Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

この人の、この1枚『ピーター・トッシュ(Peter Tosh)/解禁せよ(Legalize It)』

今日の「この人の、この1枚」はピーター・トッシュ(Peter Tosh)『解禁せよ(Legalize It)』です。

 

レゲエ・ミュージシャンはこれまでボブ・マーリー(Bob Merley)ジミー・クリフ(Jimmy Cliff)と書いてきたので、ピーター・トッシュのことを書かないわけにはいきません。

 

ピーター・トッシュは1944年、ジャマイカ生まれ。キングトン市のスラム街で育ちました。1962年にボブ・マーリーバーニー・ウェイラー(Bunny Wailer)と共にウェイリング・ウェイラーズ (The Wailing Wailers)を結成します。当初は5人組でしたが、結局3人になってしまいます。1964年にはヒット曲も飛ばしてました。

やがてバンド名もウェイラーズとなり、1972年にはアイランドレコードと契約を結びました。アルバムも『キャッチ・ア・ファイアー』『バーニン』と傑作アルバムをリリースしました。ピーターとバーニーはレコード会社の方向性に反発しバンドを脱退してしまいます。この後もウェイラーズはボブ・マーリーが新メンバーを集め続行します。

 

独立したピーター・トッシュは自身のレーベルを立ち上げ、1976年にファースト・アルバム『解禁せよ(Legalize It)』をリリースします。

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Side A

1.Legalize It

2.Burial

3.What'cha Gonna Do?

4.No Sympathy

5.Why Must I Cry

 

Side B

1.Igziabeher (Let Jah Be Praised)

2.Ketchy Shuby

3.Till Your Well Runs Dry

4.Brand New Second Hand

 

パーソナルは

Peter Tosh – guitar, keyboards, vocals

Al Anderson – guitar

Aston Barrett, Robbie Shakespeare – bass guitar

Carlton "Santa" Davis, Carlton Barrett – drums

Tyrone "Organ D" Downie – keyboards

Donald Kinsey – guitar

Robbie "Ras" Lee – harmonica

Rita Marley – background vocals

Judy Mowatt - background vocals

Bunny Wailer – background vocals

 

プロデュースはピーター・トッシュです。

 

ピーター・トッシュはラスタファリ運動の主導者です。ラスタファリとはジャマイカにおける宗教思想運動ですが、大麻を神聖な植物とします。このアルバムのジャケットはピーターが大麻畑で大麻を吸っている写真です。そして1曲目の「解放せよ」は大麻を解禁せよということです。全曲とも過激なアルバムです。

 


Legalize it- Peter Tosh (Lyrics)


Peter Tosh - Burial


Peter Tosh - Whatcha gonna do


Peter Tosh - Igziabeher (Let jah be praised)

 

 それでは今日はこの辺で。

 

この人の、この1枚『パブロ・クルーズ(Pablo Cruise)/絆(Lifeline)』

今日の「この人の、この1枚」はパブロ・クルーズ(Pablo Cruise)『絆(Lifeline)』です。

 

パブロ・クルーズは1973年にサンフランシスコで結成されたバンドです。メンバーはストーングラウンド(Stoneground)の元メンバー、デヴィッド・ジェンキンス(David Jenkins,vo,g)、コーリー・レリオス(Cory Lerios,key,vo)、スティーヴ・プライス(Steve Price,ds)の3人とイッツ・ア・ビューティフル・デイ(It's A Beautiful Day)バッド・コックレル(Bud Cockrell, b, vo)でした。

 

lynyrdburitto.hatenablog.com

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これらサンフランシスコのバンド出身からできたバンドですから当然シスコサウンドを期待しました。

当時はウェストコースト・サウンドと言っても、まだまだサンフランシスコとロサンゼルスでは音楽性が違っていて、ビジネスにおける方向性も違っていました。

 

ストーングラウンドもイッツ・ア・ビューティフル・デイもサンフランシスコで育ったバンドで、どちらかというとライヴ志向でアルバム志向のバンドです。パブロ・クルーズはそこから生まれたバンドですから、当然そちら方面の音を期待したわけです。

 

そんな中、1975年にファースト・アルバムが発表されました。『Pablo Cruise』です。さっそく買って聴きました。

おやおや、この音はロスの音に近いな、いよいよシスコサウンドも変革期を迎えたか 、との第1印象でした。

 

