬を輩出しています。

競馬がブラッドスポーツと言われる所以です。ニジンスキーの代表産駒であることは間違いないでしょう。

 

マルゼンスキートウショウボーイテンポイントの勝負、観てみたかったな、と今でも思います。

 


1977 日本短波賞 マルゼンスキー

それでは今日はこの辺で。

緊張型分裂症 『カタトニア(Catatonia)』

 今日は一時期、一世を風靡したイギリス・ウェールズのバンド『カタトニア』について書いてみます。スウェーデンのメタルバンドの『カタトニア(Katatonia)』とは違います。以前記事でほんの少しだけ触れていますので参考までにその記事を載せておきます。

lynyrdburitto.hatenablog.com

Catatoniaとは緊張型分裂症という意味だそうです。本人たちはバンド名に意味などないなどといっているようですが、メンバーのケリス・マシューズは精神病院に勤務していた経験があるようです。

当初のメンバーは

ケリス・マシューズ(Cerys Matthews,vo)

マーク・ロバーツ(Mark Roberts,vo,g)

ダフィッド・エヴァン (Dafydd Ieuan,ds)

クランシー・ペッグ(Clancy Pegg,key)

オーエン・パウエル(Owen Powell,g)

ポール・ジョーンズ (Paul Jones,b)

でした。

 

そもそものスタートはケリスとマークの出会いで、二人は付き合いだし曲作りをするようになりました。そしてメンバーを集めバンドを組み、音楽活動をするようになりました。やがてクライ・レコードに認められ契約し、何枚かのシングルとEPを録音しました。その中の「Sweet Catatonia」が評判を呼びました。その後ラフ・トレードとの契約後、ワーナー・ブラザースの子会社との契約を結び、ファーストアルバム『Way Beyond Blue』をリリースします。1996年のことです。

このアルバムは全英で32位になり、ゴールドディスクも獲得しました。ケリスのコケティッシュな声とメロディーで不思議な世界へと連れていかれるような感じです。

 

1998年にセカンドアルバム『International Velvet』を発表します。

このアルバムからはクランシー・ペッグが抜け(どうやら解雇のよう)ドラムスもダフィッド・エヴァンが「スーパー・ファリー・アニマルズ」に参加するためアレッド・リチャーズ(Alec Richards)に替わります。ケリスのヴォーカルはかわいさは変わりませんが、より攻撃的になりました。ちょっとどすを利かせたような歌い方もあります。曲の方は相変わらず不思議な世界です。このアルバムは見事に全英1位になりました。1曲目の「Mulde And Scully」は全英3位の大ヒットとなりました。

 

翌1999年、サードアルバム『Equally Crused And Blessed』をリリースします。

このアルバムも全英1位を記録します。まさにケリスの美貌も相まって、イギリスでは圧倒的な人気の絶頂にありました。しかしシングルでの売れ行きはいまひとつ伸び悩みました。ケリスのヴォーカルはかわいらしさを取り戻しながらも、激しい一面も見せるなど、曲ごとに表情が変わり、またまた不思議な世界に引き込まれます。何度も不思議な世界と言っていますが、ポップともフォークとも違う親しみやすさ、楽しさ、悲しさが溢れています。表現力不足で申し訳ないですが、つかみどころがありません。それでもこの感覚は病みつきになります。11曲目の「Dazed,Beautiful And Bruised」は力作です。

 

約1年半の活動休止の後、2001年には『Paper Scissors Stone』がリリースされます。

 このアルバムは1位を獲得することはできませんでしたが、6位に入る健闘をしました。私個人としては非常にいいアルバムだと思っています。しかし、アルバム発表後、ケリスがアルコールや鬱でも苦しんで施設に入ると発表しました。バンドの継続は困難とのからこの年解散が発表されました。

 

その後、ケリスはこれまでに5枚のソロアルバムを発表しています。

 

 これらのアルバムは未購入でしたが、記事を書きながら無性に聴きたくなり、早速購入手配しました。この人の魅力に嵌まると本当に病みつきになります。

 

というわけで不思議な魅力のある『カタトニア』でした。

 


Catatonia- Dazed, Beautiful and Bruised

 


Catatonia - Mulder & Scully (live)

それでは今日はこの辺で。

カナダ編 怒りの葡萄 『グレイプス・オブ・ラス(Grapes Of Wrath)』~『ジンジャー(Ginger)』

今日は、書きたくても情報不足でなかなか書けなかった『グレイプス・オブ・ラス』について書いてみたいと思います。書くといっても手元にはグレイプスの2枚のアルバムと解散後『ジンジャー』として再結成した後の2枚のアルバムがあるだけです。彼らがどれだけのキャリアでどれだけのアルバムを出しているのか詳しいことはわかりません。それでも彼らの爽やかロックを聴いていると癒されるので、わかる範囲で書いてみたいと思います。

