Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

思い出のテレビ 子供向け ドラマ編

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小学生の頃よく観たテレビ番組を振り返って、憶えているうちに書き留めておきたいと思います。まず今日は子供向けドラマに絞ってみます。

我が家にテレビが入ったのは確か小学二年生の頃だったと思います。それまでは近所の家や親戚の家で見せてもらっていました。何しろテレビ少年だったので、テレビが入ったのは嬉しくてたまりませんでした。

当時どんなドラマを見ていたのかを思い出してみます。もちろん子供向け番組中心です。内容についてはほとんど憶えていませんので、言及しません。

 

月光仮面


月光仮面 主題歌

まず『月光仮面』です。でも私が観ていたのはたぶん再放送です。漫画では読んでいたので楽しみでしようがありませんでした。『月光仮面』はテレビが先で後から漫画化されています。月刊誌『少年クラブ』それと懐かし貸本屋で今でいう単行本を借りていました。

月光仮面』はシリーズが五つありました。『どくろ仮面』『バラダイ王国の秘宝』いわゆる「サタンの爪」『マンモスコング』『幽霊党の逆襲』『その復讐に手を出すな』です。

原作は川内康範、作画は桑田次郎、主演は大瀬康一です。谷幹一なども出ていたと思います。映画も6本上映されています。映画のほうは父に連れていってもらった記憶があります。祝十朗(いわい じゅうろう)探偵が月光仮面に変身して敵と戦うという物語。手に汗握って観ていた記憶があります。大人気でしたね。風呂敷で仮面を作って月光仮面の真似をして遊びました。カルタもありました。メンコも随分集めました。探偵事務所の五郎八とカボ子ちゃんがよかった。主題歌は有名な「月光仮面はだれでしょう」です。この歌を知らない人はいないでしょう、というくらいにヒットしました。後にモップスがカバーしてヒットしました。

数年前、CS 放送で全作品を放映したことがあって、数ヶ月かけてすべて録画しました。アホです。

 

七色仮面


七色仮面 オリジナル バージョン

これも多分再放送だと思います。まだ家にテレビがない頃で親戚の家に行ったときに見せてもらっていたような記憶があります。その後、家にテレビが入って観るようになりました。これもシリーズがあって、『コブラ仮面』『キングローズ』『レッドジャガー』『スリー・エース』その後『新・七色仮面』となって新しいシリーズが始まります。主演は波島進(特別機動捜査隊で主役)、途中からは千葉真一に替わったと思います。蘭光太郎(らん こうたろう)探偵が色々な人物に変装して、最後は七色仮面になり悪役と対決するというストーリーです。このドラマの原作も川内康範です。彼は本当に凄いです。作詞家でもあり数多くのヒット曲もあります。また脚本家でもあり、監督でもあり、作家でもありと、まさにスーパースターです。後年、森進一の「おふくろさん」で物議を醸しました。主人公が変装して登場すると、これは蘭光太郎じゃないか、などとみんなで騒いだ憶えがあります。また主題歌の「てんでんどろりこやっつけろ」という歌詞が面白かったです。面白いのは『月光仮面』も『七色仮面』も主人公はまだ20代だと思いますが、主題歌も劇中でも呼称は「おじさん」です。時代ですね。

漫画『七色仮面』は月刊誌『ぼくら』でした。

 

まぼろし探偵


まぼろし探偵

まぼろし探偵』は『月光仮面』や『エイトマン』の作画の桑田次郎の作品です。漫画は月刊誌『少年画報』の連載でした。これもおそらく再放送を観ていたと思います。

新聞記者の富士進(すすむくん)が事件が起きると探偵になって事件を解決していくという話。「赤い帽子に、黒マスク、黄色いマフラーをなびかせて」という主題歌が大流行でした。漫画では空飛ぶオートバイもテレビでは空飛ぶ車になっていました。

番組の最後のCMで、まぼろし探偵が当時の提供会社のエースコックのインスタントラーメンを食べるシーンがあって、どんぶりにラーメンを入れて3分間まってすぐ食べられるというので、親にねだって買ってもらって食べた思い出があります。それからインスタント・ラーメンが流行り始めたのじゃないでしょうか。

後から名前を知ったのですが、ここには吉永小百合藤田弓子が子役で出ていました。

 

