Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

『クリムゾン・タイド(Crimson Tide)』ってなんだっけ?

例によってレコード棚を物色していたらクリムゾン・タイド(Crimson Tide)なるバンドのレコードが2枚出て来ました。

はて、これはなんだっけ?と、いろいろ思い出してみましたが、買った経緯も良く思い出せません。年代は1978年と1979年です。

中身のクレジットを見て次第に思い出してきました。リード・ヴォーカルとギターを弾いているウェイン・パーキンス(Wayne Perkins,g,vo)はこれまでにさまざまなアーティストのセッションに参加しています。ちょっと名前を挙げるだけで、ロニー・マック、アルバート・キング、ドン・ニックス、マイク・ハリソン、J.D.サウザージョニ・ミッチェルレオン・ラッセルレヴォン・ヘルム等々。そしてローリング・ストーンズのアルバム『Black and Blue』、レーナード・スキナードの未発表曲集『First And ...Last』でもギターを弾いていました。

おそらくレーナード・スキナードのアルバムがきっかけで購入したものと思われます。それと雑誌での情報があったのでしょう。

 

メンバーは

ウェイン・パーキンス(Wayne Perkins,g,vo)

J.J.ジャクソン(J.J.Jackson,b,vo)

ボビー・デランダー(Bobby Delander,g,vo)

グレッグ・ストラウス(Greg Straus,key)

デール・パーキンス(Dale Perkins,ds,vo)

です。

 

ウェインの弟、デールが組んでいたバンドにウェインが参加したことによって結成されバンドらしいです。なにしろ情報が全くありません。レコードも外国盤で解説無しです。ネットで「Crimson Tide」を検索しても出てくるのは映画の「クリムゾン・タイド」ばかりです。

 

ファーストアルバムが1978年にキャピトルからリリースされました。

タイトルはそのまま『Crimson Tide』です。

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ゲストプレイヤーとしてノートンバッファロー(Norton Buffalo,harmonica)リチャード・ウルフ(Richard Wolf,p)が加わっています。

プロデュースはカーター・ランディス(Carter Landis)リチャード・ランディス(Richard Landis)です。

 

忘れているくらいですから、大したことはないだろうと思っていましたが、聴いてみてびっくりです。元気いっぱいのロックンロールあり、ブギありで、まさに正統派ロックです。これは拾い物です。おそらく一度も張りを落としていなかったのではないでしょうか。さもなければ、当時はつまらなかったのかもしれません。人間の好みなど、時とともに変わりますから。

 

続いてセカンドアルバムは『Reckless Love』です。

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このアルバムにもリチャード・ウルフが参加しており、ほとんどの曲をウェイン・パーキンスと共作しています。

プロデュースはなんとブッカー・T.MGsのティーヴ・クロッパー(Steve Cropper)ドナルド・ダック・ダン(Donald"Duck"Dunn)です。

 

これまた前作に引けをとならい出来です。元気のよいサザンロックです。

 

しかし、バンドは何故かこの2枚で解散してしまいます。ウェイン・パーキンスはその後もセッションミュージシャンとして活躍します。ロジャー・マッギン、ストーンズ、ジェリー・ジェフ・ウォーカー、フランキー・ミラー、グレン・フレイ等々、数え切れません。

そして1995年に待望のソロアルバムをリリースします。『Mendo Hotelです。

ギターからベース、ドラム、キーボード、ヴォーカルをこなしています。もちろんゲスト陣も多彩でロニー・マックも参加しています。

 

それにしてもこれだけのバンドがたった2枚で解散とはもったいないことをしました。

 

私ももう新しいCDとか購入するのをやめてレコード棚から聴いていないものを引っ張り出して聴いた方が経済的かもしれません。そろそろ終活です。

 

ネットで調べても出て来ませんでしたが、なんとYou Tubeにありました。たった2つでしたが、貴重です。


The Crimson Tide Band - Part 1 of 3 - Tracks from their Debut Album: Crimson Tide


