Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

映画『最後のランナー』を観る

今日のキネ旬シアターは最後のランナーでした。

f:id:lynyrdburitto:20190114100139p:plain

 

監督:スティーヴン・シンマイケル・パーカー

主演:ジョセフ・ファインズ、ショーン・ドゥ、エリザベス・アレンズ

制作:2016年 中国、香港、アメリ

 

パリ・オリンピックの金メダリスト、伝説のランナー、エリック・リデルのその後の人生を描いた作品です。パリ・オリンピックまでの話は1982年の映画炎のランナーで描かれていましたが、この『最後のランナー』はその後のお話ということになります。『炎のランナー』は随分昔に観ましたが内容はすっかり忘れていました。

 

実話です。ネタバレです。忘れないうちに書きます。備忘録ですのでご容赦願います。この頃は物忘れに拍車がかかっています。

 

パリ・オリンピックにおいてイギリス代表の陸上選手として400メートルで金メダルを獲得したエリック・リデル。彼は敬虔なクリスチャンです。大学卒業後は生まれ故郷の中国で宣教師として教師をしながら布教活動を行うと決断します。その中国での彼の運転手役、ジ・ニウが凧を作りながら回想するシーンで映画が始まります。

 

エリックはカナダ人の妻フローレンスと2人の娘と共に天津にやってきます。そこでエリックは布教活動と共に学校で英語や化学、スポーツを教えています。

1937年日中戦争が始まると、日本とイギリスの関係も悪化し、イギリス領事館はエリック一家に国外退避を勧告しますが、エリックは家族だけをカナダに帰国させ、自分は奉仕活動を続けると言います。しかしその後、日本軍がエリックの自宅に侵入し自宅を略奪してしまいます。それでもエリックは日本のために祈りを捧げます。

「映画 最後のランナー 画像」の画像検索結果

 

自宅を失ったエリックは赴任先の学校で他の避難者たちと暮らし始めます。そんな暮らしの中でもエリックは走ることを忘れません。スポーツや勉強を通して子供たちと触れ合う姿を見て、運転手のニウは尊敬の念を抱きます。シャオシートゥという身寄りもなく路頭に迷っていた子供もエリックを慕い始めます。そのシャオシートゥがカナダの妻から子供が生まれたという手紙を届けてくれ、エリックは一安心しました。

 

1941年12月、日米が開戦し太平洋戦争が始まると、日本とイギリスも戦争状態になり欧米人に対する弾圧が厳しくなり、エリックも山東省のウェイシン収容所に収監されてしまいます。ニウとシャオシートゥは必死にエリックの行方を捜します。そしてようやく収容所に入れられているのを見つけます。

 

収容所の所長クラタはオリンピックの金メダリストだというエリックに目をつけ、レースで勝負しようと持ち掛けます。そしてエリックに体力をつけさせるために他の者より多くの食事を与えます。ところがエリックはその食事を子供たちに与えてしまいます。

 

f:id:lynyrdburitto:20190114122214p:plain

レース当日、大声援の中レースが始まります。初めはエリックがリードしていましたが、途中でエリックが倒れてしまいます。クラタが先にゴールイン。エリックは負けてしまいます。体力が持たなかったのです。エリックが食事をとっていなかったことを知ったクラタは怒り狂い、エリックを反抗した若者デヴィッドと共に独房に監禁してしまいます。この独房は屋根もなく雨ざらしで直射日光を浴びます。体力は著しく奪われます。

 

f:id:lynyrdburitto:20190114122414p:plain

数日後二人は解放され皆の元に戻ってきました。ニウとシャオシートゥは収容所の糞尿を運ぶ仕事に就いていて、外から食事を差し入れたり、外の情報を知らせていました。

しかし状況は悪化の一途。デヴィッドに対する日本人による拷問が続きます。耐えられなくなったデヴィッドを逃がすためにニウとシャオシートゥは糞尿を運ぶ桶の中にデヴィッドは入れ逃がしてあげる作戦を立てました。村人は日本軍の目を欺くために、子供たちに大量の凧を上げさせたのでした。凧が落ちて電気の通った鉄条網に引っ掛かり燃え出すのを消すのに日本兵が必死になっているすきにまんまと逃げおおせたのです。

  

