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Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

レコードジャケット、お気に入り

今日はちょっと趣向を変えて、自分の好きなレコードジャケットをちょっとだけ紹介したいと思います。私自身はジャケ買いはあまりしないのですが、やはりいいジャケットを見たときには迷いますね。

まずはちょっと変わったジャケットから。

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ちょっとわかりずらいかもしれませんがJethro Tullの『Stand Up』です。レコードジャケットを開くとメンバーがまさに立ち上がります。

次もジェスロ・タルで『Thick As A Brick(ジェラルドの汚れなき世界)』です。これは新聞をそのままジャケットにしたようです。

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次はおなじみストーンズの『Sticky Fingers』です。ファスナーは本物です。

中はパンティが入っていました。

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次もちょっと変わったジャケットです。Juicy Lucyです。胸のところが開くようになっています。

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次はちょっとサイケなアルバムです。

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Quicksilver Messenger Serviceです。ジャケットもいいが中身もいいです。

続いてGrateful Deadです。サイケですね!

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ついでにJefferson Airplaneです。

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いかにもアメリカ的です。飲んだくれたジャック・キャシディがいいですね。

 

次はFrank Zappa(フランク・ザッパ)です。ザッパはいいジャケットがいっぱいありますが、ここではマザースの頃のアルバムとソロと。

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いいですね。左は邦題が『いたち野郎』。いたちの電気カミソリですよ。おまけに血が出ています。最高です。

ついでにキャプテン・ビーフハートもいっちゃいます。

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なんだかよくわかりません。

またまたついでにDr.John

f:id:lynyrdburitto:20170526090713p:plain  Dr. John's Gumbo

再びJuicy Lucy

Juicy Lucy Get a Whiff a This

 

きりが無いので今日はこの辺で。もっともっとたくさんの面白いジャケットあるのでまた第2弾をやりたいと思います。

目が悪いせいなのかボケた写真ばかりになってしまいました。申し訳ありません。

最後にこれはそそられます。初来日公演(1976年か77年)の時は艶やかで卒倒しそうになりました。マリア・マルダーです

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『ソロモンの偽証・前篇』を観る

今日のキネ旬シアターは『ソロモンの偽証・前篇』でした。

原作:宮部みゆき

監督:成島出

主演:藤野涼子

 

始まって暫くして、「あれっ、これは観たことあるぞ」となって、以前CSテレビか何かで観たのを思い出しました。しかも、原作も読んでいました(原作もすごく長かったことは憶えています)。ここまで物忘れが進むと我ながらあきれ返ってしまいます。さらに、映画が進んでいって、次はこうなるはずだという予測が次々と外れるのです。1度観ているのに、です。

そこで、自分なりに結論を出しました。おそらく、テレビで映画を観るという行為は、酒を飲みながらとか、何か他のことをしながらとか、映画に集中していないせいなのではないかと。だから、記憶が浅いのではないかと。うん納得。

しかし、次に問題が。原作を読んでいるのに何故?もうこれは自分を納得させられません。やはり年のせい、が一番説得力がありそうです。そうすれば、他の映画や小説も1カ月も経てば忘れてしまうという事にも納得できるのです。悲しいですが。昔のことはよく憶えていると、人からは言われるのですがね。

ところでこの映画、ある中学生の転落死にまつわる謎を解明するために、同級生たちが刑事、教師など大人を介さず自分たちだけで裁判を行い、その真実を明らかにしようとする中学生たちの話です。

ですから、特別悲しい話でもなく、残酷な話でもないのですが、なぜか涙が流れて止まらないのです。これまた我ながら呆れてしまいます。おそらく想像するに、中学生の純粋な精神に胸を打たれたというか、忘れてしまっていた思春期の気持ちを思い出したというか、そんな感じだったのだと思います。やっぱり、年のせいというのが正解なのでしょう。

この映画の主役は藤野涼子といって、映画の中でも本名です。映画のオーディションでは最大規模の1万人の中から選ばれたそうです。見たことあるなと思ったら、今の朝ドラ「ひよっこ」に出演しています。というか、普通は朝ドラを観た時に思い出さなければいけないのに、今日初めて、ああそうか、と気が付く。私の頭の中はどうなっていることやら。彼女はこの映画で日本アカデミー賞新人賞を獲得したそうです。