The Crimson Tide Band - Part 2 of 3 - Tracks from the Reckless Love Album

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚 『ジミー・バフェット(Jimmy Buffett)/Changes in Latitudes, Changes in Attitudes』

日本ではあまり知られていませんが、本国アメリカではミュージシャンとしてだけではなく、ビジネスマン、俳優、作家としても有名なジミー・バフェット(Jimmy Buffett)です。

 

彼は1946年生まれのミシシッピ州パスカグーラ出身です。大学では歴史学を学び、この頃ギターを覚えました。卒業後はナッシュビルビルボードで数年間働きました。

 

1960年代の後半に音楽活動を始め、1970年にファーストアルバム『Down To Earth』をリリースします。

Down to Earth

カントリー、フォーク、ポップスを取り混ぜたアルバムでした。

この頃ジェリー・ジェフ・ウォーカーと知り合い、キーウエストへ引っ越します。

 

その後順調にアルバムを出し続けます。そして7枚目となるスタジオアルバムがヒットしました。『Changes in Latitudes, Changes in Attitudes』です。

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Side A

1.Changes in Latitudes, Changes in Attitudes

2.Wonder Why We Ever Go Home

3.Banana Republics

4.Tampico Trauma

5.Lovely Cruise

 

Side B

1.Margaritaville

2.In the Shelter

3.Miss You So Badly

4.Biloxi

5.Landfall

 

この頃にはすでに彼はコーラル・リーファー・バンド(The Coral Reefer Band)というバンドを組んでいました。この時のバンドのメンバーは

ジミー・バフェット(Jimmy Buffett – vo,g)

グレッグ・テイラー(Greg "Fingers" Taylor – harmonica)

マイケル・アトリー(Michael Utley – g,organ, p)

ハリー・デイリー(Harry Dailey,b)

ニース・バトレイ(Kenneth "Barfullo" Buttrey,ds)"

マイケル・ジェフリー(Michael Jeffry, g)

ロジャー・バレット(Roger Bartlett,g)

ファレル・モリス(Farrell Morris,perc)

ビリー・パレット(Billy Puett,recorder,flute)

です。

プロデュースはノバート・プットナム(Norbert Putnam)です。

 

この中のシングル「Margaritaville」ビルボードの8位、アダルト・コンテンポラリー部門では1位を獲得しました。アルバムの方も12位、カントリー部門では2位になりました。

A-3はスティーヴ・グッドマン、B-4はジェシ・ウィンチェスターのカバーですが、その他はオリジナルです。

 

全体的に穏やかなカントリーロックです。なかにロック色の若干強い曲もありますが、ゆったりと聴けるアルバムになっています。

 

その後もジミーは数え切れないくらいのアルバムをリリースし、音楽面でも大成功した一人になっています。

 

彼は作家としても3作のNo.1ベストセラーを出しています。それまでノンフィクションとフィクション部門両方でNo.1を獲った作家はヘミングウェイスタインベックなど6人しかいなかったそうです(ウィキペディアより)。

 

また実業家としても、彼のヒット曲にちなんだマルガリータヴィルとチーズバーガー・イン・パラダイス・レストラン経営やビールの生産などにも手を出しているようです。今では大金持ちになっているようです。

 


Jimmy Buffett Margaritaville with Lyrics in Description


Jimmy Buffett Tampico Trauma with Lyrics in Description


Jimmy Buffett Changes in Latitudes, Changes in Attitudes with Lyrics in Description

一発屋、ディック・セント・ニクラウス(Dick St.Nicklaus)の『マジック』

1979年か80年頃頃だったでしょうか。関西からある一人のシンガーの曲が売れ始めました。ラジオからは始終流れ始め、街中でも色々な店で聴かれるようになりました。確かにいい曲でした。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)人気が盛り上がっている頃でした。

歌手の名前はディック・セント・ニクラウス(Dick St.Nicklaus)、曲の名前は「マジック(Magic)」です。

これは、当時の流行のまさにAORでした。アルバム名も『マジック(Magic)』でした。

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Side A

1.Magic

2.Help Yourself 

3.What's the Reason

4.Can't Give Up

5.Our Goodbye

 