『少年ジェット』


Shonen JET

『少年ジェット』は月刊誌『ぼくら』で連載されていた、武内つなよし作の漫画です。

少年 北村健(きたむらたけし)が愛犬シェパードのシェーンとともに悪役に立ち向かうドラマです。これも多分再放送で観ていたと思います。『少年ジェット』もシリーズがたくさんあって、私がよく憶えているのが「紅さそり」「ジェームス」「ブラック・デビル」などです。これらの役は実はみんな同一の役者です。高田宗彦という俳優です。この人が実にうまいのです。「紅さそり」なんてすごく怖かったのを憶えています。紅さそりこと荷蛭妖造(にひる ようぞう)という名前からして不気味でした。少年ジェットといえば「ウー、ヤ―、ター」のミラクルボイスですが、これをジェットに教えたのが荷蛭妖造なのです。あと、ブラック・デビルの強かったこと。あの雷を呼ぶステッキにはあこがれました。ああいう棒があったらなあ、なんて。笑っちゃいます。

これも後で名前を知りましたが、和泉雅子が子役で出演していました。

 

『ナショナル・キッド』


ナショナル・キッド フルバージョン

 映像が無いのが残念です。これは昔の日本教育テレビ(NETテレビ:現・テレビ朝日)で放映されたのですが、このナショナルというのは当時の松下電器、今のパナソニックのことです。凄いですよね、社名を番組名にしてしまうんですから。番組の冒頭でナショナルキッドがナショナルの広告塔の周りを飛ぶという、今では考えられない凄い場面から始まります。この番組は、松下電器が子供たちに科学に興味を持ってもらおうというコンセプトで始まったらしいです。どうりで小学校低学年では話の内容が難しかったような記憶があります。「インカ金星人」というのはおぼろげに憶えていますが、あとは抜けています。夢中で観ていたことは確かなのですが。多分近所の家です。

 

以上、5本挙げましたが、書いているうちにあれも、これもとなってきました。と、いっても全部書くわけにもいきませんので、思い出したものを列挙してみます。

 

『海底人8823』8823でハヤブサ。ハチハチニイサン海底人、という主題歌が印象的。

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『遊星王子』 主演 宇津井健 ザ・ガードマンで有名。

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『怪傑ハリマオ』主題歌 三橋美智也 いい歌です。

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『ふしぎな少年』主演 太田博之 「時間よ、止まれ!」です。

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ウルトラQ円谷プロの傑作シリーズ 怪獣のテレビ進出。

「ウルトラq」の画像検索結果

 

『風小僧』主演 目黒祐樹山城新伍 スターになりました。

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白馬童子主演 これも山城新伍です。少年の英雄でした。

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『天下の暴れん坊 猿飛佐助』主演 沢村精四郎 これは凄かった。忍術で画面が回ったり、人が5人に別れたり、驚きの連続。

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『紅孔雀』主演 これも沢村精四郎。

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『天馬天平少年画報 確かフジテレビ

「天馬天平」の画像検索結果

 

『琴姫七変化』主演 松山容子 ボンカレーの人

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『笛吹童子』主演 北大路欣也 「ひゃり~こ、ひゃらり~こ、ひゃり~こ、ひゃらり~ら、誰が吹くのか、魔法の笛を」だったと。

「笛吹童子」の画像検索結果

 

少年ケニヤ主演 山川ワタル とってつけたような名前で評判に。

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悪魔くん原作 水木しげる メフィスト

関連画像

 

『アラーの使者』主演 千葉真一 七色仮面に続く主役。

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『忍者部隊月光』主演 水木襄

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『風雲児時宗主演 松本錦四郎

『チャンピオン太』プロレスドラマ 力道山も出演

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海外のドラマに目を向けると、これまたいっぱいありました。

名犬ラッシーコリー犬が利口でかわいい。従姉がわざわざ迎えに来てくれて、親戚の家でみせてもらっていた記憶があります。

「名犬ラッシー」の画像検索結果

 

『名犬ロンドン物語』こちらはシェパード。放浪犬。主題歌がいい。夢中で観ていました。切なくなるようなドラマでした。

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ララミー牧場西部劇 ロバート・フラーの早打ちが評判に。再放送でしょう。