そして翌年、セカンド・アルバム『絆(Lifeline)』がリリースされました。

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Side A

1.Crystal

2.Don't Believe It

3.Tearin' Down My Mind

4.(I Think) It's Finally Over

5.Lifeline

 

Side B

1.Zero To Sixty In Five

2.Look To The Sky

3.Never See That Girl Enough

4.Who Knows

5.Good Ship Pablo Cruise

 

メンバーは変わらず

デヴィッド・ジェンキンス(David Jenkins, g, harmonica, vo, b)

ティーヴ・プライス(Steve Price, perc, ds)

バッド・コックレル(Bud Cockrell, b, vo)

コーリー・レリオス(Cory Lerios, p, key, Synthe, vo)

 

アディショナルで

ジェフリー・パーマー(Geoffrey Palmer, sax)

ティーヴ・フレディアニ(Steve Frediani, sax)

アンドリュー・ゴールド(Andrew Gold,g, vo)

ダン・ダグモア(Dan Dugmore, pedal steel guitar)

 

アンドリュー・ゴールドはまだ売れていなかったかもしれません。

 

プロデュースはヴァル・ガレイ(Val Garay)です。

 

サウンドは前作の延長戦上で、ロック色は強くなったものの、後のAORに通じるような、そしてロス・サウンドにちかい爽やかな音でした。

 

この2枚は商業的にはいまいちでした。売れ出したのはこの次からでした。

1977年にシングルWhatcha Gonna Do?ビルボードの6位とヒットし、アルバム『A Place in the Sun』も19位となりました。

続くWorlds Awayは前作を凌ぐ売れ行きを見せ、全米6位になり、シングルのLove Will Find a Way も6位に輝きました。

 

 

しかし、こともあろうにこの一番売れた2枚を私は買い逃しました。なぜだったのでしょう。あまり急に売れ出したから敬遠したのかもしれません。

 

そして、次のアルバムに手を出したのです。『Part of the Game』です。

この時は既にバッド・コックレルがバンドを去り、ブルース・デイ(Bruce Day,b)に代わっていました。

前作ほどではないにしても全米19位ですから売れました。しかし、音はすっかりあか抜けていました。

 

これで私のパブロ・クルーズの歴史は終わりました。

 

バンドは1983年のアルバムを最後に解散しました。時代はもはや旧来のサウンドを求めてはいませんでした。最後のアルバムはチャートインも果たせませんでした。

 

シスコもロスもない、ということを実感させられたバンドでした。

 


Pablo Cruise - Lifeline


Pablo Cruise - Look To The Sky


Pablo Cruise - Never See That Girl Enough

 

 

 それでは今日はこの辺で。

聴き比べ ボブ・ディラン(Bob Dylan)『くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right)』

今日の「聴き比べ」はまたまたボブ・ディラン(Bob Dylan)です。曲は『くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right)』です。

 

この曲も1963年のセカンド・アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン(The Freewheelin' Bob Dylan)』に収録された曲です。当初はピーター・ポール&マリーがヒットさせました。シングルの発売はほとんど同じ時期でした。ただ、ディランのシングルは「風に吹かれて」のB面でした。これも一種のラヴソングです。

 

Don’t Think Twice, It’s All Right

by  Bob Dylan

 

Well it ain't no use to sit and wonder why, babe

If'n you don't know by now

And it ain't no use to sit and wonder why, babe

It'll never do somehow

When your rooster crows at the break of dawn

Look out your window and I’ll be gone

You’re the reason I’m a-traveling on

But don’t think twice, it’s all right

 

And it ain't no use in turning on your light, babe

The light I never knowed

And it ain't no use in turning on your light, babe

I’m on the dark side of the road

But I wish there was something you would do or say

To try and make me change my mind and stay

But we never did too much talking anyway

But don’t think twice, it’s all right

 

 

So it ain't no use in calling out my name, gal

Like you never done before

And it ain't no use in calling out my name, gal

I can’t hear you anymore

I’m a-thinking and a-wondering, walking down the road

I once loved a woman, a child I’m told

I gave her my heart but she wanted my soul

But don’t think twice, it’s all right

 

So long, honey babe

Where I’m bound, I can’t tell

Goodbye's too good a word, babe

So I’ll just say fare thee well

I ain't a-saying you treated me unkind

You could've done better, but I don’t mind

You just kinda wasted my precious time

But don’t think twice, it’s all right

 

この曲も多くの人にカバーされました。

 