Side B

1.Born To Love You

2.Sad Price To Pay

3.She's My Music

4.Changing

 

レコーディング・メンバーは

ディック・セント・ニクラウス(Dick St.Nicklaus,vo,key,synthe,g)

リランド・スクラ―(Leland Sklar,b)

ティーヴ・シェーファー(Steve Schaeffer,ds)

ミッチ・ホルダー(Mitch Holder,g)

ビル・メイズ(Bill Mays,key)

ジェイムス・ホーン(James Horn,sax)

ベルトン・レイ・バンチ(Velton Ray Bunch,key,Orchestrated)

その他ホーンセクション、バック・ヴォーカルなど多数。

 

プロデュースはディック・セント・ニクラウスベルトン・レイ・バンチです。

 

ディック・セント・ニクラウスという人は当時のプロフィールを見てもワシントン州のヤキマの出身ということぐらいしかわかっていません。年齢不詳。

1960年代には「ルイルイ」のヒットで有名な『キングスメン(The Kingsmen)』にドラマーとして在籍していたということですが、キングスメンのメンバークレジットを見るとドラマーはディック・ピーターソン(Dick Peterson)となっています。この両者は同一人物なのでしょうか。謎です。

 

レコードの方はというと、何といってもA面1曲目の「マジック」が最高です。哀愁漂うメロディーとテンポの良いリズム。もちろんこの曲が目的で買ったのですが、予想外に他の曲もいい曲が揃っています。

A-3、A-5、B-4のバラードなどは絶品です。当時のAORを代表する様なサウンドです。AORに向かったボズ・スキャッグスのようです。

 

その後来日公演もしたと思います。しかし、彼の人気は日本のみだったようです。本国のアメリカではほとんど売れなかったようです。

この翌年には2枚目のアルバムが日本だけで発売されたようですが、鳴かず飛ばずのようでした。一発屋と言っては失礼かもしれませんが、その通りだったと思います。しかしこのアルバムは捨てたもんじゃありませんでした。

 

 

マジック(期間生産限定盤)

マジック(期間生産限定盤)

 

 

 


DICK ST. NICKLAUS - Magic


Dick St. Nicklaus - What's The Reason


Dick St. Nicklaus - Our Goodbye


Dick St. Nicklaus - Born To Love You (1979)

 

 

それでは今日はこの辺で。

溢れる愛『ニコレット・ラーソン(Nicolette Larson)』

多くのミュージシャンに愛されながらも、1997年、45歳の若さで亡くなったニコレット・ラーソン(Nicolette Larson)。誰もが彼女の死を悼みました。

 

ニコレットは1952年、モンタナ州ヘレナで生まれ、カンザスシティで育ちました。1975年頃から歌手活動を始め、コマンダー・コディのレコーディングに参加しました。その後、ガイ・クラークホイト・アクストンゲイリー・スチュワートジェシ・ウィンチェスタージェシ・コリン・ヤングエミル―・ハリスニール・ヤングなどのレコーディングにバックヴォーカルとして参加しました。

1978年にドゥービー・ブラザースのアルバム『Minute by Minute』に参加して、プロデューサーのテッド・テンプルマンと知り合い、これがきっかけでワーナー・ブラザースとの契約が成立しました。

そして1979年みファーストソロアルバム『Nicolette(愛しのニコレット)』をリリースします。

この中のニール・ヤングのカバー、「Lotta Love(溢れる愛)」が全米8位となる大ヒットになります。このアルバムにはリトル・フィートやドゥービー・ブラザースのメンバー、さらにリンダ・ロンシュタッドなど豪華なメンバーがバックを務めました。プロデュースはもちろんテッド・テンプルマンでした。

 

翌年にはセカンドアルバム『In the Nick of Time(愛の季節)』をリリースします。

この中ではドゥービーのマイケル・マクドナルドとのデュエット「Let Me Go, Love(愛にさよならを)」が全米35位とヒットしますが、前作ほどのヒットにはなりませんでした。