しかし、翌日から逃亡者を探すために、収容者たちには厳しい拷問と食事制限が待っていました。疑いをかけられたアメリカ人ヒューは独房に入れられ気管支炎を発症して、重篤な状態になりました。エリックは見かねてクラタにレースを申し込みました。勝ったら外部から薬を持ちこんでもいいという条件です。しかし、エリック自身も病に蝕まれていました。十分に体を動かすこともできないくらい衰弱しています。それでもエリックは毎日トレーニングをして準備しました。

 

レース当日、エリックは収容者が祈る中、序盤はリードされるものの、途中で抜き返し大差で勝利しました。収容所は薬の到着を待ちます。シャオシートゥが薬を持って鉄条網を上がってきました。約束通り鉄条網の電気は切られていましたが、班長が憎しみのあまりスイッチを入れてしまいます。シャオシートゥは感電死してしまいます。見せしめのために死体はそのまま鉄条網にかけられたままにされました。日本軍はエリックを解放し帰国させる決定をしますが、エリックは妊娠しているを優先して欲しいと申し出、日本軍はそれを了承します。

 

f:id:lynyrdburitto:20190114122334p:plain

1944年クリスマス。収容者たちは賛美歌を歌います。エリックは歌いながらピアノの鍵盤に手を置きます。血のにじむ涙がこぼれます。終戦の数カ月前、エリックは亡くなります。脳腫瘍でした。雪の中、収容者たちは葬儀を行います。外から祈るニウにはエリックの形見が渡されます。それはエリックの父からエリックに贈られた懐中時計でした。1945年8月、戦争は終わりました。喜ぶ収容者たち。

 

f:id:lynyrdburitto:20190121122745p:plain

 

ニウの回想。「リデルから多くの贈り物をもらったが、一番大きなものは希望という恩寵だった」。

 

オリンピックの金メダリストがその後、このような過酷な人生を送ったということは知りませんでした。宗教心というものがここまで人間を強くするのだということを、またしても見せつけられた思いです。

 

先週に引き続き「収容所」ものでした。実話ということですので、この収容所での出来事もほぼ実話なのでしょう。ここでの虐待はナチスのそれと変わりません。日本陸軍も海外の戦場では恐るべき殺戮を繰り返してきました。もちろん国内での反政府活動や言動に対する弾圧も厳しいものが有りました。

戦後、それらに対する反省を行ってきたはずなのに、なにやらキナ臭い動きが目立ち始めた昨今です。恐ろしいことが起きませぬように願うばかりです。

 

 

最後のランナー [DVD]

最後のランナー [DVD]

 

 

 

炎のランナー (字幕版)

炎のランナー (字幕版)

 

 


【映画 予告編】 最後のランナー

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『マザー・スーペリア―(Mother Superior)/ The Heavy Soul Of Mother Superior』

またしても身に覚えのないCDが出て来ました。マザー・スーペリアー(Mother Superior)です。

身に覚えがないとは随分な話ですが、一生懸命思い出しましたが、経緯が分かりません。Amozonの購入記録に載っていましたので買ったことは間違いないようです。

ジャンルにブルースロックとあったので買ったのだと思います。

 

『The Heavy Soul Of Mother Superior』

 

01.Can Ya Hear Me?

02.Way Tin Onya

03.Sneakin

04.Guess I'm A Fool Again

05.Valentine's Day

06.The Wiggle

07.Right On Time

08.Part Time Loser

09.You Don't Miss Your Waiter

10.Fools Prayer

11.An Extra Slice of Heavy Soul

 

バンドメンバーは

ジム・ウィルソン(Jim Wilson,g,vo)

マーカス・ブレイク(Marcus Blake,b)

ジェイソン・マッケンロース(Jason Mackenroth,ds)

 

プロデュースはセルフです。

 

ロサンゼルス出身の3人組です。詳しいバイオグラフィーは分かりません。ライナーノーツをヘンリー・ロリンズ(Henry Rollins)が書いています。後にロリンズ・バンド(Rollins Band)との関りもあったようです。

 

聴いてみました。新鮮です。初めて聴いたような気がしました。初めてかもしれません。

悪くありません、というか良いです。ヘヴィーブルースロックです。リズムセクションも良いし、ジム・ウィルソンのギターもヴォーカルもグッドです。とくにちょっと掠れたハスキーヴォイスは楽曲にピッタリ合っています。アコースティカルな曲を織り交ぜながらなかなか聴かせます。バッド・カンパニーを思い出させます。

 

このアルバムが彼らの2枚目のアルバムです。

この後、1997年に『Kaleidoscope』、1998年に『Deep』をリリースします。

Kaleidoscope 

 