カナダのバンドでグループ名はスタインベックの『怒りの葡萄』から取ったそうです。これがのちに問題となってグループ名を変えたらしいですが。

メンバーは

ケヴィン・ケイン(Kevin Kane,vo,g)

トム・フーパー(Tom Hooper,vo,b)

クリス・フーパー(Chris Hooper,ds)

ヴィンセント・ジョーンズ(Vincent Jones,key)

の4人ですが、どうやらヴィンセントは3枚目のアルバムからメンバーになったようです。

1986年にファーストアルバム『Septmber Bowl Of Green』、1987年に『Treehouse』をそれぞれリリースしますが、これらは未購入です。あいすみません。

 Treehouse

 

そして1989年にサードアルバム『Now And Then』をリリースします。

 このアルバムを買った理由は、ゲストミュージシャンがフライング・バリットのペダル・スティールの名手・スヌーキー・ピート、それにピアノ・オルガンにオールマンのチャック・リーヴェルが参加しているというクレジットを見て、というたったそれだけの理由です。でもそれが私のような人間にとっては大切なのです。というわけで、ワクワクしながら聴きました。カナダですが、あのウェストコーストロックが戻ってきました。ですが、バーズとも、フライング・バリットとも、イーグルスとも違う、ケヴィンの爽やかな声が独特の味を出しています。

 

次に1991年に4枚目のアルバム『These Days』をリリースします。

このアルバムも前作に引き続き、ソフトロック路線です。ウェストコーストの風は相変わらず吹いています。カナダではセカンドアルバムはゴールドディスクを2枚目、3枚目はプラチナに輝くなどビッグネームになりつつありました。

 

ところがこの後、ヴォーカルのケヴィンが脱退を表明します。残されたメンバー3人は新たにショーン・アシュビー(Sean Ashby)ラニー・ハッシー(Lanny Hussey)という二人のギタリストをレコーディングに加え、『ジンジャー』というバンド名で再出発を図ります。ジンジャーといってもワイルドハーツのジンジャーではありません。

 

そして1994年にアルバム『Far Out』を発表します。

 これまではソングライティングもヴォーカルもケヴィンが担当していましたが、『ジンジャー』になってからはそれらをすべてトム・フーパーが担当しました。1曲目から暗く沈んだ楽曲で、どうしたんだ、と思ったところでしたが3曲目あたりからは、エレクトリックギターが前面に出て。ロック色が強い楽曲があったりとだいぶイメージが変わりました。トムのヴォーカルはケヴィンに引けを取らず優しい声で、安心しました。

 

ここで長年のメンバーだったヴィンセント・ジョーンズが脱退し、ラニー・ハッシーを正式メンバーにしてセカンドアルバム『Suddenly I Came To My Senses』を発表します。

このアルバムは前作と『グレイプス』時代の両面を兼ね備えた、ポップ・ロックになっています。8曲目の「Midnight Man」などは静けさと激しさが同居して聴きごたえがあります。2曲目の「Here With Me」は得意の暗く沈んだ曲ですが、このメロディーがたまらなく切なくていいんです。そして3曲目へと流れるようなメロディーが続きます。この辺は一番の聴きどころかもしれません。

 

この後、『ジンジャー』の情報は聞いていません。2000年にトムとケヴィンが『グレイプス・オブ・ラス』の名義でアルバム『Field Trip』を発表しようです。ただし他のメンバーは加わっていません。さらに2013年には『High Road』がリリースされますが、残念ながらメンバー構成は分かっていません。おそらく2人にクリスが加わったものと推測されます。

 

 

このバンドは大好きなのですが、CDが入手しづらくて参ります。日本での人気が全くないので致し方ありませんが、もったいないです。

 

暗いです。


Grapes of wrath - I'm gone


Ginger - Far Out

 

それでは今日はこの辺で。

ブリットポップの救世主 『ステレオフォニックス(Stereophonics)』

今日は、ブリットポップも終焉を迎えつつあった1996年頃に、大型新人として期待され登場し、期待どうりの国民的バンドに成長した『ステレオフォニックス』について書いてみたいと思います。

メンバーは

ケリー・ジョーンズ(Kelly Jones,vo,g)

リチャード・ジョーンズ(Richard Jones,b)

スチュアート・ケーブル(Stuart Cable,ds)