 

その後1980年に『Radioland』を発表、1982年には『All Dressed Up & No Place to Go(天使のように)』をそれぞれ発表しますが、全米62位、75位とデビュー当時の勢いはなくなりました。

 

『All Dressed Up & No Place to Go(天使のように)』ではアンドリュー・ゴールドをプロデューサーに起用しますがヒットには至りませんでした。

 

その後、ニコレットワーナー・ブラザースを去り、MCAレコードに移籍し、カントリーに転身します。そして1985年にアルバム『...Say When』をリリースします。

 このアルバムはビルボードのカントリー・チャートの40位になりました。

 

その後アルバムを2枚リリースし、セッションドラマーとして有名なラス・カンケル(Russ Kunkel)と結婚し、ソロ活動は休止し、ニール・ヤングのレコーディングなどに参加していました。

1994年には子供向けの子守唄アルバム『Sleep, Baby, Sleep』を発表しました。

このアルバムはかつての恋人、アンドリュー・ゴールドがプロデュースしデヴィッド・クロスビーやグラハム・ナッシュ、リンダ・ロンシュタッドも参加しました。ここではニコレットも曲を書いています。

 

しかし、1997年、脳浮腫により亡くなりました。享年45歳でした。

彼女の死を悼み、1998年に追悼コンサートが開かれました。ここには生前親交があった多くのミュージシャンが駆け付けました。

キャロル・キングダン・フォーゲルバーグ、エミルー・ハリス、リンダ・ロンシュタッド、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、スティヴン・スティルスジョー・ウォルシュジャクソン・ブラウンボニー・レイットリトル・フィートの面々、ジミー・バフェット、クレイグ・ダージ、マイク・フィニガン、リッチー・ヘイワード、ジェラルド・ジョンソン、リランド・スクラ―、ワディ・ワクテル、その他大勢、そしてラス・カンケル。

 

この模様は後にCD化されました。『Tribute to Nicolette Larson: Lotta Love Concert』です。

 

これを聴いていると、彼女がいかに愛されていたかが伝わってきます。

 


NICOLETTE LARSON - Lotta Love (1978) (HD)


Nicolette Larson & Michael McDonald - Let me go love


Nicolette Larson - French Waltz

 

 

それでは今日はこの辺で。

プレスリーに感謝!『トニー・ジョー・ホワイト(Tony Joe White)』

1970年、私が高校生の頃、エルヴィス・プレスリーの復活映画『エルヴィス・オン・ステージ』を観ました。

lynyrdburitto.hatenablog.com

その映画の中でプレスリーが歌っていた「ポーク・サラダ・アニー」という曲が歌も振りもカッコよくて、魅入られてしまいました。

そしてこの曲はいったい誰の曲だろうと、色々調べた結果(当時はそれほど情報がありませんでした)、トニー・ジョー・ホワイト(Tony Joe White)という人の曲だということが分かりました。

 

これは一度本家の曲を聴いてみたいとなり、早速レコード屋に行きましたが、田舎町のレコード屋にそんなものは置いてありません。注文してもよかったのですが、そんな金もなく、ましてや日本盤が出ているのかもわかりませんでした。ラジオでもかかりません。ましてやYou Tubeなどありません。やむなく諦めました。

 

そして大学に入学して東京に上京してからは中古レコード漁りの毎日で、ようやくトニー・ジョー・ホワイトのレコードを見つけました。しかも「ポーク・サラダ・アニー」が入っています。ラッキーでした。それがこのレコードです。中古で多少汚れていますが音は大丈夫です。タイトルは『BLACK AND WHITE』です。1969年リリースのファーストアルバムです。

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Side A

1.Willie and Laura Mae Jones

2.Soul Francisco

3.Aspen Colorado

4.Whompt Out On You

5.Don't Steal My Love

6.Polk Salad Annie

 

Side B

1.Who's Making Love

2.Scratch My Back

3.Little Green Apples

4.Wichita Lineman

5.Look of Love

 