その後も2008年の解散までにトータルで10枚のスタジオアルバムをリリースしたようです。

欲しくなりました。 Amozonで探してみます。

 


mother superior - hy tin onya


mother superior - the wiggle


Mother Superior Right on Time


mother superior - fools prayer

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『カレイドスコープ(Kaleidoscope)/ A Beacon From Mars』

多くのミュージシャンのアルバムに顔を出している、おなじみのデヴィッド・リンドレー(David Lindley)が在籍したバンド、カレイドスコープ(Kaleidoscope)です。クリス・ダーロウも在籍していました。

またしてもサイケデリック・ロックにカテゴライズされているバンドですが、それだけでは収まり切れない、多様な音楽性を持ったバンドでした。無国籍バンドなどとも呼ばれていました。その名のとおり万華鏡のようなロックです。

 

カレイドスコープは1966年にロサンゼルスで結成され、その時のメンバーは

デヴィッド・リンドレー(David Lindley,g,banjo,fiddle,mandolin)

クリス・ダーロウ(Chris Darrow,b,g,vo,mandolin)

ソロモン・フェルドハウス(Solomon Feldhouse,vo,fidle,g)

チェスター・クリル(Max Budda,organ,fiddle,b,p,violin,harmonica)

ジョン・ヴィディカン(John Vidican,ds)

でした。

 

デヴィッド・リンドレーはご存じの通り様々な楽器を演奏します。そして様々な国の音楽に興味を持っていました。そして集まった仲間も同じような趣向の連中でした。チェスター・クリルという男はトルコの楽器などを操り、名前もいくつも持っていました。マックス・ブッダもその一つです。アルバム毎に名前を変えたりして紛らわしいです。

彼らはエピックレコードと契約を結ぶと、早速ファーストアルバムをレコーディングしました。『Slide Trios』というタイトルでリリースされました。

このアルバムもいきなりアラビア音楽にロックを混ぜた様なへんてこりんな曲で始まります。

彼らは様々なフェスティバルで演奏し、ロック、ジャズ、ブルース、フォーク、中東音楽、民族音楽など、そのジャンルレスな演奏が評判を呼びました。

 

そして1968年にセカンドアルバム『A Beacon from Mars』をリリースします。

 

Side A

1.I Found Out

2.Greenwood Sidee

3.Life Will Pass You By

4.Taxim

 

Side B

1.Baldheaded End Of A Broom

2.Louisiana Man

3.You Don't Love Me

4.Beacon From Mars

 

プロデュースはマイク・ゴールドバーグ( Mike Goldberg)Stu Eisenです。

 

このアルバムも中東の音楽とフォーク、カントリー、ブルースなどが混ざり合いサイケデリックな雰囲気を醸し出しています。特にA-4とB-4は11分以上に及ぶ大作で、これまでにないロックアルバムになっています。

但しこのアルバムは一部の人たちの高い評価は受けたものの、商業的には失敗に終わりました。この手の音楽が一般受けするとは到底思えませんでいたからそれは納得です。

 

1969年、1970年にそれぞれ『Incredible! 』『Bernice』をリリースします。

 

 

前作の後、クリス・ダーロウはバンドを去ります。代わりにキャンド・ヒートにいたこともあるスチュワート・ブロトマン(Stuart Brotman,b)が加入します。またジョン・ヴィディカンも去り、ポール・ラゴス(Paul Lagos,ds)に変わります。

アルバム『Incredible!』は全米で139位となり、初めてチャートインを果たします。

またミケランジェロ・アントニオーニの監督作品砂丘でも楽曲が採用されたりしました。

しかし、フェルドハウスもバンドを去り、カレイドスコープは1970年に解散しました。

 

その後のデヴィッド・リドレーの活躍はご承知の通り、多くのミュージシャンのレコーディングに参加し、またソロアルバムも数多く残しています。

 

 

クリス・ダーロウはカレイドスコープ脱退後、ニッティ・グリッティ・ダート・バンド(The Nitty Gritty Dirt Band)へ参加しました。その後もジェイムス・テイラーなどセッションマンとして、またソロアルバムも数多くリリースしました。

   

 

カレイドスコープは1976年にチェスター・クリル、クリス・ダーロウ、スチュワート・ボートマン、ソロモン・フェルドハウス、ポール・ラゴスが集まって再結成します。アルバム『When Scopes Collide』も発表します。デヴィッド・リンドレーは名前を変えて参加しました。