「ララミー牧場」の画像検索結果

 

『ローハイド』西部劇 フランキー・レインの「ローレン、ローレン、ローレン」が印象的。クリント・イーストウッドも出演。当然再放送。

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『ローンレ・ンジャー』ウィリアム・テルのテーマ曲

「ローンレンジャー」の画像検索結果

 

『ちびっ子ギャング』『ちびっこ大将』アルファルファとスパンキー。面白かった。

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『三ばか大将』とにかく可笑しかった。

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『スーパーマン初代スーパーマン、夢中で観ました。主役は自殺しました。

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『ベン・ケーシー』医者のドラマ。ケーシー高峰はここから取ったと思います。カッコよかった。

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『ザ・ルーシー・ショー』ルシル・ボール主演。ムーニーさんとの駆け引きが面白い。とにかく笑えました。

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ヒッチコック劇場怖いものが多かったような。

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いやー、いっぱいあります。頭に映像は浮かぶのですがタイトルが出て来ないものが、かなりありました。ボチボチ思い出しましょう。もちろん、これらを常時観ていたわけでもなく、たまにしか観ていないものも含まれています。子供ですからストーリーよりもカッコとかセリフとかが面白ければそれで満足していたのではないでしょうか。『ヒッチコック劇場』などは中学生になっていたかもしれません。小学生限定で取り上げてきたので、ちょっとずれたかもしれません。

いろいろなことを忘れないうちに書き留めておこうと思ってブログを始めましたので、書きながら少しづつ思い出せて、結構楽しい作業でした。随分長くなってしまいました。4000字目前でした。

次の機会には、テレビアニメの特集をやってみたいと思っています。

それでは今日はこの辺で。

『マザーズ・アーミー(Mother's Army)』 スーパーグループの行方は

今日はマザーズ・アーミーについて書こうと思います。このバンドのファーストアルバムリリース時のメンバーは次の通りです。

 

ジェフ・ワトソン(Jeff Watson,g,key) 元ナイト・レンジャー

ボブ・ディズリー(Bob Daisley,b) 元チッキンシャック、オジー・オズボーン、ユーライ               ア・ヒープ、ゲイリー・ムーアなど

カーマイン・アピス(Carmine Appice,ds) ヴァニラ・ファッジ、カクタス、BB&A,

                                                                   KGBロッド・スチュワートなど

ジョー・リン・ターナー(Joe Lynn Turner,vo) レインボー、ディープ・パープルなど

 

このメンバーを見ただけで、スーパーグループということがわかります。しかし元々はナイト・レンジャーを辞めたジェフ・ワトソンがソロアルバム『Lone Ranger』を制作したときに参加していたボブ・ディズリーとカーマイン・アピスと共にバンドを作ろうということになって出来たバンドです。

この『Lone Ranger』はギター・インストアルバムでヴォーカルはいません。そこでヴォーカリストとしてウィリー・セルツァーなる人物を迎えました。そしてファーストアルバムのレコーディングが終わるころに突然ヴォーカリストの交代劇が起こります。

ウィリー・セルツァーの知名度に比べジョー・リンの知名度は圧倒的に高いために一気にスーパーグループの名称が付けられました。それが狙いだったのかもしれませんが。

そして1993年にファーストアルバム『Mothers Army』がリリースされます。

このアルバムの曲作りは全曲ジェフとボブとカーマインの共作で、ジョーの曲は1曲もありません。もっともジョーがバンドに参加したときにはヴォーカルパートを除きレコーディングが完成していたといいますから、当たり前かもしれません。そのせいか、音作りはハードロックでいいのですが、如何せん曲が今一つで、耳に残るような曲が無いというのが率直な印象です。

セカンドアルバムは1997年まで待つことになります。その間、ジョーもソロアルバム、カーマインも『Guitar Zeus』をリリースしています。それぞれ個人でも忙しかったのでしょう。

  

 

そしてようやく1997年に『Planet Eath』がリリースされます。

なんとも不思議なアルバムです。これはハードロックではありません。ジョーのヴォーカルもこれまでとは違って抑制的な唱法になっています、。このアルバムでも曲作りは1曲を除きジェフとボブの共作です。ジョーは1曲も作っていません。カバー曲はブルースナンバーです。アルバム全体からするとミスマッチのような気がします。