メンバーは

トニー・ジョー・ホワイト(Tony Joe White,vo,g,harmonica)

ノバート・プットナム(Nobert Putnam,b)

デヴィッド・ブリッグス(David Briggs,p,organ)

ジェリー・カーリガン(Jerry Carrgan,ds)

チップ・ヤング(Chip Young,g)

 

プロデュースはビリー・スワン(Billy Swan)です。

 

早速、念願の「ポーク・サラダ・アニー」を聴きました。正直言って拍子抜けしました。プレスリーのイメージが強すぎて、淡々と歌うトニー・ジョーは期待外れでした。

 

しかし何度か聴いているうちにじわじわとその良さが分かってきました。あ~、なるほどこれがスワンプ・ミュージックだなと思わされました。それまでスワンプと言えば、デラニー&ボニーやレオン・ラッセルあたりしか聴いていませんでしたから、さらに渋さを増したトニー・ジョーのスワンプは新鮮でした。低音で渋めのヴォーカルは嵌ると病みつきになります。

 

このアルバムはA面がオリジナルでB面がカバー曲になっています。

A-1はダスティ・スプリングフィールドがアルバム『Dusty In Memphis』で取り上げています。その他にも多くのミュージシャンにカバーされています。

A-3はブルック・ベントンがカバーしています。ブルック・ベントンはやはりトニー・ジョーの曲で「雨のジョージア」をヒットさせました。

B-1はジョニー・テイラーのヒット曲。

B-3はロジャー・ミラーのヒット曲。

B-4はグレン・キャンベルのヒット曲。

B-5はバート・バカラックの曲でダスティ・スプリングフィールドは映画『007カジノ・ロワイヤル』の中で歌った曲です。

 

トニー・ジョー・ホワイトはこの後もコンスタントにアルバムをリリースしてきました。私も何枚か買いましたが、何故かこのアルバムが一番気に入っています。

このアルバムとの出会いを導いてくれたエルヴィス・プレスリーに感謝です。

 

あと1枚挙げるとすると1971年の『Tony Joe White』でしょうか。

Tony Joe White

 

なお、トニー・ジョー・ホワイトは最新アルバムをリリースした直後、2018年10月24日、心臓発作で亡くなっています。

心よりご冥福をお祈りします。合掌。

 

Black & White

Black & White

 

 


Tony Joe White Polk Salad Annie Original B&W


Tony Joe White - Willie and Laura Mae Jones


Tony Joe White - Soul Francisco

 

プレスリー版を。今見るとちょっとおかしいかな。


Elvis Presley - Polk Salad Annie Live (High Quality)

 

それでは今日はこの辺で。

映画『フェスティバル・エクスプレス』を観る

昨日のキネ旬シアターは『フェスティバル・エクスプレス』でした。

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監督:ボブ・スミートン

出演者:下記

制作:2003年 イギリス、オランダ

 

この映画については既にDVDも所有しており、何度か観ていました。大画面・大音量で聴いてみたくなり足を運びました。

 

1970年、参加したロック・ミュージシャンンを乗せた列車がカナダを横断しました。5日間に渡って、ミュージシャンたちは列車の中で寝起きし、立ち寄ったところでコンサートを開きました。トロントからウィニベグ、そして最終目的地のカルガリーまでの長い旅でした。

列車の中でのリラックスしたセッション風景も見物です。各バンドのメンバーが入り乱れてセッションを繰り広げます。

そして和やかな会話やふざけ合う姿が面白い。

 

出演者は

ジャニス・ジョプリン

グレイトフル・デッド

ザ・バンド

バディ・ガイ

フライング・バリット・ブラザーズ

ラニー&ボニー&フレンズ

バディ・ガイ

イアン&シルヴィア&グレイト・スペックルド・バード

マッシュ・マッカーン

シャ・ナナナ

となっていますが、ライブ映像が無いグループもあります。

 

ジャニス・ジョプリンは「Cry Baby」「Tell Mama」「Me&Bobby McGee」(歌のみ)

