Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

映画 『汚れたミルク~あるセールスマンの告発』を観る

退院して初めてキネマ旬報シアターに出向きました。本当に久しぶりです。

年間パスポート制度は廃止になってしまいましたので、友の会に入会しました。5本観ると1本無料になるという仕組みです。年会費は2千円です。得なのか損なのか微妙ですが数多く見るという前提で入会しました。

 

ということで本日の映画は『汚れたミルク~あるセールスマンの告発』です。

 

監督:ダニス・タノヴィッチ

主演:イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ

制作:インド・フランス・イギリス 2014年公開 日本公開は2017年

 

この映画は1997年に発覚した、巨大食品・飲料メーカー「ネスレ」が引き起こした粉ミルクによりる乳幼児死亡事件に対し、一セールスマンが巨大企業を告発するという事実に基づいた映画です。

 

映画はこのセールスマンの告発を映画化するかどうかの検討をする場面から始まります。実際にセールスマンのアヤンに対し様々な質問が投げかけられます。そしてアヤンの回想が始まります。

パキスタンの国内製薬会社のセールスマン、アヤンは有能な営業マンですが、近年、多国籍企業の製薬会社の進出により国内の薬品はさっぱり売れなくなってしまっていました。病院も薬局も外資系の大手製薬会社の品質の評判の良さに引きずられ、国内の製薬会社には見向きもしなくなってしまったのです。アヤンの業績もさっぱり上がりません。父親も職を失い両親と弟たち、それに婚約者がいて結婚する予定なのに家計は苦しくなるばかりです。

ある日婚約者のザイナブがネスレ(映画では仮名を使おうということでラスタ社となっている。登場人物もすべて仮名としています)の求人広告を持ってきて、チャレンジしてみたらと言います。アヤンはラスタ社は大卒しか採らないと断ります。アヤンは家計を助けるために大学を中退していたのです。それでもザイナブの熱心な勧めで受験することにしました。試験当日、監督官の質問にあやふやな答えをして不合格にされそうになりましたが、自分のこれまでの実績を述べ、自分を採らないと大損をすると豪語し、それが逆に気に入られ合格できたのです。

入社すると、人気のある医者に対し、賄賂を与え、商品(乳児用粉ミルク)を売り込むよう指示され、もともと顔が広いうえに、賄賂の金まで支給されるので業績は確実に上がっていきました。

やがて子供も生まれ順調な生活をしていましたが、営業活動中に懇意になった医者のファイズ貧困層の乳児が次々に死んでゆく実情を知らされます。そしてその現場を見せられます。やせ細った乳児。貧困層はきれいな水を手に入れることが出来ず、汚れた水でミルクを溶かしているため、下痢をして脱水状態になり、さらに粉ミルクを頻繁に買うことが出来ない理由から、多めの水で溶かしているため栄養が不足し、死んでゆくのです。

その実態を目の当たりにしたアヤンはショックで会社を辞めてしまいます。そして会社に対し、粉ミルクの販売を止めるように訴えます。しかし逆に上司のビラルから服務規律違反だと警告をうけ、監視される破目に陥ります。それでもアヤンはめげずにWHOに訴えます。WHOから質問を受けた医者たちは怒ってアヤンに対して出入り禁止措置を取り、アヤンは町で孤立します。

やがて協力的だった医師のファイズの家族にまで危険が及ぶようになり、アヤンは人権擁護団体に相談します。アヤンはそこで働くマギーという女性にラスタ社の実態をさらけ出します。賄賂の実態まで明らかにします。ラスタ社程の会社ですから当然国との癒着もあり、アヤンは軍の大佐に呼び出され、訴えを取り下げなければ拘束すると言われ遂に留置されてしまいます。

釈放されて家に戻ると、ファイズとマギーとザイナブがテレビのドキュメンタリーを見ていました。そしてマギーがドイツのテレビ局がこの実態を放映できるかもしれないと告げます。アヤンは家族に危険が迫っていると言って申し出を断ろうとします。しかし、妻のザイナブは「真実に背を向ける夫を尊敬することはできない」と言い放します。アヤンはドイツ行きを決断します。

ドイツで撮影が進んでいく中で、ラスタ社とテレビ局の対談の中でラスタ社の責任者はパキスタン政府の環境整備の悪さまで責任を負う必要は無い、従って我が社にはこの問題の責任はないと言って席を立ってしまいます。テレビ局ではいい場面が撮れたと上機嫌です。