ということで、後篇も忘れていると思いますので(というか今のところ思い出せていません)観に行きたいと思います。

 

『エヴァ・キャシディ(Eva Cassidy)』を聴く

今日は久しぶりに買ったエヴァ・キャシディについて書いてみたいと思います。

今回購入したのは2007年の発売の『Somewhere / Eva Cassidy

私が初めてエヴァのCDを購入すたのは今から約10年ほど前でした。彼女ので3枚目のアルバム『Live At Blues Alley / Eva Cassidy』です。

実はこのアルバムが発表された時(1997年)には彼女は既にこの世にはいませんでした。最後のライヴということになります。若干33歳、黒色腫(皮膚がんの一種)で亡くなりました。1996年でした。

このライヴ盤が発売された当時は、彼女はほとんど無名でした。死後、生前に録音されていた彼女の4枚目のアルバムとして発表された『Eva By Heart / Eva Cassidy』と先ほどのライヴアルバムの2枚からのコンピレーションアルバム『Songbird / Eva Cassidy』が大ヒットし彼女は一躍有名になりました。

 

その後、彼女の未発表作品が次々と発表され今回の『Somewhere』もその一環として発表されたものです。

なにしろ最初のライヴアルバムで彼女の音楽性の幅の広さに驚かされました。ライヴ会場がジャズクラブということもあってジャズナンバーは多いのですが、その他にブルースナンバー(T-Bone WalkerのStormy Monday)からアル・グリーンカーティス・メイフィールドなどのソウル、さらにはピート・シーガーサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」などのフォークまであらゆるジャンルの曲が選曲されていて、一見まとまりに欠けるように思われるかもしれませんが、これが実にバランスが取れていて素晴らしいライヴアルバムになっています。

今回購入した『Somewher』はオープニングナンバーにドリー・パートンの曲を持ってきているようにカントリーやフォーク調の曲が目立ちますが、それでもブルースナンバーやソウルナンバーもしっかり入っており、ガーシュインの「サマータイム」も入っています。ラストはかつてのボーイフレンドで、彼女のプロデューサーでもあったChris Blondoとの共作であるタイトル曲でしっとりと締めくくられています。おそらく彼は彼女の死を予期し、数多くの録音を残していたのでないかなと想像します。

彼女は本当に声がきれいで透き通っていて聴いていて癒されます。改めて惜しい人を亡くしたと感じさせてくれました。

先日紹介したサンディ・デニーが31歳、共に早すぎます。

『ニーゼと光のアトリエ』を観る

今日のキネ旬シアターは『ニーゼと光のアトリエ』でした。

監督:ホベルト・ベルネール

主演:グロリア・ペレス

2015年の7ブラジル映画です。

 ポスター画像  f:id:lynyrdburitto:20170522135201p:plain

ブラジル映画というと、私の場合『黒いオルフェ』(これまた古い)ぐらいしか見た記憶がありません。ほとんど初体験のようなものでした。

この映画はニーゼという実在の女性精神科医の話です。

1944年、リオ・デジャネイロの国立医療センターに再赴任したニーゼは、精神病患者に対する治療方法が電気ショックや外科手術(ロボトミー手術)など暴力的な治療が中心に変わってきてしまっていることにショックを受けます。その治療方法に反対するニーゼは窓際の作業療法所の責任者に指名されます。着任するとやる気のない看護師たちとまったく生気のない、または暴力的な患者たちが待っていました。

ニーゼは手始めに薄汚れた作業所の掃除から始め、患者の様子をじっくりと観察します。暴れる患者を暴力で押さえつけようとする看護師にも、手出しを許さず、好きなようにさせなさいと命令します。

ある日、ニーゼは患者に絵筆を持たせてみたいとの提案を受けます。半信半疑でニーゼはやらせてみました。すると患者の中に絵筆を持って、キャンバスに絵を描くものが現れ、中には初めから素晴らしい絵を描く患者までいました。そしてその輪は徐々に広がり多くの患者が絵を描き始め、その表情や行動はは穏やかになっていきました。ニーゼは無意識を自由に表現させることが大切なのだと気づきます。