1990年にまたしても同じメンバーで再結成しました。しかしデヴィッド・リンドレーの参加はありませんでした。

 

カレイドスコープの音楽性はロック、フォーク、カントリー、ブルース、ジャズ、アラビアン・ミュージック、フラメンコまで多種多様で掴みどころがありません。それだけ珍しい存在でした。活動期間は短かったですが、中身の濃い4年間だったと思います。ただ残念ながら一般受けは難しかったでしょう。私は好きでした。

 

 


The Kaleidoscope "I Found Out"


The Kaleidoscope "Life Will Pass You By"


The Kaleidoscope "Greenwood Sidee"

 

 

それでは今日はこの辺で。

これもイヤミス? 小説『愚行録』を読む。

久しぶりの読書記事です。本は欠かさず読んでいるのですが、読み終わるころには詳細を忘れてしまっているのでなかなか感想を書くに至りません。お恥ずかしい話です。

 

ブックオフで何気なく本を漁っていたら、100円コーナーで貫井徳郎『愚行録』という本が目につきました。この作家の小説は読んだことが無かったので、ものは試しに読んでみるかと思いその他多数の本と併せて買いました。

 

家に帰って暇つぶしに読み始めました。裏表紙には「一家4人惨殺事件云々・・・・」などと書いてあり、これは「世田谷一家殺人事件」をモチーフにした小説かな、などど勝手に想像しました。でも、まったく違っていました。

一家殺害事件の意外な犯人。

 

ネタバレです。あくまでも自分自身の備忘のためですのでご容赦願います。

 

1ページ目に「3歳女児衰弱死 母親逮捕、育児放棄の疑い 3歳の女児を衰弱死させたとして、警視庁は24日、母親の田中光子容疑者(35)を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。」(以下、記事が続きます)という新聞記事が記載されています。

 

そして本文へ。

 

ここからはインタビューによる事件説明になります。インタビュアーは男性の雑誌記者のようですが、事実は後程わかります。

 

一人目のインタビュイーは事件のあった家の近所のおばさん。この人へのインタビューで、事件は夫婦と幼い娘2人が惨殺されたということがわかります。場所は練馬区氷川台駅の近くの新築一軒家です。殺されたのは不動産開発会社に勤める田向氏とその妻、小学校に入学したばかりの女の子とその妹の4人です。この一家は引っ越してきてまだ3カ月ほどでした。田向氏は早稲田大学、妻は慶応大学卒の外見は幸せそうな一家だった、そして殺され方は凄惨だったということです。

インタビューはインタビュイーの一人語りです。以下、会話形式の文体はありません。

 

インタビューとインタビューの間に兄妹の会話(と言っても妹が一方的に話しているのですが)が挿入されます。一見何の脈絡もないのですが、後々事件と関係してきます。最初の会話は、この兄妹がなにやら秘密を持っているということを伺わせます。妹は秘密を楽しんでいるようです。

 

次のインタビューは娘の小学校の同級生のお母さん。妻と親しくしていました。妻はとても美人で、頭がよく、しかしそれを鼻にかけず、とても華やかな人だったと褒めます。しかし、最後の方で子供を預けた時のことで、なにやら恨みがましいことを話しました。

 

そしてまた兄妹の話。どうしようもない両親だったと、妹が愚痴ります。父親は家を出て女のところへ。母親にはいつも殴られていたことを話します。

 

次のインタビューは田向氏と大学の同期で、会社の同僚です。社内では一番親しかったと本人が話します。田向氏の仕事上のトラブルや女性関係について詳しく答えます。自分たちは早稲田を卒業して、一流会社に就職したという自慢話にも聞こえます。田向氏に対しての感想は優柔不断な一面と冷酷な一面があったというような話をしました。

 

そして兄妹の話。今度は母親の浮気と父親が戻ってきた話。

 

次のインタビューは妻(旧姓・夏原)の慶応時代の同級生の話です。慶応大学の『内部』『外部』の話。幼稚舎から上がってきた学生は『内部』の人間。大学から入って来た学生は『外部』の人間。この格差は想像を絶するという話。『内部』の学生は『外部』の学生を人間扱いしない、『外部』の学生はなんとか『内部』の人達に認められようと必死に尽くす。