なお、このアルバムからグループ名が『Mothers Army』から『Mother's Army』に変更されました。理由はわかりません。

そして翌、1998年に『Fire On The Moon』がリリースされます。

このアルバムからドラムがカーマイン・アピスからこれまた凄腕のエインズレー・ダンバー(Aynsley Dunbar)に替わります。自身のバンド、リタリエイションやブルース・ブレイカーズ、ジャーニー、マザースなどにも在籍した名人です。

さらにこのアルバムでは全曲にジョンが曲作りで参加しています。そのせいかメロディアスな曲が増え、彼等の3枚の中では最高傑作に仕上がっています。かなりいいです。

ようやくバンドとしていいアルバムが出て、これからと期待しましたが、翌年あっさりと解散してしまいます。このバンドはそれぞれの個人活動をしながらのバンド活動ということでそもそも継続に無理があったのかもしれません。バンドとしての意思統一が出来ていなかったというスーパーグループの悪い面が出たのかもしれません。音楽ビジネスは難しいです。

 


Mothers Army Fire On The Moon

 

それでは今日はこの辺で。

 

ジャーマン・メタル『サブウェイ(Subway)』

今日のレコード・CD棚発掘で見つけたのは『サブウェイ』でした。『ザ・サブウェイズThe Subways)』ではありません。ジャーマン・メタルです。

ジャーマン・メタルというとスコーピオンズやマイケル・シェンカー、ハロウィン、ガンマ・レイ、アクセプト、フェア・ウォーニングなどがすぐ頭に浮かびますが、このサブウェイについては当時(たぶん購入したのは2000年頃)知らなかったと思います。帯の「ヨーロッパらしい湿性メロディを放射!」というのに惹かれて衝動買いしたのだと思います。私が買ったアルバムは彼らの3枚目らしいです。タイトルは『SUBWAY』です。

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メンバーは

ベミー・ビッツアー(Bemy Bitzer,g)

ヘンリー・ザウタ―(Henry Sauter,key)

マルティン・アーノルド(Martin Arnold,b)

フランシス・ソート(Francis Soto,vo)

ビヨン・ホドラー(Bjorn Hodler,ds)

の5人です。が、これまでにメンバーチェンジもあったようです。

リリースは1998年です。3年半ぶりの発表です。

ドイツのバンドですが、どちらかというとディープ・パープルやレインボーの影響を強く受けているような気がします。ヴォーカルもそこまでハイトーンではないですし、楽曲ももちろん叙情的なメロディはありますが、ハードロック的な部分が目立ちます。

2曲目の「She's Gone」などは哀愁漂い、聴かせます。

この後バンドはどうやら解散した模様です。ファーストとセカンドはヴォーカリストが違うらしく、さらにサックスがオリジナルメンバーで在籍していたようでこの3枚目とはだいぶ違っていたのではないかと推測できるの、そちらも聴いてみたいのですが、まずお目にかかれません。丹念に探すしかないようです。おそらくどこかの安売りで出ているのではないかと思っているのですが、どうでしょうか。

 

それでは今日はこの辺で。

『リトル・エンジェルス(Little Angels)』 ブリティッシュ・ハードの復活は?

今日は『リトル・エンジェルス』でいってみたいと思います。

低迷が続いた1980年代のブリティッシュ・ハードロックに復活の予感を感じさせて登場してきたのがリトル・エンゲルスでした。バンドの結成は意外と古く、1984年に『ゼウス』というバンド名で発足しました。

メンバーは

トビー・ジェプソン(Toby Matthew Jepson,vo)

マーク・プランケット(Mark Plunkett,b)

ブルース・ジョン・ディキンソン(Bruce John Dickinson,g)

ジミー・ディキンソン(Jimmy Dickinson,key)

マイケル・リー(Michael Lee,ds)

です。

彼らはライブ活動をこなし実力をつけ、1988年にポリドールと契約し、翌1989年にバンド名をリトル・エンジェルスと変え、ファーストアルバム、『Don't Prey For Me』をリリースします。

いきなりロバート・プラントなみのシャウトで始まるこのアルバムは、まさにブリティッシュ・ハードの復活を思わせる正統派のハードロックです。このアルバムからは3曲がシングルカットされいずれもヒットしました。