グレートフル・デッドは「Casey Jones」(歌のみ)「New Speedway Boogie」

ザ・バンドは「Slippin'&Slidin'」「The Weight」「I Shall Be Released」

バディ・ガイは「I Can't Do It Baby」(車内)「Money」

フライング・ブリトー・ブラザースは「Lazy Day」

シャナナは「Rock&Roll is here to stay」

 

映画のオープニングはグレイトフル・デッドの「Casey Jones」です。但しこの曲は映像はありません。この時期はすっかりカントリー・バンドでした。「New Speedway Boogie」でのガルシアの天にも昇るようなギターの音色はいつ聴いてもすぐわかります。車内でのバディ・ガイのヴォーカルにはブルースギターで合わせています。ジェリー・ガルシアはもういません。

 

ザ・バンドのロビー・ロバートソンの背広姿に丸メガネが印象的でした。リック・ダンコはジャニスとデッドのメンバーとのセッションで、ハイテンションでヨレヨレになっていました。

大学生時代の定期試験で、何の科目かは忘れましたが、授業などろくに出ていないので、さっぱり問題が解けません。全く白紙で出すのも癪に障るので、「I Shall Be Released」の歌詞を全部書いて提出しました。結果は何と「良」でした。昔は粋な先生がいたのです。そんなことをバンドの演奏を聴きながら思い出しました。ちゃんと英語の歌詞を3番まで覚えていたのです。これも大したもんだと褒めてあげましょう。

 

フライング・バリット・ブラザースはグラム・パーソンズが脱退した直後と思われ、彼の姿はありませんが、バーニー・レドンの動く姿が見られます。スヌーキー・ピートやクリス・ヒルマンも写っています。これも貴重です。

 

ジャニス・ジョプリンも明るく笑う姿が印象的でしたが、このツアーの数か月後に亡くなります。ライブ映像は『ジャニス』に使われていたものと同じものがあります。先週、ドキュメンタリー映画を観たばかりのジャニス。こんなに元気だったのに残念です。彼女の鬼気迫る歌はもう生では聴けません。

 

バディ・ガイはそのド迫力のブルースギターとヴォーカルが圧巻です。バディも若かった。

 

日本では「霧の中の二人」のヒットで有名なマッシュマッカーン。動く姿が見られるのは貴重です。

 

イアン&シルヴィアのバックバンドはグレイト・スペックルド・バードでエイモス・ギャレットの雄姿が見られるのは嬉しい。

 

シャ・ナ・ナはウッドストックにも登場していました。明るく陽気なロックンローラーです。

 

エンディングロールはデッドの子分、ニューライダース・パープル・セイジです。

 

 

1970年というとウッドストック・フェスティバルの翌年です。ロック・ミュージックが反体制的な若者の音楽というイメージから商業主義的な音楽ビジネスへと変貌していく転換点がちょうどこの頃だったような気がします。フィルモアのビル・グラハムもそんなロック・ビジネスに嫌気がさし、やがてフィルモアを閉鎖します。

この映画でも、若者たちが入場料を取るなどけしからんと、一部で暴動が起きています。ジェリー・ガルシアが特別にフリーコンサートを開催することを提案して何とか収めます。

この映画に映し出される光景は、そんな時代の貴重な映像です。

 

家のビデオと違って音響がいいので楽しめました。やっぱり映画は映画館ですね。

 


フェスティバル・エクスプレス(字幕版)

 

リック・ダンコとジャニスとデッドの面々


Rick Danko, Janis, Marmaduke, Jerry and Bobby - Ain't No More Cane (Live 1970)


New Speedway Boogie - Grateful Dead - Festival Express (1970)


Janis Joplin - Cry baby live (Festival express 1970)


'' the flying burrito brothers.'' - lazy days - film 1970.