しかし、最終段階になって、待ったが入ります。役員室に呼ばれた監督とアヤンとマギーはあるテープを聞かされます。それはアヤンが軍に拘束されたときに、アヤンがラスタ社と示談交渉をした時のテープでした。その中でアヤンは金額の提示もされていたのです。そして彼は了承してしまったのです。アヤンがドイツ行きを渋ったのはこれが原因だったのです。ただし、彼は金は受け取ってはいませんでした。

それでも結局テレビ放映はされず、アヤンは故郷にも帰れず、カナダに移住せざるを得ませんでした。

そしてこの映画の制作をするかどうかについて、マギーと監督(この映画の)と弁護士が協議する場面へと戻ります。アヤンは全て話したから、あとは好きにしてくれと言って監督の判断に委ねます。

ということで、「ネスレ」という社名と登場人物名を仮名にしてこの映画が制作されたということです。

 

この映画は単なる告発ものとはちょっと違っています。以前観た『スノーデン』は完全なる告発ものでしたが、この映画は告発する人間の正義感の強さと大切なものを奪われそうになる時の人間の弱さを描いているのだろうと想像します。あのやせ細った乳児の姿(実際の映像)や貧民街で粉ミルクを汚れた水で溶かす母親の姿を見た時のアヤンの正義感は本物だったでしょう。一方友人家族や自分の家族に危機が迫った時に、やはりそれは守らなければならない、この葛藤にアヤンは悩んだのでしょう。金で妥協したほうがいいのではないだろうかという、一瞬の迷い。当たり前の迷いだと思います。

また一方で、世界の大企業が一個人の告発を暴力まがいで抹殺しようとする現実には改めて驚きます。それと商品を使用するときの説明責任は企業にはないのでしょうか。発展途上国だからといってなんでもいいから売ってしまえというのはあまりにも無謀です。商品に瑕疵はないし、インフラの整備は国の責任であって、企業はそこまで責任を負う必要は無いというのは一見正論に聞こえますが、企業の社会的責任が謳われて長い年月が経ちます。しかも世界に名だたる大企業がこのようなことをするとは、驚くほかありません。ネスレはこの映画に対し、全く事実と違うと自身のホームページで反論しています。

https://www.nestle.co.jp/aboutus/ask-nestle/answers#nutrition_08

 

アヤン、本名サイヤド・アーミル・ラザ・フセイン氏はパキスタン当局からも目を付けられ2000年にカナダのトロントに移住し、タクシーの運転手をして暮らしています。2007年にようやく妻子を呼び寄せることが出来ました。その間両親を相次いで亡くし、死に目にも会えませんでした。

 

監督のダニス・タノヴィッチは旧ユーゴスラヴィア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナ出身でボスニア戦争を描いた初監督作品『ノー・マンズ・ランド』でアカデミー賞外国語映画賞カンヌ映画祭脚本賞などを取った監督です。

これほどの監督が制作した映画が上映までに3年も要したという理由は何だったのでしょうか。

 


汚れたミルク あるセールスマンの告発 PV

 

話は変わりますが、やっぱり映画館はいいですね。

 

それでは今日はこの辺で。

映画『かくも長き不在』を観る

今日の自宅シアター、またまた古い映画で恐縮です。『かくも長き不在』です。

画像検索結果

監督:アンリ・コルピ

主演:アルダ・ヴァリ、ジョルジュ・ウィルソン

制作:フランス 1961年 日本公開1964年

 

この映画も高校生の頃、映画祭で観た映画ですが、記憶に乏しいです。DVDにはなっておらず、たまたまCS放送で放映していました。

アンリ・コルピ監督と言えばアラン・レネ監督作品『去年マリエンバートで』『二十四時間の情事』などの撮影で有名です。カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞作です。白黒映画です。

 

ストーリーは、パリの郊外でカフェを営むテレーズ・ラングロワは忙しく働きまわっています。彼女にはトラック運転手の恋人ジャックがいます。ジャックは運転の途中でカフェに立ち寄ります。バカンスには旅行に行こうと誘いますが、彼女は生返事。そんなある日、店の前を浮浪者(ホームレス)が歌を歌いながら通りかかります。その男を見たテレーズは驚きます。実は彼女には16年前にドイツ・ナチスに連行された夫がいたのです。その夫に瓜二つだったのです。そして次に通りかかったときに、店の従業員に彼を店に連れてきてと頼みます。店に入ってきた男は、他の客に歌の続きの歌詞や名前などを聴かれます。答えた名前は、行方不明の夫とは違っていました。ただ男は記憶喪失なのだと言います。彼女は確信しました。夫に違いないと。そして男の後をつけます。川岸のバラック小屋が男の住処でした。彼女はじっと彼の様子を伺います。一晩明かして、小屋の中を除き寝姿を盗み見します。男が起きて洗顔をしている間、物陰に身を隠し様子を伺います。すると男は小屋から箱を取り出し、雑誌の切り抜きを始めます。この切り抜きが何を意味しているのかは分かりませんが、男の趣味になっているようです。