まずはオリジナルから。


Bob Dylan - Don't Think Twice, It's All Right (Audio)

 

PPM・バージョン。


Peter, Paul and Mary - Don't think twice, it's alright

 

大好きなロリー・ギャラガー(Rory Gallagher)もカバーしました。


Rory Gallagher - Don't Think Twice, It's All Right

 

エリック・クラプトン(Elic Clapton)がディランの30周年コンサートでカバーしました。


The 30th Anniversary Concert Celebration - Don't Think twice it's all right with E. Clapton

 

ディランとクラプトンの競演です。


E.Clapton - B.Dylan - Don't Think Twice, It's All Right - LIVE

 

それでは今日はこの辺で。

 

聴き比べ ボブ・ディランの『北国の少女(Girl from the North Country)』

今日の「聴き比べ」はまたしてもボブ・ディラン(Bob Dylan)です。曲は『北国の少女(Girl from the North Country)』です。

 

この曲はディランのセカンド・アルバム『フリー・ホイリーン(The Freewheelin' Bob Dylan)』に収録された曲です。ディランのラヴソングです。ここに書かれた女性は当時はジャケットの女性スーズ・ロトロではないかと言われていましたが、実際は誰だったのでしょう。どうでもいいことですが。

 

Girl from the North Country

by  Bob Dylan

 

If you’re travelin' the north country fair

Where the winds hit heavy on the borderline

Remember me to one who lives there

For she once was a true love of mine

 

If you go when the snowflakes storm

When the rivers freeze and summer ends

Please see if she has a coat so warm

To keep her from the howling winds

 

Please see if her hair hangs long

If it rolls and flows all down her breast

Please see for me if her hair's hangin' long

For that’s the way I remember her best

 

I’m a-wondering if she remembers me at all

Many times I’ve often prayed

In the darkness of my night

In the brightness of my day

 

So if you’re travelin' the north country fair

Where the winds hit heavy on the borderline

Remember me to one who lives there

For she once was a true love of mine

 

この曲も多くの人にカバーされました。

 

まずは本人歌唱から。オリジナル盤で。


Girl From The North Country

 

1969年にはジョニー・キャッシュ(Jonny Cash)とのデュエットをアルバムナッシュビルスカイライン(Nashville Skyline)』に収めました。声が全く変わったのでびっくりしました。


Bob Dylan - Girl from the North Country (Audio)

 

ライヴから。トム・ぺティと。


Bob Dylan - Girl from the North Country (Live)

 

ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)がファースト・アルバムでカバー。まだ弾き語りの時代です。


Boz Scaggs - Girl From The North Country (1965)

 

ジョー・コッカー(Joe Cocker)マッドドッグス&イングリッシュ・マンでカバー。レオン・ラッセル(Leon Russel)とのデュエットです。


JOE COCKER /// 10. Girl From The North Country - (Mad Dogs & Englishmen) - (1970)

 

ロッド・スチュワート(Rod Stewart)がアルバム『Smiler』でカバー。


Girl From The North Country

 

ボブ・ディランもご多分に漏れず大量の未発表音源が発売されています。その中にもこの曲の別バージョンがたくさん収められています。『ブートレグ・シリーズ』を買い続けるだけでも大変な量です。ディラン・マニアは当然ながら買い続けるのでしょう。

 

それでは今日はこの辺で。

 

小説『新月譚』を読む

久しぶりの読書記事です。貫井徳郎新月譚』です。

この作家の作品はもう何冊になったでしょう。結構な数を読みました。忘れないうちに書いておきます。

新月譚 (文春文庫)

新月譚 (文春文庫)

 

 

ザックリとしたあらすじです。

絶筆した売れっ子女流作家、咲良怜花にもう一度筆をとらせようと若い編集者が彼女を訪ねます。編集者は高校生の頃からの大の咲良怜花ファンでした。

咲良怜花は女は勿論、男までもが嫉妬する、超が付くほどの美人でスタイルも抜群。若くして文芸雑誌の新人賞を受賞。しかし、その小説の内容は平凡でした。ところが3作目から全く作風が変わったのでした。それからは数々の文学賞を総なめにし、超人気作家に上り詰めました。そして突然の絶筆。編集者は作風の変化と絶筆した理由を知りたくて尋ねるのでした。すると彼女はある理由から、思いがけなく自分の半生を語りだすのでした。

 