しかし、夏原は『外部』であるにもかかわらず、『内部』の学生に認められた数少ない学生でした。『外部』の人間にとっては憧れの的だったということです。インタビュイーはそんなことには無関心だったと言います。それなのに夏原が自分に興味を持って近づいてきて、親しくなりました。しかし最後には男の取り合いで取っ組み合いの喧嘩にまでなったということを暴露します。インタビューの中で夏原の取り巻き連中の中で山中さんや田中さんという人も登場しますが、結局『内部』の仲間には入れませんでした。この二人はいいようにもてあそばれたということでした。

後のインタビューでこのインタビュイーは宮村という姓であることが分かります。

 

また兄妹の話。今度は父親が自分を犯す話。酔っぱらうたびに犯されていた。それでも早く終わってくれないかな、程度にしか感じられなかったと。お兄ちゃんも父親に殴られていた、それを見る方が辛かったと。

 

次のインタビューは田向氏と交際していた子連れの女性です。田向氏とは学生時代に知り合って、女性の方が一方的に好きになった、田向氏は付き合っていた彼女がいましたが、女性が強引に迫ると、二股を条件に付き合ってくれよようになった。しかしいつまでたっても相手と別れないので、その相手にすべてをばらしたが、田向氏の怒りを買って別れました。しかし、田向氏が就職活動時期になると、女性の父親が三井物産に勤務しているということで再び近づいてきました。そしてまた付き合うようになりました。それでも何かおかしいと、調べてみると、やはり同じように就職のコネを理由に付き合っている女がいました。その女に電話して呼び出し、その場に田向氏も呼んで二人でぎゃふんと言わせようと相談しましたが、田向氏がその女に対し、理路整然と口撃するのを聞いていて女性は逆に惚れ直してしまいました。結局は別れることになりましたが、今でも田向氏のことは私が一番理解していると言い張ります。

 

兄妹の話。父親と関係を持ったことが母親に知れて、逆に虐待される。しかも父親の行為は続く。ある時それを兄が力づくで止めてくれ、それ以降父親は息子に殴られたショックで、しょぼくれてしまった。信じられるのはお兄ちゃんだけだよ、と。

 

最後のインタビューは夏原と宮村が取り合いになった男です。その宮村は通り魔に刺されて死亡したことが分かります。

男は宮村に夏原と付き合っているのがバレて別れ、夏原と付き合い始めます。当然体の関係を求めますが、夏原はこれを断固拒否し、軽蔑されて結局別れます。男は宮村という女がインタビューでどんなことを答えたのかは知らないが、夏原に一番対抗意識を燃やしていたのは実は宮村ですと話します。

 

そして、残りページも少なくなってきて、真相はどうなっていのと、気がかりになってきました。

 

最後の兄妹の話。この兄妹は結局両親に捨てられ、祖父に引き取られました。この祖父は比較的裕福でお金を残して亡くなってしまいます。その金で、娘は慶応大学に入学します。そして夏原と知り合い、憧れを持ちます。夏原も娘を気にかけてくれて、『内部』の男を何人も紹介されますが、いずれも遊ばれて終わりでした。そうです、この娘は田中だったのです。ここで冒頭の新聞記事との関連性が判明します。

田中はその後子供を産んで、暮らしていましたが、ある時夏原を街で見かけ、幸せそうな彼女に嫉妬を覚えます。そして彼女の後をつけ、夜、家に侵入し居合わせた夫、子供を殺します。

しかし、田中は殺人犯としては捕まりませんが、自分の娘を死なせたとして保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されてしまいます。この子供は、なんと兄との間に出来た子供でした。兄は妹が犯した殺人がバレていないか知りたくて、色々な人に雑誌記者を装ってインタビューしていたのです。そして宮村から、田中の名前が出たことで、危ないと思い通り魔の犯行に見せかけて殺害したのです。

 

妹は子供が憎くて殺したわけではない。大事に育てようと思ったけど、でもどう育てていいかわからない。立派な母親になろうと思ったけど、どうしていいかわからない。ご飯を食べないけどどうしたらいいかわからない。そしたら死んでしまった。病気だと思った。救急車を呼んだ。警察が来て逮捕された。子供の育て方が悪くて逮捕されるなら、自分の両親も含めて、逮捕される人はたくさんいるはずだ。どうして私ばかり。

 

いやはや、何とも後味の悪い小説だったことでしょう。これは完璧にイヤミスですね。そういう意味では大変面白い小説でした。といっても私の拙い文章では面白さは伝わらないでしょうが。あらすじを書くのも難しい小説で、興味のある方は一読をお勧めします。

 