彼女は男に声をかけ、店に来るように誘います。男は現れます。部屋に誘うと、狭いからと嫌がります。止む無く広い店の席で食事をします。ワインを飲んで、夫が好きだったブルーチーズを出します。彼女は好きでしょう、と訊ねます。男は確かにこの味は憶えていると答えますが、それ以上のことは思い出せない様子。彼女は必死に思い出させようとしますが、無理でした。そして二人でダンスを踊ります。そして男の後頭部に深い傷跡があることに気づきます。結局、男は「あなたは優しい人だ」と言って店を去ります。店の外には出ると男は人を避けるように歩いていきます。テレーズは夫の名「アルベール・ラングロワ」と叫び呼び止めます。周りにいた男たちも「止まれ」と叫びます。男は立ち止まりますが、振り返りません。恐怖の記憶が甦ります。そして逃げるように走り出します。男たちは追いかけます。そこにトラックが走って来て。

恋人のジャックは気を失っていた彼女に彼は無事だと伝えます。彼はどこに、と聞くと「町を出た、あきらめたほうがいい」と答えます。彼女は「私は諦めない、冬になれば必ず帰ってくる。私が焦りすぎたのよ」と言います。ジャックは去っていきます。

 

静かなる反戦映画です。男の態度の端々に戦時中のこと、ナチスでの拷問が窺われます。戦争が男女を引き裂いた。そして、それは決して取り戻すことはできない。そんな不条理を描いた映画だと思います。直接的な表現はありませんが、様々な場面でそれを感じさせるようにできています。

また、記憶を取り戻せない、記憶が無いということの恐怖。それを思い出させようと焦る女心。追い詰められる男心。追い詰めれば逃げる。この男女の心のせめぎあい、それは男女関係、人間関係の常套でしょうか。

女優アリダ・ヴァリの演技は迫力満点です。白黒映像がそれを引き立たせています。

すっかり忘れていました。新鮮な気持ちで観れました。記憶というものほどあてにならないものはありません。人間の脳とはどうなっているのか。

小説も映画も、忘れてしまったものでも、改めて読んだり、観たりするとまた違った感想を得られるので、忘れるということも2度楽しめるという意味では満更ではないかもしれません。

それにしてもこの映画、私が住んでいた田舎街でさえ名画祭で呼んだくらいですから、名作として知られていたはずなのですがDVD化されていないと言うのはどういう訳なのでしょう。不思議です。

CS放送は古い映画もたくさん放映しているので楽しみにしています。


アリダ・バリ "かくも長き不在" (1960・仏) 想い出のダンス

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『カクタス(Cactus)/カクタス(Cactus)』

「カクタス」は「ヴァニラ・ファッジ」の解散によって、メンバーだったティム・ボガートとカーマイン・アピスがジム・マッカーティーとラスティ・デイを誘って、1970年に結成したアメリカ東海岸のバンドです。

このアルバムは彼らのファーストアルバムになります。以前、ジェフ・ベックの記事で書きましたように、ジェフ・ベックのバンド、第1期ジェフ・ベック・グループが空中分解した後、ジェフ・ベックは「ヴァニラ・ファッジ」のティム・ボガートとカーマイン・アピスとバンドを組むことを切望しました。彼等も同意していました。ところがジェフ・ベックが交通事故に遭い、話は頓挫しました。

lynyrdburitto.hatenablog.com

やむを得ず彼らは、カクタスを結成したという経緯があったのです。そして1970年、ファーストアルバム『Cactus』がリリースされます。通称「サボテン」です。

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Side A

1.Parchman Farm

2.My Lady from South of Detroit 

3.Bro. Bill 

4.You Can't Judge a Book by the Cover 

 

Side B

1.Let Me Swim 

2.No Need to Worry 

3.Oleo

4.Feel So Good 

 

メンバー構成。

カーマイン・アピス(Carmine Appice,ds)

ティム・ボガート(Tim Bogert,b)

ラスティ・デイ(Rusty Day,vo.harp)

ジム・マッカーティー(Jim McCarty,g)

 

A-1とA-4以外は4人の共作、セルフ・プロデュースです。

 