さらに施設内で犬を飼い始め、動物療法のようなことも始めました。しかし、病院施設内で犬を飼うことは禁止されており、すぐにやめなさいと警告されます。それでもニーゼは頑として言う事を聞きません。ある日、犬は皆殺しにされました。患者のショックは大きく、中には看護師に暴力をふるい大けがをさせてしまった者もいました。その患者は、ニーゼの反対にも拘わらず、手術を受けさせられました。

それでも絵画や彫像による治療方法の効果は大きく、退院できる患者まで出てきました。そしてブラジルでも著名な美術評論家がその絵の芸術性の高さを認め展覧会の開催を提案します。ニーゼは心理学者のユングに芸術療法の効果についての書簡を送り、ユングもそれを絶賛しました。やがて、展覧会は開催され多くの観客の感動を与えました。

最後に患者の実際の映像や写真は公開され、さらにニーゼの実際の映像が流されました。

この当時の精神病患者(統合失調症)に対する治療法というのは大体が外科的療法だったということです。この映画の中でもニーゼのように外科的療法以外の精神療法を唱えるのはごく少数で、しかも男性優位の社会の中で芸術療法なるものを実践していく苦悩は相当なものっだたことは簡単に推測されます。それでもニーゼが権威主義の男性医師に屈服することなく、自分の確信に基づく治療方法を貫く強さには感服します。

ロボトミー手術は1949年にはノーベル生理学・医学賞をとったそうです。しかし、術後廃人同様になった患者の家族からは抗議を受けた例もあったようです。ロボトミー手術というのは映画でも説明されていましたが、前頭葉の神経をアイスピックで切断するという乱暴な手術です。患者のその後1950年代になるとその治療方法が人道的に問題があるとして廃止されるようになったそうです。また電気ショック療法というのは高圧の電流を患者の首に当て、一時的に暴れるがその後はおとなしくなるという、なんとも乱暴な非人道的な療法です。これも映画で実演していましたが、こういう治療で統合失調症が治るなんて本気で考えていたのでしょうか。恐ろしいです。というか、精神を病んだ患者は人間扱いされていなかったという事でしょう。

オープニングの場面でニーゼが病院の門を叩きますが誰も出てきません。しつこくしつこく叩いてようやく開けてもらいます。この場面で象徴されているように女性への差別そしてさらに精神病患者への差別など当時のブラジルだけではなく世界的な社会風潮を描いた作品でした。

最後にニーゼ本人が「1万人いたら1万通りの生き方、人生がある」と言っています。彼女が言うと重みがあります。

 

デイヴ・ホール(Dave Hole)、コリン・ジェイムス(Colin James)、再び

 先日のデイヴ・ホールのCDを見つけましたので早速購入しました。

Dave Hole / Steel On Steel

これは彼にとっての4枚目、1995年の作品です。

1曲を除いて全てオリジナル曲です。その1曲はドン・ニックス(Don Nix)の「Going Down」です。この曲は多くの人が取り上げています。特にブルース系の人。

前回聴いたアルバムよりはブルース色が薄く、ロック色が強いです。相変わらずスライドギター弾きまくりですが、前回のアルバムより12年前ということで、よりブルース色が強いのかと思っていたら肩透かしを食ったような感じです。悪くはありません。

 

もう1枚見つけたのはこれも先日取り上げたコリン・ジェイムスです。

Colin James / Limelight』です。

これは彼にとっての通算9枚目のアルバム、2005年の作品です。

なんと2曲目ではボブ・ディランの「川の流れを見つめて(Watchin' The River Flow)」をブルースアレンジたっぷりで演っています。

またヴァン・モリソン(Van Morrison)の曲を2曲も取り上げています。10枚目のアルバム『A Period Of Transition』に入っている「It Fills You Up」と3枚目のアルバム『Moondance』に入っている「Into The Mystic」です。それとニック・ロウロックパイル(Rockpile)時代の曲「When I Write The Book」も取り上げています。その他の10曲はオリジナルです。

オープニングはポップな曲でスタート。これまた意外です。私が持っている最新のアルバムが1998年ですから、この間にこのような曲も演るようになったのでしょう。

全体的には完全にロックアルバムです。バラード風もあり、ややブルース調ありといったところです。ブルースロックを期待して購入すると期待外れになるかもしれませんが、私はこういうのも好きなので結構満足しました。ヴァン・モリソンのカバーはヴォーカルの迫力ではかないませんが、しゃがれた声がいい味を出しています。