の3ピースバンドです。

3人はイギリス・ウェールズの田舎町の幼馴染でケリーとリチャードが6歳でスチュアートが10歳の時にバンドを組んだといいますから驚きです。それから地元で地味に活動し、1996年にV2レコードの契約話が持ち込まれ、契約しました。そして3枚のシングルを発表し、1997年にファーストアルバム『Word Gets Around』をリリースします。

このアルバムは初登場でチャート6位に入り、100万枚の大ヒットとなりました。イギリスでは、ブリットポップの終息を迎えつつあり、それを跳ね返す期待の大型新人として大いに期待されました。シングルヒットした「Traffic」は比較的静かめな曲ですが、全体的にはザラザラしたケリー・ジョーンズの声とマッチしたロックになっています。

 

次に。1999年にセカンドアルバム『Performance and Cocktails』をリリースします。

こちらはファーストの評判もあって、初登場で堂々の1位に輝きます。ファーストの王道ロックをさらに推し進めたようなアルバムになっています。ミドルテンポとアップテンポが交互に現れ、そこにバラードを挟み、ケリーのハスキーボイスが絡み合って、素晴らしい出来に仕上がっています。

 

約3年後の2002年、3枚目のアルバム『Just Enough Education to Perform(J.E.E.P)』をリリースします。

前2作ともそうでしたが、今作はよりアメリカン・ロックの影響を強く感じます。サウンドが重くなり、テンポもスローからミディアムの曲が多くなっています。ケリー・ジョーンズの卓越したソングライティングとハスキーヴォーカルが際立ちます。シングルヒットした「Mr.Writer」はスローテンポで重く引きずるようなケリーのヴォーカルが冴えます。このアルバムも前作に引き続き全英1位を記録します。

 

続く2003年に4枚目のアルバム『You Gotta Go There to Come Back』をリリースします。

このアルバムは前作以上にアメリカナイズされ骨太感も高くなりました。シングルヒットした「Maybe Tomorrow」は名曲です。このアルバムも全英1位を記録します。

この後、ドラムのスチュアート・ケーブルが脱退します。真相は解雇のようです。しばらく元ブラック・クロウズのスティーヴ・ゴーマンが代役を務めますが、2004年に正式にハヴィエ・ウェイラー(Javier Weyler)が加入します。

 

2005年、5枚目のアルバム『Language. Sex. Violence. Other?』を発表します。

このアルバムは、これまでよりハードに、ファンキーに、リズミカルになりました。そしてケリーのヴォーカルも攻撃的になっています。彼らの新しい1面が見られます。5曲目の「Dakota」はシングル初登場1位を記録します。いかにもシングルヒットしそうな軽やかでポップな曲です。また、アルバムも全英1位となってこれで4枚連続の1位を記録します。もはやイギリスを代表するバンドにのし上がりました。

 

そして2007年に6枚目のアルバム『Pull The Pin』をリリースします。

 今作はデビュー10周年の記念アルバムです。10年でだいぶ洗練されたような気がします。デビュー当初にあったガレージ風のざらつきはなくなり、都会的な音になってきました。バラードは相変わらず美しいのですが、明らかに初期の頃とは違っています。当然でしょうが。ちなみにタイトルの「Pull The Pin」というのは手りゅう弾のピンを抜くという意味から転じて、「よし、やってやるか」といいうような意味合いだそうです。なるほど気合が入っています。このアルバムも全英1位を獲得し、これで5枚連続1位となりました。

 

続く2009年には7枚目のアルバム『keep Calm and Carry On』をリリースします。

 このアルバムからギターにアダム・ジンダーニ(Adam Zindani)が加入し4人編成になります。このアルバムは全英11位と1位はとれず記録は途切れましたが、ゴールドディスクを獲得し、相変わらずの人気を示しました。アルバムはポップ色が強く非常に聴きやすくなっています。

 

このあとバンドはレーベルを移り、2013年までアルバムの発表はありませんでした。

新しいレーベル(オアシスのギャラガー兄弟のマネジメント/レーベル)から2013年と2015年にそれぞれアルバムを発表しましたが、残念ながら未購入です。

 

それぞれ全英3位、1位を記録して相変わらず元気いっぱいのようです。

さらに今年、10枚目のアルバムを発表予定という情報が入っています。

 

ブリットポップのバンドが次々と姿を消していく中、このように頑張っているバンドを見ると嬉しくなります。機会があったら未購入アルバム、手に入れないと。


Stereophonics - Maybe Tomorrow - Live @ Rock en Seine

 

それでは今日はこの辺で。