A-1 モーズ・アリソンの曲。バリバリのアメリカン・ハード・ロックに仕上がっています。彼らの代表曲。

A-2 一転、バラードナンバーです。これもこれでいいです。

A-3 ブルースナンバー。ノリノリです。

A-4 ウィリー・ディクソンのブルースナンバー。ハードロック仕立て。

B-1 ブギロック

B-2 スローブルース。これは聴きごたえあります。ジム・マッカーティーのギターが冴えます。

B-3 本格的ブルースナンバー。

B-4 途中でカーマイン・アピスのドラムソロが入るハードロック。

 

このメンバーでサードアルバムまで出しますが、その時点でラスティ・デイが脱退、替わりに「アトミック・ルースター」のヴォーカル、ピーター・フレンチ(Peter French)を加入させ、さらにギタリストのデュアン・ヒッチングス(Duane Hichings)を加えて、4枚目のアルバムをリリースしますが、再びジェフ・ベックとのグループ・結成の話が持ち上がり、カーマイン・アピスとティム・ボガートが脱退、カクタスは解散となります。

       

 

ジェフ・ベックと合流した二人は「ベック・ボガート&アピス(BBA)」を結成しますが、結局バンド内のトラブルで1枚で解散します(ライブ・イン・ジャパンは除く)。

 その後、ヴァニラ・ファッジの再結成へと向かい、1982年に再結成を果たしました。

一方、カクタスの他のメンバーはラスティ・デイもデュアン・ヒッチングスもそれぞれカクタスの再生を試みますが、続きませんでした。

現在はオリジナルメンバーのカーマイン・アピスとジム・マーカーティーに3人のメンバーを加えて活動しているようです。

 

ヴァニラ・ファッジ~カクタスは間違いなくアメリカン・ハードロックを代表するバンドでした。

ヴァニラ・ファッジは1960年代後半に人気を博したサイケデリック~ハードロックバンドです。解散までに5枚のアルバムを残していますが、彼等の名をとどろかせたのはなんといってもファーストアルバムからの大ヒット曲「You Keep Me Hangin' On」でしょう。1967年の発売ですが当時としては1曲7分近い曲は珍しかったのです。もともとは「シュープリームス」が歌った大ヒット曲ですが、3分そこそこの曲をスローテンポにした見事なアレンジでロックの歴史の中でも名曲に挙げられるのではないでしょうか。また、ビートルズの「Ticket To Ride」と「Eleanor Rigby」の長尺カバーも知られています。

 

 


cactus- parchman farm 1970


Cactus - My Lady From South of Detroit (1970)


You Keep Me Hangin' On | Stereo Unedited Version | Vanilla Fudge

 

それでは今日はこの辺で。

ニール・ヤング(Neil Young)、元気です。

新譜が発売される毎にCDを買っているアーティストの一人だったニール・ヤング様でしたが、この数年すっかり不義理をいたしましてご無沙汰してしまいました。何しろ彼の場合、年齢の割にはアルバムの発売間隔が短くて、しかもアーカイブシリーズなどという過去のライブ音源も続々発売されて、それらを全部買っていると大変なことになりますので、少し躊躇っていたら未購入CDがあっという間に溜まってしまったという訳です。

この度Amazonギフト券でその溜まった分のCDの内、何枚か購入しましたので簡単にご紹介します。まだ1回通して聴いただけですので、感想程度で詳しいことはまだ書けませんので了承願います。

発売順にいきます。

 

『Psychedelic Pill』2012年

Disk 1

1.Driftin' Back

2.Psychedelic Pill

3.Ramada Inn

4.Born in Ontario

 

Disk 2

1.Twisted Road

2.She's Always Dancing

3.For the Love of Man

4.Walk Like a Giant

5.Psychedelic Pill

 

バックはクレイジー・ホースです。

まるで1970年代にタイムスリップしたようです。ちょうどアルバム『Zuma』の頃に似ています。Disk 1の1はなんと27分、3は16分、Disk 2の4も16分です。2枚組で9曲というのも頷けます。Disk 2の4は「Like A Hurricane」を彷彿とさせます。それにしてもクレイジー・ホースとの付合いは長いですね。

とにかくエネルギッシュで参りました。


Neil Young, Crazy Horse - Walk Like A Giant - Madison Square Garden, New York NY US - center rail HD

 

The Monsanto Years2015年

 

CD+DVD

1.A New Day for Love

2.Wolf Moon

3.People Want to Hear About Lov

4.Big Box

5.A Rock Star Bucks a Coffee Shop

6.Workin' Man

7.Rules of Change

8.Monsanto Years

9.If I Don't Know

 