 

続く1991年にはセカンドアルバム『Young Gods』がリリースされます。

このアルバムも前作同様、ゴリゴリのハードロックンロールです。そこにアコースティックナンバーを織り交ぜるという、オーソドックスな手法ですが、それが実によく嵌っています。曲作りは前作もそうですがトビー・ジェプソンとディキンソン兄弟が半々づつぐらいになっています。いずれにしてもオリジナルです。

 

翌年、3作目の『Jam』が発表されます。

ここでドラマーがマーク・リチャードソン (Mark Richardson)に替わります。ここではキンクスの曲もカバーしています。ポップな面が出てきた気がします。このアルバム『Jam』は全英1位を記録します。シングルも「Woman Kind」が全英12位に入ります。「Too Much Too Young」などとてもポップで聴きやすくなっています。

 

続いて1994年に『Little Of The Past』がリリースされます。

これは未発表音源を含むベスト盤です。

 

そして、やはり1994年、『Too Posh To Mosh, Too Good To Last!』が発売されます。

これはアルバムデビュー前のEPと再録の組合せです。

 

そして1994年の7月にロイヤル・アルバート・ホールでラスト・コンサートを開催して、成功裏のうちに解散を表明しました。

バンドとしての音やその盛衰はクワイアー・ボーイズと共通するものが有ります。

ブリティッシュ・ハードロックの復活と期待しましたが、やはり時代の波には逆らえず表舞台からは退場してしまいました。約10年の活動で彼らのコメントは「疲れ切ってしまいました」という事でした。

lynyrdburitto.hatenablog.com

 

2008年に前のドラマー、マイケル・リーが39歳の若さで亡くなり、その葬儀でかつてのメンバーが顔を合わせ、友情が再燃したと報じました。

 


Little Angels - Too Much Too Young


Little Angels - 'I Ain't Gonna Cry'

 

それでは今日はこの辺で。

キネマ旬報シアター 年間パスポート満了!

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昨年8月19日にキネマ旬報シアターの年間パスポートを購入し、はや1年です。とうとうこの日がやってきてしまいました。キネマ旬報シアターは今年の4月でこのパスポートの販売を中止しました。従って、私の場合は8月18日、明日をもって終了となります。今後は都度入場料を払って観ることになります。誠に残念ですが、シアターの経営方針もあることですから、やむを得ないことなのでしょう。

この1年間で観た映画は以下の通りとなっています。

2016年

8月  『野火』

    『JIMI 栄光への軌跡』

9月  『フィッシュストーリー』

    『パガニーニ 愛と狂気のバイオリニスト』

    『ティーパンの闘い』

    『レヴェナント 蘇りし者』

    『みんなのための資本論

10月 『秋のソナタ

    『マネー・ショート 華麗なる大逆転』

    『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』

11月 『追憶の森』

    『最愛の子』

    『恋に落ちて』

    『バグダット・カフェ』

12月 『ワン・デイ 23年のラブストーリー』

    『夢売るふたり

    『蛇イチゴ

    『ゆれる』

    『鑑定士と顔のない依頼人

    『クリスマスのその夜に』

    『ラースと、その彼女

    『フィフティ・フィフティ』

 

2017年

1月  『ティファニーで朝食を

    『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

    『おじいちゃんの里帰り』

    『帰ってきたヒトラー

    『ヒトラーの贋札

2月  『シアター・プノンペン

    『人生は狂詩曲(ラプソディ)』

    『旅情』

    『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』

    『二ツ星のレストラン』

    『マジカル・ガール』

3月  『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

    『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』

    『ロング・トレイル』

    『エクス・マキナ

    『そこのみにて光輝く

4月  『生きうつしのプリマ』

    『オーバーフェンス』

    『ゴジラ

    『淵に立つ』

    『シン・ゴジラ

    『ブルックリン』

5月  『キャロル』

    『セッション』

    『ニーゼと光のアトリエ』

    『ソロモンの偽証・前篇』

    『恐怖分子』

6月  『ソロモンの偽証・後篇』

    『No』

    『月はどっちに出ている』

    『イン・ザ・ヒーロー』

    『健さん

7月  『スノーデン』

    『沈黙ーサイレンス』

    『わたしはダニエル・ブレイク』

    『花様年華

8月  『恋する惑星

    『天使の涙

 