クリス・コーネル(Chris Cornell)逝く

クリス・コーネルの訃報が届きました。52歳でした。早すぎます。どうやら自殺だったらしいです。

ヘヴィーメタルグランジ系のバンド、サウンドガーデン(Soundgarden)とオーディオスレイヴ(Audioslave)のヴォーカリスト兼ギタリストでした。私もこの2つのバンドのCDを5枚ほど持っていました。

 

       

 今、久しぶりにこれらのCDを聴いています。

ヘヴィーメタルの勢いに陰りが出てきた1980年終盤ごろ、グランジと呼ばれるオルタナティヴにメタルが混ざったようなサウンドが出てきましたが、サウンドガーデンはその先駆けだったのではないでしょうか。ツェッペリンを思い起こさせるようなところもあり、重たくてヘヴィロックといってもいいようなサウンドです。

ニール・ヤングのツアーに参加したこともあります。ニールも一時グランジに傾倒した時期もありました。4枚目のアルバム『スーパー・アンノウン(Superunknown)』は全米1位を獲得しました。1997年にバンドは一旦解散します。

その後クリスはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against The Machine)のメンバーとスーパー・グループ、オーディオ・スレイヴを結成します。3枚のアルバムを発表しますが、いずれも高評価で、特に2ndは全米1位を獲得しました。サウンドはまさにロックそのもので、メロディアスなところもあり、70年代をも彷彿とさせ聴きやすいです。その後クリスが脱退を表明、バンドは活動休止。

クリスはその後サウンドガーデンの再結成に参加します。そしてアルバムを1枚発表します。そして今月早すぎる死を迎えました。

私はクリス・コーネルの特別なファンでもありませんでしたが、ニール・ヤングの関係から、あるいはツェッペリン、サバスを思い起こさせるサウンドで結構気に入っていましたので残念です。

もう少しCDを聴きながら冥福を祈りたいと思います。

 

追伸 久しぶりのオーディオ・スレイヴ、やっぱりいい(特に2枚目)!

『殺人鬼フジコの衝動』の読後感は

最近、イヤミスなる言葉を知りました。「読んだ後にいやな気分になるミステリー」だそうです。知るのが遅かったですが。

このところ読む小説といったら女流作家が圧倒的多く、たまたまそうなのか、意識して女流作家を選んでいるのかは自分でもよくわかっていませんが、実際にそうなっています。最近では桜庭一樹沼田まほかる桜木紫乃村山由佳などなどです。昔から女流作家は嫌いではなく、小池真理子乃南アサ桐野夏生唯川恵高村薫宮部みゆき篠田節子角田光代林真理子などなど結構な数の女流作家を読んできました。その理由の多くは、女流作家が意外と(といっては失礼ですが)男性の気持ちがよくわかっていて、心理描写が面白いというところだと思います。もちろんミステリーではストーリーの面白さは欠かせませんが、それに加えて男の気持ちをうまく表現しているということだと思います。

ところで最近読み終わった『殺人鬼フジコの衝動』はイヤミスの代表作と言われているそうです。作者は真梨幸子です。初読みです。

この小説、最低でも15人を殺害したフジコという女の話ですが、その構成がちょっと面白いのです。

まず、「はしがき」から始まります。このはしがきはある女性作家と思われる人物(最後に明かされます)がある女性から送られてきた小説を紹介しますというものです。

そして第1章から第9章まで続き、「あとがき」で終わります。「あとがき」は「はしがき」を書いた人物です。第1章から第2章までは小学生の女の子の視点、3章以降8章まではフジコ(藤子)を主役とした物語、9章はまた女の子の視点という構成なのです。2章から3章に移った時に初めて主人公の名前(藤子)が登場します。それまでは小学生の女の子の1人称で語られます。そして一家惨殺事件が起き、両親と妹が殺され藤子だけが助かりその後、藤子が殺人鬼になっていく姿が三人称で描かれています。そして、9章で女の子の名前が初めて判明します。そこで、1,2章での主役は藤子ではなかったんだと気づかされたのです。気付くのが遅いのかも。