バックはウィリー・ネルソンの息子兄弟のバンド「Promise of the Real」が務めます。

遺伝子組み換え事業の最大手、モンサントに対する猛抗議アルバムです。その他にスターバックスやその他の企業にまで及びます。相変わらずの反骨精神。頭が下がります。サウンドはこれまた1970年代を思わせます。どちらかというと「Harvest」に近いでしょうか。

 

Neil Young and Bluenote Cafe2015年

 

Disk 1

01.Welcome to the Big Room

02.Don't Take Your Love Away From Me

03.This Note's for You

04.Ten Men Workin

05.Life in the City

06.Hello Lonely Woman

07.Soul of a Woman

08.Married Man

09.Bad News Comes to Town

10.Ain't It the Truth

11.One Thing

12.Twilight

 

Disk 2

01.I'm Goin

02.Ordinary People

03.Crime in the City

04.Crime of the Heart

05.Welcome Rap

06.Doghouse

07.Fool for Your Love

08.Encore Rap

09.On the Way Home

10.Sunny Inside

11.Tonight's the Night

 

 これは1988年にリリースされたアルバム『This Note's for You』の前後に録音されたライブ音源で、アーカイヴシリーズの一環として発売されたものです。

バックはその時のレコーディングメンバー「ブルーノーツ」が中心になっています。『This Note's for You』がジャズ寄りのニールにとっては極めて珍しいアルバムだっただけに、このライブもそれに近いものだろうとは思っておりましたが、Disk 1は予想通りジャズとブルースでカッコよく決まっています。Disk 2は今まで通りのロックライブです。これもまたいい。「Tonight 's The Night」はなんと20分近いロングバージョン。バッファロー時代の09も嬉しいです。とにかく元気です。


Neil Young - Don't Take Your Love Away From Me

 

『Earth』2016年

 

Disk 1

1.Mother Earth

2.Seed Justice

3.My Country Home

4.The Monsanto Years

5.Western Hero

6.Vampire Blues

7.Hippie Dream

8.After the Gold Rush

9.Human Highway

 

Disk 2

1.Big Box

2.People Want to Hear About Love

3.Wolf Moon

4.Love and Only Love

 

2枚組ライブアルバムです。『The Monsanto Years』リリース後のライブということで、バックも「Promise of the Real」です。録音日時などは不明です。さらにライブですが観客の拍手などはあまり聞こえません。その代わりに自然の動物の鳴き声や、虫の音、川のせせらぎ、風の音などがオーバーダビングされています。このアルバムは「環境破壊」に対する抗議アルバムになっているようです。『The Monsanto Years』からも4曲選曲されています。1990年の『Ragged Glory』からも3曲選曲されています。特にDisk 2の4は28分のロングバージョンになっています。これは圧巻です。


Neil Young + Promise of the Real - Big Box (Live at Farm Aid 30)

 

以上、4枚のアルバム(CD7枚、DVD1枚(未視聴))をぶっ通しで聴きました。

私にとって、ニール・ヤングとは四十数年の付合いですがやっぱり凄い、今回改めて見直しました。1960年代後半の勢いは寂れるどころか益々元気になっているようです。この元気を見習わなければいけませんね。それと体制に屈しない反骨精神、これがまた凄い。現在72歳。とにかくいつまでも歌っていてほしいです。

今年も既にアルバムが3枚出ています。追いつきません。あー。

この4枚、まだまだ聴き倒します。

lynyrdburitto.hatenablog.com

 

lynyrdburitto.hatenablog.com

それでは今日はこの辺で。

 

この人の、この1枚 『ライ・クーダー(Ry Cooder)/ライ・クーダー登場(Ry Cooder)』

ライ・クーダーの目茶目茶のファンでもないのですが、何故か、我が家にはファーストアルバムから15枚目ぐらいまでは揃っています。アルバムが発売されると、いつの間にか買っている、そんな感じです。気がついたら傍にいる、私にとっては空気のような無くてはならないアーティストです。

今回もどのアルバムを書こうかと悩みました。どれが良くてどれがダメというのが特になく、みんなそれぞれにいいのです。ということで考えるのも面倒なので、一番最初に聴いたファーストアルバム『Ry Cooder』を選択しました。

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Side A

1. Alimony
2. France Chance
3. One Meatball
4. Do Re Mi
5. My Old Kentucky Home (Turpentine and Dandelion Wine)
6. How Can a Poor Man Stand Such Times and Live?