1年間でちょうど60本観ました。月平均5本です。年会費2万円ですから、完全に元は取りました。キネマ旬報シアター様、有難うございました。

 

だいぶ忘れていますが印象に残っている映画を何本か挙げてみます。

『野火』『レヴェナント 蘇りし者』『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』

『沈黙ーサイレンス』『ヒトラー暗殺、13分の誤算』、それとゴジラあたりでしょうか。まだまだたくさんありそうですがタイトルと中身が一致しません。老人性健忘でしょうか。ボケですか。

なお、4月以降は全てブログで書いています。よかったらご覧ください。

  

  

  

また、このようなサービスを再開されることを望んで止みません。

 

それでは今日はこの辺で。

映画 『天使の涙』 を観る

今日のキネ旬シアターは『天使に涙』でした。

 

監督:ウォン・カーウァイ

主演:レオン・ライミシェール・リー、金城武

制作:香港 1996年公開(日本)

 

3週連続でウォン・カーウァイ監督の映画です。先週の『恋する惑星』に引き続き金城武が出演しています。

この映画、元々その『恋する惑星』のストーリーの一部として考えられてたそうですが、独立した1本の映画としたようです。

恋する惑星』や『花様年華』と同様この映画も、その斬新なカメラワークとアングルが際立っていますが、この作品はそのカメラワークやアングルやカットが暴力的にさえ感じられます。白黒、スローモーションなども多用しています。前作はある明るさがありましたが、今作は退廃的、刹那的、暴力的です。

ストーリーらしいストーリーはありません。ただ今作も、人と人との出会い、すれ違いを中心に物語は進みます。全く別な二つのストーリが最後に結びつきます。

殺し屋(レオン・ライ)とそのエージェントの女(ミシェール・リー)。二人は仕事のパートナーですがほとんど会うことはありません。会わないほうが感情移入が無くて良しとしています。しかし、二人は確かに惹かれあってきています。

そしてそのアジトのアパートに父親と住んでいるのがモウ(金城武)です。彼は口がきけません。

殺し屋は命令が下ると、殺す相手の情報を女から受け取り、殺しに向かいます。2丁拳銃で派手に7~8人を一遍に殺します。しかしその殺し屋も次第に心境の変化で、足を洗いたくなり、女を呼び出しますが、結局行きません。

殺し屋は街で金髪女と偶然知り合い、一夜を過ごします。金髪女は殺し屋に一目ぼれしますが、殺し屋にはそのような気持はありません。あくまでもその一時の感情です。金髪女がエージェントの女と街ですれ違った時にその香水で、殺し屋とその女が知り合いであると気づき二人を引き合わせます。エージェントの女は殺し屋が足を洗いたがっているのを察知し、最後の仕事を依頼します。殺し屋は金髪女に別れを告げます。

一方モウは失恋中の女に初めて恋をしますが、彼女は失恋した相手のことで頭がいっぱいで全く相手にされません。そしてあえなく失恋します。そして父親も亡くし、働いていた日本居酒屋も店主が日本に帰ってしまい、結局以前働いていた飲食店(これは『恋する惑星』の舞台になった飲食店だとおもいます)で働きます。そこに初恋の女がスチュワーデスの制服を着て現れます。モウは近づきますが彼女は全く気が付きません。モウはがっかりしてへたり込みます。

殺し屋の方は最後の仕事に失敗し、逆に殺されてしまいます。大事なパートナーを失った失意のエージェントの女とモウは街の食堂で偶然一緒になります。モウはそれまで何度も彼女を見かけてはいましたが、口はきいたこともありません。しかし、彼女に家まで送ってほしいと頼まれバイクの後ろに乗せて彼女の自宅へと向かいます。女はこんなに身近に人に接するのは久しぶりと、すぐに着いてしまうのは分かってはいるが、永遠に続いてほしいと願うのです。

青春の刹那的、退廃的、倦怠感が映画全体を覆ています。『恋する惑星』では見えた未来に対する希望が、この映画にはありません。まさに『明』と『暗』、『陰』と『陽』のように対照的な作品となっています。それと、この作品では会話らしい会話はあまりありません。登場人物のモノローグが物語ります。この監督はやはり映像作家ですね。