咲良怜花、本名は後藤和子。外見に自信が持てず、性格も暗く人前に出るのが苦痛な、コンプレックスの塊のような女性でした。短大を卒業して名の知れた企業に就職しますが、人間関係に嫌気がさしすぐに退社。新たに就職活動をします。今度は人間関係に煩わされない小さな会社を選び面接に向かいました。その会社の社長が直接面接し、思いがけず気に入られ即採用となりました。

そして一回り年の違うこの社長・木ノ内徹と想像もしなかった恋愛関係に落ちることによって和子の人生は思わね方向に向かうことになるのです。

 

木ノ内は次々と女をつくるなど不誠実極まりないのですが、それ以上にやさしいのです。和子の長所を褒めちぎります。そして和子の能力を認めてくれるのたった一人の男でした。これから30年近く付き合いは続くのです。次々と女を作っては別れますが、和子とだけは別れようとしません。この間、木ノ内は2度結婚します。一人目は和子の高校時代の親友でした。木ノ内との関係を相談をするうちに親友が木ノ内に興味を持ち近寄り横取りしたのです。そして子供が出来たと結婚してしまいます。木ノ内は謝りますが、さすがにこれには耐えきれず会社も辞め木ノ内とも別れました。

 

すべての不幸の原因はこの顔だ、と整形手術を受ける決心をし、見違えるほどの美貌を手にいれました。しかし世間の目は冷たいものでした。あまりの美しさに敵意を持った目で見られるようになりました。恋人と親友を失い孤独になった和子は本を読むことが唯一の趣味だったことから、自分にも出来そうだと思える小説を書き始めます。そして思わぬ新人賞を受賞します。木ノ内が連絡してきました。べた褒めしてくれました。付き合いが再開します。整形後は名前も変え過去は一切封印します。ペンネームをつけてくれたのも木ノ内でした。過去を知っているのは木ノ内だけです。

 

木ノ内との関係を知った親友が和子を激しくなじり、付きまとうようになりました。親友は流産していたのです。止む無く木ノ内に相談すると、この結婚は失敗だったと認め、親友とはさっさと離婚しました。再び恋人同士に戻りました。しかし、再び木ノ内は結婚しました。今度は事業資金確保のための政略結婚でした。そしてやがて子供が出来ます。

 

それでも和子は木ノ内を繋ぎ止めるために小説を書き続けました。ただただ褒めてもらいたいために。そして常識に嵌まった作風に限界を感じ、自分の醜い心の部分、人間の負の部分に焦点を当てた小説を書き始めました。世間の評価など気にせずに書いてみようと。ところがこれが受けたのです。そして押しも押されね大作家に登り詰めました。有り余る金も手にはいりました。二人の不倫は続きました。

 

しかし、ある出来事により木ノ内が吐いた言葉によって28年間続いた二人の関係もあっけなく終わりがきました。和子はすべてを失い、そして筆を絶ちました。もう和子には小説を書く理由がなくなったのです。

 

最後のエピローグで咲良怜花がこの若い編集者に自分の半生を語った理由が判明します。意外なことでした。

 

木ノ内は「ひとたらし」、和子は「都合のいい女」と一見思われますが、実際はそんな生易しい関係ではありません。お互いが生きていくために必要な存在だったのです。和子は過去の人間関係を一切絶ち、ただ木ノ内との関係と小説を書くこと、咲良怜花にすがって生きています。一見弱そうでこんな強い人間はいないでしょう。そして、したたかに成長して行きます。

 

コンプレックスに苛まれた人間が、それを払拭する手段を見つけたときに、そこに注がれるエネルギーは、ある時は自分の想像を越えるものを造り出すのかもしれません。そしてそれを後押ししてくれる恋人がいたら・・・。

 

600ページ以上の小説でしたが一気読みでした。和子のけなげさと強さに切なくて悲しくて涙が溢れそうになりました。『新月』とは後藤和子自身のことです。存在が見えない我が身を例えたのでしょう。

 

読ませる作家です。この作家はサスペンス、ミステリーが多いのでこの小説もミステリーかと思って読み始めましたが意外でした。ただの恋愛小説とも違います。この前に読んだ『神のふたつの貌』はキリスト教の話でしたし、引き出しの多さに驚きます。

 

 

まったく支離滅裂な文章になってしまいました。これも興奮冷めやらねうちに書いた所以でしょう。凄い小説でした。

 

それでは今日はこの辺で。

 