 

Side B

1. Available Space
2. Pigmeat
3. Police Dog Blues
4. Goin' to Brownsville
5. Dark Is the Night

 

プロデュースはあのヴァン・ダイク・パークスレニー・ワロンカーです。

参加ミュージシャンは以下の通りです。

ライ・クーダー  ギター、ヴォーカル、マンドリン、ベース

ヴァン・ダイク・パークス  ピアノ

クリス・エスリッジ  ベース (フライング・バリット・ブラザース)

リッチー・ヘイワード  ドラムス (リトル・フィート

ロイ・エストラダ  ベース (フランク・ザッパキャプテン・ビーフハート

ミルト・ホランド  パーカッション

ジョン・バルバダ  ドラムス (ジェファーソン・エアプレイン・スターシップ)

マックス・ベネット  ベース

ボビー・ブルース  バイオリン

 

ライ・クーダーは1947年、ロスアンジェルスの生まれ。3歳の頃からギターをいじっていたといいます。8歳の誕生日に両親からジョッシュ・ホワイトのレコードをプレゼントされ、ギターのとりこになり、父親からマーティンのギターを買ってもらい、自己流でギターを始めました。フォーク・クラブへ行っては出演ミュージシャンのテクニックを見ながら学んだそうです。

17歳の時、ジャッキー・デシャノンのバック・ギタリストとしてデビューします。しかし、バンドはすぐ解散。今度はタジ・マハルと知り合いライジング・サンというバンドを結成。CBSとの契約も成立し、テリー・メルチャーのプロデュースでレコーディングも開始しましたが、トラブル続きで結局解散。その後はキャプテン・ビーフハートと知り合い、レコーディングに参加します。

その後ライはセッションマンとして活動するようになります。この頃には彼のボトルネック奏法は評判となっており、数多くのレコーディングに参加するようになってきました。

そして彼はとうとうジャック・ニッチェと出会います。ジャック・ニッチェについては『クレイジー・ホース』の記事で書きましたので参考までにご覧ください。

lynyrdburitto.hatenablog.com

二人でイギリスに渡った時に、ローリング・ストーンズと出会います。そして『レット・イット・ブリード』のレコーディングに参加します。このアルバムでのクレジットには、ライ・クーダーマンドリンで参加していることになっていますが、ライの話を聞くと、スタジオに入っても、ストーンズのメンバーはレコーディングどころかみんなすぐいなくなってしまう。そんな日々が4週間ぐらい続いた。自分は出来る限りのことはやっていた。色々なフレーズも弾いた。ストーンズはそれらをすべてテープに撮っていたという。ある日スタジオに行くと、2,3日前に自分が弾いていたフレーズをキース・リチャードがやっていた。それを聞いたジャック・ニッチェはすぐに帰りの切符を手配して帰国した。だから『レット・イット・ブリード』には自分のアイデアがいっぱい詰まっている、これはストーンズも認めていることだ。という事らしいです。

帰国したライはリプリーズ・レコードと契約し、1970年にファーストアルバムが完成しました。

 

B面の1と5はアコースティックギターのインストナンバー。ボトルネックが冴えわたります。

A面の3は敬愛するジョッシュ・ホワイトのナンバー。ライの声はどこにでもあるようで、別段特徴もないのですが、それが逆に淡々としていて聴きやすいのです。

A面の4はウッディ・ガスリーのナンバー。ライはこの後もウッディの曲をカヴァーしています。ストリングスはヴァン・ダイク・パークスのアレンジですが素晴らしいです。

B面の2はレッドベリーの曲。

B面の4はスリーピー・ジョン・エスティスの曲です。ライは3枚目のアルバムでも彼の曲を取り上げていて、そこではスリーピーギターを弾いてが歌っています。こういうのを聴くとライのブルースマンに対する敬愛の念がわかります。

 

この後もライはコンスタントにアルバムを出し続けます。1970年代は名作揃いになりました。

1972年『Into the Purple Valley(紫の峡谷)

1972年『Boomer's Story(流れ者の物語)

1974年『Paradise and Lunch

1976年『Chicken Skin Music

1978年『Jazz

1979年『Bop Till You Drop

1980年『Borderline

1982年『The Slide Area 』

この後も続きます。

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このあと映画音楽をたくさん手掛けるようになります。

ウォルター・ヒルの『ロング・ライダーズ』、トニー・リチャードソンの『ボーダー』、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』、ウォルター・ヒルの『クロス・ロード』などなど数多くの作品があります。