 

lynyrdburitto.hatenablog.com

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話は変わりますが、昨日NHKのドキュメンタリー番組『戦慄の証言 インパール』を観ました。去年の8月にキネマ旬報の年間パスポートを購入して、最初に観たのが大岡昇平原作の『野火』でした。市川崑監督版ではなく、塚本晋也監督版です。舞台はインパールとフィリピンとで違っていますが、昨日のインパールでは人肉を食べたという証言がいくつも出てきて、小説『野火』での人肉への欲求を裏付けるもので衝撃的でした。兵隊は単なる『数』でしかないという、露骨な証言も紹介されました。3万人を超える死者の数が、戦闘による死ではなく、餓死と病死が半数以上を占めるという、悲惨な結果を招きました。作戦に対する反対意見は悉く無視され、反対者は即左遷でした。そして結果責任は誰もとりません。今でも日本の組織に根深く残る体質ではないでしょうか。

ちょうど終戦記念日でした。

 

それでは今日はこの辺で。

『イーグルス(Eagles)』 ウェストコースト・ロックの終焉

昨日までメタルが続きましたので、今日はお盆も最終日ということで、ちょっとさわやかななところでイーグルスについて最初の解散までを書いてみたいと思います。イーグルスはウェストコーストを代表する(最終的にはアメリカを代表するバンド)で、元々はザ・バーズ、フライング・バッリト・ブラザース(FBB)、バッファロー・スプリングフィールド、ポコなどの系譜を引き継いだカントリー・ロック系のバンドでした。

そもそものスタートは、1971年にリンダ・ロンシュタットのツアーメンバーとして呼ばれた4人が、彼女の3枚目のソロアルバムの制作にも参加し、その間に新しいバンドを作ろうという話が持ち上がって結成されました。

その4人というのが、

グレン・フレイ(Glenn Frey,vo,g)

ドン・ヘンリー(Don Henley,vo,ds)

バーニー・リードン(Bernie Leadon,g,vanjo,mandlin,steel g,vo) 元FBB

ランディ・マイズナー(Randy Meisner,b,vo) 元ポコ、ストーン・キャニオン・バンド

です。

4人はイーグルスを結成し、リンダが契約していたアサイラムと契約を交わしました。

1972年にファーストアルバムEaglesがリリースされます。

当時、グレンが住んでいたアパートに同居していたのがジャクソン・ブラウンです。グレンとジャクソンが作った「Take It Easy」がいきなり大ヒットしました。続いて「魔女のささやき(Witchy Woman)」もヒットし全米に名が知られるところとなりました。ちなみに「魔女のささやき」はバーニーとドン・ヘンリーの共作です。このファーストではバーニーが4曲、ランディ―が3曲、グレンが3曲、ドンは1曲とそれぞれ共作を含めて曲作りに参加しています。ジャクソン・ブラウンの曲が「Take It Easy」を含め2曲、それとジャック・テンプチンのイーグルスの代表曲にもなっているあの「Peaceful Easy Feeling」となっていて、バーニーやランディ―の曲が多いことからもカントリー色が強いのがわかります。

 

続いて1973年にセカンドアルバム『ならず者(Desperado)』がリリースされます。

ここではバーニーが共作含め3曲、ランディは共作に2曲参加のみです。代わって、グレンとドンの共作が5曲、さらにグレン、ドン、ジャクソン・ブラウンJ.D.サウザーの4人の共作が3曲、デヴィッド・ブルーの曲が1曲となりました。明らかに力関係が変わって来ました。グレンとドンの「Desperado」は永遠の名曲で多くのカバーヒットも生まれています。さらにJ.D.サウザーらの共作「Doolin-Dalton」はオープニングを飾るにふさわしい名曲です。「Out Of Control」のようなロック色が強い曲もありますが、それでもこのセカンドはまだまだカントリー色が強いものでした。「Tequila Sunrise」のようなカントリーロックの名曲もあります。

 