ある人間を客観的に語るということは、まず不可能でしょう。インタビューされている人間は客観性を装いながら、実に主観的です。そして当事者も色々な側面を持っています。

その人間の評価を客観性を交えたつもりで話しながら、自分の正当性を語っているのです。作者は殺害された夫婦の過去の出来事や、犯人の行いだけを指して『愚行』というのではなく、インタビューを受けた人たちの話の数々を『愚行録』として書き留めたのではないでしょうか。

 

この『愚行録』は映画化されているようです。全く知りませんでした。この映画は見ないほうがいいかもしれません。小説の面白さを表現するのは難しいような気がします。

 

沼田まほかる真梨幸子以来イヤミスに嵌っています。そして、また一人増えました。

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『ガンダルフ(Gandlf)/ Gandalf』

しつこくサイケデリック・ロックです。今日はガンダルフ(Gandlf)です。

このバンドもアルバム1枚で消えていったバンドです。

1965年にニューヨークで結成され、当初はRahgoosと名乗っていました。

メンバーは

ピーター・サンド(Peter Sando,vo,g)

ボブ・ミューラー(Bob Muller,b,vo)

フランク・ハバッハ(Frank Hubach,key)

デイヴィー・バウワー(Davy Bauer,ds)

です。

 

1967年に彼らはキャピトルと契約を結び、1969年にファーストアルバムがリリースされます。

 

Side A

01.Golden Earrings

02.Hang On To A Dream

03.Never Too Far

04.Scarlet Ribbons

05.You Upset The Grace Of Living

 

Side B

01.Can You Travel In The Dark Alone

02.Nature Boy

03.Tiffany Rings

04.fMe About You

05.I Watch The Moon

 

プロデュースはラヴィン・スプーンフルなどを手掛けたCharles Koppelman & Don Rubinです。

プロデューサーが名前が気に入らないと言い、Knockrockersはどうかと提案しましたが、ピーターは納得せず、結局デイヴィーの提案でガンダルフに決定しました。

 

アルバムはピート・サンドの曲が2曲。その他はカバー曲です。中でもティム・ハーディンの曲が3曲カバーされています。その他にタートルズの「ハッピー・トゲザー」でおなじみのアラン・ゴードンの曲が2曲となっています。他にもナット・キング・コール、ハリー・べラフォンテが歌った曲なども入っています。

 

このアルバムは発売前から一悶着あり発売が大幅に遅れ、発売されてもすぐに店頭から消えました。キャピトルとの契約問題で揉めていたらしいです。1967年に録音して69年のリリースではいささか時期を逸したという感じです。案の定、商業的には失敗。ガンダルフはレコードと共に消えました。

ピーター・サンドはその後もソロで活動したようです。

その後このアルバムの評価が徐々に上がってきて1991年にイギリスでCDとなって再発されました。そして1999年にはキャピトルからレコードが再発されました。

その後未発表曲などを混ぜて『Gandalf 2』が発売されました。

 

アルバムの方はというと、メランコリックなサイケデリック・アルバムで日本人受けすること間違い無しです。暗く重たいイメージがなんとも言いようもなく沁みてきます。

 

このアルバムが順調に発売されていたら、アルバムの売行きも、さらにはガンダルフの将来も大きく変わっていたかもしれません。残念です。

 


GANDALF - Golden Earrings


GANDALF - Hang on to a Dream


GANDALF - Nature boy

 

 

それでは今日はこの辺で。

 

映画『ヒトラーと戦った22日間』を観る

今日のキネ旬シアターはヒトラーと戦った22日間』でした。

f:id:lynyrdburitto:20190110113704p:plain

 

監督:コンスタンチン・ハベンスキー

主演:コンスタンチン・ハベンスキークリストファー・ランバート、ダイニュス・カズラウスカス

制作:2018年 ロシア

 

実話を基にしたナチスのソビボル強制収容所からの脱出劇です。脱出の先頭に立ったのはソ連ユダヤ系の軍人アレクサンドル・ペチェルスキー(通称サーシャ)でした。

 

完全ネタバレです。ご容赦願います。

 

ポーランドのソビボル収容所はポーランドにおける三大強制収容所の一つです。当然ユダヤ人の大量虐殺が目的の収容所です。

 