特に『パリ、テキサス』はロード・ムービーの代表作でカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞を獲得しました。

現在70歳、まだまだ頑張るでしょう。


Ry Cooder - Do Re Mi


Ry Cooder - "Alimony"

それでは今日はこの辺で。

 

この人の、この1枚 『カウボーイ(ボイヤー&タルトン)/Cowboy(Boyer & Talton)』

今日紹介しようと思っているのが、「カウボーイ」なのですが、40年も前にいなくなった、それも当時も大した人気でもなかったバンドのCDなどあるわけないよな、と無駄だとは思いながら、Amazonで検索したら、なんと当時(1970年の半ば頃)は外国盤でも廃盤で手に入らなかった、このバンドのファーストとセカンドが最近CD化されているではないですか。これは驚きです。

さらに驚いたのが、今日紹介する「カウボーイ」の『ボイヤー&タルトン』を調べたら(ちょっと複雑なので詳細は後述)、それはさすがに無かったのですが、カウボーイがリユニオンしてアルバムを出しているのです。長生きはしてみるものです。こんなことがあるなんて信じられません。

カウボーイの結成は1970年です。メンバーは

スコット・ボイヤー(Scott Boyer,g,vo,violin)

トミー・タルトン(Tommy Talton,g,vo)

ビル・ピルモア(Bill Pillmore,p,g,vo)

ジョージ・クラーク(George Clark,b,vo)

トム・ウィン(Tom Wynn,ds)

ピーター・コワルク(Pete Kowalkie,g,vo)

の6人で始まりました。

オールマン・ブラザースのいるキャプリコーン・レコードと契約した彼らは、オールマンのプロデューサーでもあるジョニー・サンドリンのプロデュースの元、先ほどのファーストとセカンドを1970年と翌年にそれぞれ発表します。これにはデュアン・オールマンやチャック・リーベルも参加しています。

しかし、その後スコット・ボイヤーとトミー・タルトンを残しメンバーは去り解散同然の状態になります。が、残った二人が「カウボーイ」として活動を再開し、今日紹介する『Boyer & Talton』(残念ながCD化されていません)を発表します。1974年です。しかし、日本では全くの無名でした。

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Side A

1.Patch & Pain Killer

2.Coming Back To You

3.Everyone Has A Chance To Feel

4.Where Can You Go?

5.I Heard Some Man Talking

(a)Love40

 

Side B

1. Road Gravy Chase

2. Something To Please Us

3. Long Ride

4. Message In The Wind

5. Houston

(a)Houston Vamp

 

プロデュースは今までどうりジョニー・サンドリンです。

参加メンバーはキャプリコーン・レコードの面々が顔を揃えます。ランドール・ブラムレッド、デヴィッド・ブラウン、ビル・スチュワート、オールマンからはチャック・リーヴェル、ジェイモ、マーシャル・タッカー・バンドからトイ・コルドウェルなどなどです。内容は申し分ありません。期待通りの、ポップでジャジーでブルージーな、聴きやすいアルバムです。

しかしこの時点でも、日本では発売されません。

その風向きが変わったのが、グレッグ・オールマンのライブ・アルバム『The Gregg Allman Tour』の発売です。このアルバムの中の「カウボーイ」の名演で、1年遅れで日本でも発売されることになりました。

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この中でカウボーイがゲストとして招かれ、2曲演奏しています(うち1曲はA-4です)。もちろんツアーメンバーでもあります。この2曲が実に素晴らしい楽曲で、私もいっぺんで好きになり、早速彼らのレコ―ドを捜し歩きましたが、冒頭に書いたように既に廃盤でありませんでした。ところが、面白いことにファーストとセカンドを併せて2枚組にして再発されていたのです。これでもいいや、と即買いました。それがこれです。

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冒頭に書いたCD化されたのがファースト『Reach For The Sky』とセカンド5'll Getcha Ten』です。

 

 

グレッグ・オールマンについての過去記事もあります。

lynyrdburitto.hatenablog.com

このセカンドアルバムにはグレッグ・オールマンのファーストソロ『レイドバック』に収められた感動的な「All My Friends」が、それとエリック・クラプトンの『461 Ocean Boulevard 』に収められた「Please Be With Me』が入っています。

 

カウボーイはサザンロックと言っても、ブルースやR&Bというものがあまり有りません。ポップで憶えやすく、メロディーラインがきれいな曲が多いのです。『ボイヤー&タルトン』のA-1などもその代表でサザンとウェストコーストを足して2で割ったような感じです。