続いて1974年に3枚目のアルバム『On The Border』が発表されます。

このアルバムではバーニーの紹介でドン・フェルダー(Don Felder)がギター・プレイヤーとして2曲に加わりました。後に正式なメンバーとなります。さらにプロデューサーがグリン・ジョンズが2曲担当した外は、ビル・シムジクに替わりました。そのせいでしょうか「Already Gone」でスタートするこのアルバムはかなりロック色が強くなりました。タイトル曲やジャクソン・ブラウンの「James Dean」などはこれまでのイーグルスのイメージからはだいぶ違ったものになってきました。バーニーは2曲、ランディ―は1曲参加です。J.D.サウザージャクソン・ブラウンも相変わらず曲作りに参加しています。それでもトム・ウェイツの「Old' 55」や「The Best Of My Love」などはしっとりと聴かせます。

 

続いて1975年に大ヒット作『呪われた夜(One Of These Nights)』が発表されます

 このアルバムではバーニーが3曲、ランディーが2曲、ドン・フェルダーが2曲にそれぞれ共作を含め曲作りに参加しています。ドン・ヘンリーとグレン2人のみの共作が4曲にあります。とにかくこのアルバムは名曲ぞろいです。オープニングの「呪われた夜(One Of These Nights)」「Hollywood Waltz」「いつわりの瞳(Lyin' Eyes」ランディーの「Take It To The Limit」「After The Thrill Is Gone」そして、バーニーの「安らぎによせて(I Wish You Peace)」と全曲捨て曲なしです。

このラストナンバーのバーニーの曲「安らぎによせて」を聴いたときに私は嫌な予感を感じました。結果的に予想どうりとなってしみました。バーニーの脱退です。なんとなくグループから浮いているなという感じは前から持っていましたので、とうとうその時がきたのか、という感想でした。この5人のメンバーあってのイーグルスだという思いが強かったのでこのニュースはショックでした。確かこの情報が入ったのが1975年の12月だったと思います。その前にイーグルス来日公演が決まっていて、チケットも既に購入していて、バーニーが見られると喜んでいた最中でしたので、ショックもダブルでした。替わりのギタリストはジェイムス・ギャングのジョー・ウォルシュ(Joe Walsh)です。ジョー・ウォルシュはなじみのアーティストでジェイムス・ギャングやソロアルバムもよく聴いていたので違和感はありませんでしたが、イーグルスにあうのかな、という疑問符はつきました。

   

 1976年2月にイーグルスは来日しました。かすかな望は消えました。バーニーはいませんでした。それでもコンサートは充分楽しめました。ただ席が悪くよく見えませんでした。

その年にあの『Hotel California』がリリースされます。せっかくですから見開きジャケットと付属のポスターを。

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これはもう何も言うことが無いくらいの大ヒットアルバムになりました。タイトル曲や「New Kid In Town」「駆け足の人生(Life In The Fast Lane」「時は流れて(Wasted Time)」など名曲が揃います。しかしメンバー間の不協和音は収まりませんでした。バーニーに続きランディーも追い出される格好になりました。後任にはやはりポコのティモシー・シュミット(Timothy B. Schmit)が加わりました。

そして3年のブランクの後,、1979年に発表されたのが『The Long Run』でした。

このアルバムが実質上のラストアルバムになりました。正直かつてのイーグルスの勢いは感じられません。メンバーも何か疲れたような雰囲気さえ感じさせます。これは解散も近いかなと思ったら、案の定、翌年活動休止宣言、そして1982年に遂に解散宣言をしました。その間ライブアルバムが発表されます。

 

ロック界もHM/HRの全盛期を迎えつつあり、まして西海岸はL.Aメタルで一色になりつつありました。1960年代後半からアメリカを引っ張てきたウェストコースト・ロックの終焉を思わせるイーグルスの引退劇でした。そしてやがてHM/HRも退場しグランジオルタナへと。そして彼等もまた・・・

『時代は変わる』ディラン です。それでも変わらずにいいものはいい、のです。

バンドの方は1994年に解散時のメンバーで再結成し、活動していましたが。昨年、グレン・フレイの死去により再び解散しました。グレン・フレイ、67歳でした。早すぎた死でした。合掌。

これは94年、再結成時に出された新曲4曲とライブの組合せという珍しいアルバムです。

 

渋めの曲を。


Eagles - 'Doolin' Dalton' (lyrics in description)


Eagles - 'After the Thrill is Gone' (lyrics in description)

 

それでは今日はこの辺で。また3000字を超えてしまいました。