The Band - The Weight (Festival Express) HD


Buddy Guy ~ Money (That's What I Want) |.| Festival Express

 

 

それでは今日はこの辺で。

 

キング・クリムゾンの落し物『マクドナルド&ジャイルズ(McDonald & Giles)』

キング・クリムゾン(King Crimson)の創設メンバーだったマイケル・ジャイルズ(Michael Giles,ds)イアン・マクドナルド(Ian McDonald,key)は世紀の傑作クリムゾン・キングの宮殿(In the Court of the Crimson King)』を発表後、脱退を表明します。理由は音楽性の違いということでした。

 

元々キング・クリムゾンロバート・フィリップ(Robert Fripp,g)とマイケルとピーター・ジャイルズ(Peter Giles,b)にイアン・マクドナルドと作詞のピート・シンフィールド(Pete Sinfield)と女性ヴォーカルのジュディ・ダイブル(Judy Dyble,vo)が加わって結成されましたが、すぐにジュディがフェアポート・コンヴェンションに参加、代わりにグレッグ・レイク(Greg Lake,vo,b)が加わってスタートするもピーター・ジャイルズが脱退、結局5人でファーストアルバムを完成させました。

 

バンドを去ったイアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズでしたが、契約の関係でセカンドアルバム『ポセイドンのめざめ(In the Wake of Poseidon)』のレコーディングにもピーター・ジャイルズと共に参加しなければなりませんでした。

 

その後イアンとマイケルは新しいグループの結成に動きます。そしてマクドナルド&ジャイルズ(McDonald & Geils)を結成しました。

 

そしてアルバムを制作します。ピーター・ジャイルズももちろん参加します。さらにトラフィックスティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood,organ,p)も参加しました。

出来上がったのがアルバムマクドナルド&ジャイルズ(McDonald & Geils)』でした。1971年でした。

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Side A

1.Suite in C(Including Turnham Green, Here I Am And Others)

2.Flight Of The Ibis

3.Is She Waiting?

4.Tomorrow’s People-The Children Of Today

 

Side B

1.Birdman

 

プロデュースは2人によるものです。

 

A-4はマイケル・ジャイルズの作詞・作曲です。

その他は全てイアン・マクドナルドの手によるものです。

B-1の作詞はピート・シンフィールドでクリムゾン時代の詩です。

 

A-2はセカンドアルバムに収められた「Cadance And Cascade」の原曲になります。

 

スティーヴ・ウィンウッドはオルガンで参加していますが、A-1のTurnham Greenでのピアノソロはスティーヴです。

 

どうしてもキング・クリムゾンと比較してしまいますが、A-1の11分に及ぶ長尺曲もジャジーでクリムゾンにはないゆったりとした感覚が楽しめます。

 

全体的にジャジーな雰囲気とブリティッシュ・フォークを感じさせる、凄く落ち着いたアルバムになっています。

 

個人的にはプログレはあまり進んでは聴きませんが、このアルバムを買った理由はスティーヴ・ウィンウッドのクレジットを見たからです。同じアイランドレコードなので参加しても不思議ではありませんが、意外なところで彼の名前を見つけて、思わず買ってしまったというレコードです。

実際聴いてみると、ジャジーな雰囲気とブリティッシュ・フォークはもともと好きでしたので気に入りました。トラフィックも1970年にアルバム『John Barleycorn Must Die』でブリティッシュ・フォークを取り上げていました。

 

しかし、この後イアン・マクドナルドは恋人との別れで精神に異常をきたし、活動停止を余儀なくされました。その後精神療法で立ち直り、セッションマンを経てフォーリナーを結成しました。しかし、これも3枚でバンドを辞め、その後はソロアルバムや21ST CENTURY SCHIZOID BANDを結成して活動しています。

ジャイルズ兄弟もセッションマンとして活動しています。

 

キング・クリムゾンのその後のメンバー変遷の激しさからも、このごく初期の2人のメンバーの脱退は影響が大きかったと想像できます。そして2人が作ったこのアルバムはキング・クリムゾンの落とし物だったのではないでしょうか。

 

 


McDonald and Giles "Flight Of The Ibis"


McDonald and Giles "Is She Waiting?"


McDonald and Giles "Tomorrow's People - The Children Of Today"

 

それでは今日はこの辺で。