この『ボイヤー&タルトン』はバンド名なのかアルバム名なのかよくわからないところがあります。「カウボーイ」は依然として名乗っていますが、「ボイヤー&タルトン」がアルバム名というのもなかなか納得できません。どうでもいいことですが。

 

このあと二人は一旦分かれます。トミー・タルトンの方は、プロデューサーのジョニー・サンドリンとキャプリコーン・レコードのスタジオ・ミュージシャンでグレッグ・オールマンのツアーメンバーでもあるビル・スチュワートと「T. Talton/B. Stewart/J. Sandlin (T.S.S)」なるバンドを結成し『Happy To Be Alive』をリリースします。1976年です。残念ながら未CD化のようです。

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これにはスコット・ボイヤーもゲスト参加していますが、実質トミー・タルトンのソロアルバムのようです。

そして再びこの二人は新たなメンバーを加えてカウボーイを復活させます。

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しかし、この1枚だけで解散となります。「新たな道」はありませんでした。

それが2010年に再結成です。驚くほかありません。買うつもりはありませんが。

 


Cowboy - Patch & Pain Killer

 

グレッグ・オールマン・ツアーでの名演をどうぞ。


Cowboy - Time Will Take Us - The Gregg Allman Tour (1974)

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『J.J. ケイル(J.J.Cale)/ナチュラリー(Naturally)』

エリック・クラプトンが自身のファーストソロアルバムで「アフター・ミッドナイト」を取り上げたことで、一躍有名になったのがJ.J.ケールです。

J.J.ケイルはオクラホマ州オクラホマシティで生まれ、タルサで育ちました。1938年生まれで、早くから音楽活動をしていて、1958年から1961年にかけて3枚のシングルを出していますが、さっぱりでした。

一時はミュージシャンをあきらめかけていましたが、クラプトンの「アフター・ミッドナイト」で運が向いてきました。彼の柔らかなギターと静かな歌声が、ブルースともフォークともカントリーとも違った音楽性を表し、当時流行り始めていた「レイドバック」感覚にピッタリで評判を呼ぶようになり、タルササウンドなどと呼ばれるようになりました。

J.J.ケイルのファーストソロアルバムは前にも「ジョー・コッカー」の記事の中で書いた、デニス・コーデルとレオン・ラッセルが設立したレーベル、シェルターレコードの第1弾として発売されました。それが『Naturally』です。J.J.ケールとレオン・ラッセルは親交があり、おそらくクラプトンにJ.J.ケールの楽曲を紹介したのもレオン・ラッセルだと推測できます。

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Side A

1.Call Me The Breeze

2.Call the Doctor

3.Don't Go to Strangers

4.Woman I Love

5.Magnolia 

6.Clyde

 

Side B

1.Crazy Mama

2.Nowhere to Run 

3.After Midnight

4.River Runs Deep

5.Bringing It Bac

6.Crying Eyes

 

レコーディングにはカール・レイドルやノバート・プットナムといったレオン・ラッセルのシェルター・ピープルやデヴィッド・ブリックスが参加しています。

 

「Call Me The Breeze」はレナード・スキナードの『セカンド・ヘルピング』で取り上げられ、彼等のライヴでの定番になっています。ケイルの歌声は素朴で弱々しく、逆にそれが魅力となっています。彼の人となりが現れているようです。この後もレナード・スキナードは彼の曲のカバーをしています。

「Crazy Mama」は彼の代表曲で最大のヒット曲です。再結成後のザ・バンドもカヴァーしています。

「After Midnight」はクラプトンのファーストソロでカヴァーされ、『レインボーコンサート』でも披露されました。

J.Jケイルの優しいギターと歌声には本当に癒されます。このレイドバック感がたまらないのです。

その後、彼はコンスタントにアルバムを出し続けます。そして2008年にはグラミー賞(最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム)を獲得しました。こんな地味なアーティストに最大の賞を与えるところがアメリカの懐の深さなのでしょう。

しかし、2013年に心臓発作で亡くなりました。74歳でした。

 

私がこのアルバムと共に気にっているアルバムは『Troubadour』です。

このアルバムの中には、再びクラプトンがアルバム『Slowhand』の中でカバーした「Cocaine(コカイン)」も入っています。

アメリカ南西部のスワンプミュージックとはまた違った味わいのJ.J.ケイル・ミュージックです。クラプトンがレイドバックしていった原点がここにありました。


After Midnight - JJ Cale


J.J Cale / Call Me The Breeze

 


J.J. Cale - Crazy Mama (Studio)

それでは今日はこの辺で。