1943年9月。今日も収容所に多くのユダヤ人が移送されてきました。彼らは一部の職人を除いては虐殺される運命にあります。たとえ生き残ったとしても過酷な労働が待っています。そしてナチス将校の気分ひとつで殺されるのです。駅に到着すると「ようこそ、ソビボルへ。今日からここが住まいです」のアナウンスが流れます。一見平和な収容所のように見えますが、職人ではない一般のユダヤ人は早速ガス室送りです。

f:id:lynyrdburitto:20190116124918p:plain

 

そんな中でも収容所からの脱獄を計画している者たちがいました。リーダーはレオという男です。レオは反乱メンバーの中に軍隊をす経験した者ががいないことを危惧していました。しかし新たに入獄した中にソ連軍の中佐サーシャことアレクサンドル・ペチェルスキーがいることを知りました。レオはサーシャに接近し、メンバーに加わるように説得しますがサーシャはこれを断ります。

 

 ある日、農作業をしていた数名のユダヤ人が脱獄を決行しましたが失敗に終わり、全員射殺されました。さらに10人に1人のユダヤ人を射殺すると言い、10数えて10人目のユダヤ人を次々に射殺していきました。しかも楽しそうに。反乱メンバーやサーシャは黙って見守る以外術がありませんでした。

f:id:lynyrdburitto:20190110132856p:plain

この事件をきっかけに、ナチス親衛隊の曹長フィレンツェル以下、将校たちはさらに厳しい監視体制をとるようになりました。そしてフィレンツェルはサーシャが収容所にいることに気がつきました。サーシャはこれ以前にミンスクの収容所で脱走を図って失敗していたのです。フィレンツェルはサーシャを要注意人物として監視します。レオは何としてもサーシャにグループに加わってもらいたくて接触を図りますが、逆に監視隊にみつかり暴行を受けてしまいます。

 

f:id:lynyrdburitto:20190116132242p:plain

サーシャが収監されて12日目、列車が到着します。車両の中には大量の死体。そしてまだ生きているユダヤ人は次々に射殺されていきました。この光景を目の当たりにしたサーシャはとうとう脱獄を決断、レオ達のグループに参加します。

 

サーシャ収監21日目。サーシャたちは着々と計画を立てていました。目標はユダヤ人全員の脱出です。計画はナチス将校たちを一人ずつ連れだし、殺してゆくというものでした。その時、ユダヤ人に集合の合図が出されました。将校たちの宴会の余興に呼ばれたのでした。

f:id:lynyrdburitto:20190110132942p:plain

余興はユダヤ人たちを馬にして将校たちが乗った荷台を引かせるレースをするというものでした。いわゆる人間馬車です。レースに負けたユダヤ人や疲れて走れなくなったユダヤ人は射殺されます。その他にも火炙りや鞭打ちの刑が待っていました。この光景に耐えられなくなったサーシャはフィレンツェルを乗せ一晩中走り続けました。夜が明けてようやく宴会は終了。後には死体の山が転がっていました。

 

そして22日目。メンバーたちは計画通り、将校たちを次々に殺害、途中でフィレンツェルに感づかれ、サイレンを鳴らされててしまいますが、これを狙撃して、足止めしレオの合図でユダヤ人全員が脱出を始めます。レオは射殺されます。ナチス兵との銃撃戦で命を落としたものもありますが、生きのこったユダヤ人は全員脱出に成功しました。

f:id:lynyrdburitto:20190110133023p:plain

実際には400人が脱走を試み、およそ300人が成功したようです。しかしその後、ナチス親衛隊に捕らえられ無事に戦後を迎えられたのは50人ほどだったそうです。この収容所はこの事件の後解体されました。フィレンツェルは終身刑となりました。

 

ナチス・ドイツの収容所関連の映画は何本も観ていますが、この映画はロシア人のナチスに対する憎悪に満ちた映画です。ユダヤ人の収容者たちがナチスの将校を次々と殺害するシーンはそれまでに被った数々の虐待に対する果てしない憎悪がこれほど残酷な殺人を犯させるのだ、ということを端的に現しています。

 

この映画にはホッとさせられる場面が全くありません。緊張の連続です。虐待・虐殺が続きます。将校の気分を損ねたらお終いです。唯一、サーシャが収容所で知り合った女性ルカと心を通じ合う場面があるくらいです。しかしそのルカも脱走の途中で射殺されてしまいます。これは史実かどうかはわかりませんが。

 

同じ脱走劇を描いた大昔のアメリカ映画『大脱走』とはえらい違いです。これもお国柄でしょうか。それとも時代の差でしょうか。

 