藤子は両親から虐待を受け育ちます。一家惨殺された後は叔母夫婦に育てられます。この叔母は姉、つまり藤子の母親を毛嫌いしています。決して母親のようにはならないようにと事あるごとに言って聞かせます。

藤子が高校生の時、自分の彼氏と出来てしまった親友がやはり藤子に申し訳ないと思いその恋人に別れを切り出したところ、逆上した恋人は親友の首を絞めて殺害してしまいます。たまたまその場に駆け付けた藤子は途方に暮れて自首しようとする恋人を止め逆に死体を処分しようと説得します(実際にとどめに首を絞めたのは藤子なのですが)。そして二人で死体を切り刻みミンチ状態にして処分します。そして妊娠を理由に結婚を迫ります。恋人は弱みを握られ逃れることが出来ず言いなりになります。そして夢に見た結婚生活へと。が、働かない夫、うるさい舅、息子に甘い姑、そして赤ん坊の4人で狭い団地暮らし。せっかく肩身の狭い叔母夫婦との生活から逃れられたと思ったら、それまで以上の最低の生活。保険の外交員になるが成績はさっぱり、夜のバイトもやって何とか生活。そんな時、容姿にコンプレックスを持つ藤子は整形でもしたらとの話に飛びつき、そして整形が病みつきに。金が要る。あとはもう転落の一途。実は藤子は中学生の時にも殺人を犯しています。自分の行いを注意した同級生を殺害していたのですが、迷宮入りになっていたのです。また、この一家惨殺事件を追い続けていたジャーナリストも不審死を遂げています。

ぐずる娘を虐待死させ、夫も殺し、その後、整形美貌のお陰で一時は金持ちとの再婚で裕福な生活も手に入れますが長くは続かず、顔の崩れを補う整形の金や生活費のために次々と殺人を繰り返し、最後は逮捕され死刑判決を受け死刑は執行されました。

しかし、物語はこれで終わりではないのです。「あとがき」で語られる内容で、これは続編があるのだろうなと思ったら、やはりありました。今の内容を忘れないうちに読んでみようかと思っています。

実は「はしがき」と「あとがき」を書いたのは藤子の二女なのです。そして小説の書き手は藤子の長女でした。つまり、1、2章と9章の女の子は長女だったのです。長女は一家惨殺事件や母親の犯した事件も丹念に調べていたのです。長女は既に死んでいます(自殺か他殺かは不明)。長女は9章で、2章で書かれていたこととは(同級生の男子が踏切で事故にあった件)異なる事実を書いています。なぜなのか、この謎のこともあって二女はこれから育ての叔母と中学の時殺害した少女の母親に会いに行くつもりです、というところで終わります。この二人が一家惨殺事件と長女の死に大きく関係しているのではないかと疑われますが、それは続編でということになのでしょう。こうして最後の最後に謎が残ります。

桐野夏生の「OUT」や「グロテスク」、沼田まほかる湊かなえなどもイヤミスだと言われますが、私にはそんないやな読後感などありませんでした。この種類の本を読む人はもともと人間の裏の顔や人の暗部・恥部、失敗談、不幸な人生、転落の人生などを覗いてみたくて興味津々で読んでいると思うのです。私もそうです。明るいだけの、希望に満ちた小説など読みたくありませんので。ですから嫌な気分というよりはスッキリしたとか、うん納得とか、興味深いとか、妙な高揚感があるとか、という感想のほうが強いのです。「人の不幸は蜜の味」ですから。言ってみれば「ハイな気分になるミステリーで『ハイミス』」ですね(失礼しました)。つまりイヤミスなんていう言葉はこの種の本を好んで読む人には本来あり得ないのではないでしょうか。そういう話が嫌いな人はこの種類の本はもともと読まないでしょうから。猟奇物は確かにいやな気持になりますが、グロテスクだけを追求した猟奇物とは明らかに違います。猟奇物は私はあまり好みません。

ただし、この小説は読後感がよくありません。それはつまらなかったという事ではありません。なぜなのでしょうか、すっきりしません。途中からの藤子の変質ぶりが度を越しているせいなのか、現実味が薄いというのか、結末がはっきりしないせいなのかわかりませんが。やはりエンディングの納得感が欲しいのでしょうか。それでも決してイヤミスなんかではありません。

いずれにしても続編を読んでみようと思います。