いずれにしても、ナチス・ドイツが犯した罪を改めて認識させられました。アーリア人が最も優秀な民族だという認識から生まれたユダヤ人虐殺。これが世界大戦を生んでしまった。戦前の日本でも似たような民族差別は当たり前のように行われていました。そして現代世界でも一向に無くなる気配はありません。この民族問題には終わりはないのでしょうか。

 

この映画の原題は『ソビボル』ですが、邦題は『ヒトラーと戦った22日間』です。ここ何年かタイトルに『ヒトラー』がついた映画が目立ちます。意外と原題にはついていないものが多いのです。直接ヒトラーとは関係なくても、なぜか日本では『ヒトラー』をつけるのが好きなようです。その方が客を呼べるのでしょうか。この映画ももちろんヒトラーは出て来ません。タイトルに釣られて観に来た人は肩透かしでしょうね。もう少し邦題のつけ方に工夫が欲しいところです。

 

緊張感いっぱいの映画で、あっという間の2時間でした。

 

 


映画『ヒトラーと戦った22日間』予告編

 

ヒトラーと戦った22日間 [DVD]

ヒトラーと戦った22日間 [DVD]

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『フリーク・シーン(The Freak Scene)/ Psychedelic Psoul』

またまたサイケデリック・ロックです。フリーク・シーン(The Freak Scene)と言っても、本国アメリカでも今や憶えている人はいないかもしれません。

フリーク・シーンの前身はディープ(Deep)とうい名前でした。中心はラスティ・エヴァンス(Rusty Evans,g,vo)です。1966年にアルバム『Psychedelic Moods』をリリースしました。

アルバムは売れませんでしたが、アルバム名に「サイケデリック」というタイトルをつけたことは、以前紹介した『ブルース・マグース(Blues Magoos)』などと並んで、この後のサイケデリック・ブームを思うと、歴史的な意味を持ったのではないでしょうか。

ラスティ・エヴァンスは1967年にコロムビア・レコードと契約しました。名前もフリーク・シーンに改めました。そしてアルバム『Psychedelic Psoul』をリリースしました。 

 

01.A Million Grains Of Sand

02.'...When In The Course Of Human Events' (Draft Beer, Not Students)/

03.Interpolation: We Shall Overcome

04.Rose Of Smiling Faces

05.Behind The Mind

06.The Subway Ride Thru Inner Space

07.Butterfly Dream

08.My Rainbow Life

09.The Center Of My Soul

10.Watered Down Soul

11.Red Roses Will Weep

12.Mind Bender

13.Grok!

 

レコーディング・メンバーは

ラスティ・エヴァンス(Rusty Evans,g,vo)

デヴィッド・ブロンバーグ(David Bromberg,g,b,vo)

マーク・バーカン(Mark Barkan,perc,vo)

デヴィッド・ブラックファースト(David Richard Blackhurst)

キャロライン・ブルー(Caroline Blue)

レニー・ボーガン(Lenny Pogan)

アーサー・ゲラー(Arthur Geller)

です。

プロデュースはラスティ・エヴァンスです。

 

メンバーはディープからのメンバーがほとんどです。驚くことに、デヴィッド・ブロンバーグの名前が記載されていたことです。 今回この記事を書くにあたって気がついたのですが、これまでは全然気にせずに聴いていました。迂闊でした。

これはバンドというよりは一種の実験的プロジェクトと言った方が適切かもしてません。

まさにサイケデリックとしか言いようのない音楽です。詩の朗読、ファズのきいたギター、テープの逆回転など、1960年代後半に多くのミュージシャンが試みた手法のさきがけだったのかもしれません。私もフリーク・シーンは後追いで聴いているのでその辺の詳しい事情は分かりかねますが、時期が早すぎたのか、レコード会社がプロモーションに積極的でなかったのか、アルバムのほうはさっぱりでした。

 

フリーク・シーンはこの1枚でロック界から退場します。ラスティ・エヴァンスはソロに転向しますがこれといって目立った活躍は無かったと思います。

 

CD時代になってこのような埋もれたミュージシャンが陽の目を見るようになったことは非常に意義があることだと思います。さすがアメリカ、懐が深いです。日本でも一時期サイケデリック・ロックを見直そうと、埋もれたバンドを掘り起こすシリーズが企画され、このフリーク・シーンも発売されました。喜ばしいことです。

 


The Freak Scene-My Rainbow Life


THE FREAK SCENE-Rose Of Smiling Faces


THE FREAK SCENE ~ Grok!

 

それでは今日はこの辺で。