この人の、この1枚『レオ・コッケ(Leo Kottke)/アイス・ウォーター(Ice Water)』

今日の「この人の、この1枚」はレオ・コッケ(Leo Kottke)『アイス・ウォーター(Ice Water)』です。

 

レオ・コッケは1945年、ジョージア生まれのギタリストです。小さいころからミシシッピジョン・ハートなどブルースを聴き影響を受けました。彼の左耳は爆竹の事故によって聴力を失っていましたが、天才的なギター・テクニックで音楽界に登場しました。

 

彼のデビューアルバムは1969年の『12 String Blues』でした。

そしてすぐに伝説のギタリスト、ジョン・ファヒイ(John Fahey)が設立したタコマ・レコードから『6 & 12 String Guitar』をリリースしました。全曲インストルメンタルです。

 

1970年にはセカンド・アルバム『Circle 'Round The Sun 』をリリース。

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さらに、レーベルをメジャーのキャピトルに移し、3枚目のアルバム『Mudlark』をリリースします。珍しくザ・バーズのカバーなどが収録されていました。

 

1972年には『Greenhouse』をリリースします。このアルバムはほとんど一人での演奏でヴォーカルが4曲入りました。

 

1973年には『My Feet Are Smiling』がリリースされます。これはライヴ盤です。生のギター・テクニックが聴かれます。

 

そして、1974年に『Ice Water』がリリースされました。

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Side A

1.Morning Is The Long Way Home

2.Pamela Brown

3.A Good Egg

4.Tilt Billings And The Student Prince

5.All Through The Night

 

Side B

1.Short Stories

2.You Tell Me Why

3.You Know I Know You Know

4.Born To Be With You

5.A Child Should Be A Fish

 

Leo Kottke - Guitar [6-String], Twelve-String Guitar, Vocals 

Bill Peterson - Bass

Cal Hand - Dobro, Steel Guitar

Bill Berg - Drums, Percussion 

Bill Barber - Piano 

 

プロデュースはデニー・ブルース(Denny Bruce)です。

A2はトム・ホールの曲で、これがレオ・コッケの唯一のヒットシングルでした。この曲のお陰かどうか、アルバムも全米で69位になりました。

B2はボー・ブラメルズロン・エリオットの曲です。

 

このアルバムは10曲中6曲がヴォーカル入りです。珍しいです。個人的にはありがたいです。全曲アコースティック・ギターのインストは正直私には辛いところがあります。このアルバムのようにバックの演奏が入り、ヴォーカルも少し入ると、ぐっと聴きやすくなります。ただし、そのヴォーカルは賛否別れるところでしょう。

 

その後のレオ・コッケは順調に活動を続け、アルバムも定期的にリリースしていました。1980年代に入ると、指の腱鞘炎に悩まされ、ギターの奏法を変えざるを得なかったようです。それでも休みながらも音楽活動は続けています。

 


Leo Kottke - Morning Is The Long Way Home


Leo Kottke - Pamela Brown


Leo Kottke - You Tell Me Why

 

 

それでは今日はこの辺で。

この人の、この1枚『ライトハウス(Lighthouse)/ライヴ!(Live !)』

今日の「この人の、この1枚」はライトハウス(Lighthouse)の2枚組の『ライヴ!(Live !)』です。

 

ライトハウスはカナダ出身のブラス・ロックバンドです。日本では同じブラス・ロックでもシカゴBSTほどの人気も知名度もなかったと思います。

結成は1969年で、中心メンバーはスキップ・プロコップ(Skip Prokop,ds,vo)でした。スキップ・プロコップと言えばアル・クーパーとマイク・ブルームフィールドのフィルモアの奇蹟』でドラムを叩いていた人です。

彼はそれ以前にポーパーズ(The Paupers)というバンドを結成し2枚のアルバムをリリースしていました。これが1969年に解散すると、スキップはポール・ホファート(Paul Hoffert,p,org)ライトハウスを結成しました。当初のメンバーは13人の大所帯でした。

この年にファースト・アルバム『Lighthouse』がリリースされました。ザ・バーズ「霧の8マイル」をカバーしました。

同じ年にセカンド・アルバム『Suite Feeling』をリリースしました。ザ・バンドの「チェスト・フィーバー」やビートルズのカバーが収録されています。「Feel So Good」がヒットしました。

 

その後もカナダでは人気を博し、アルバムも順調にリリースを続けました。

 

そして通算7枚目のアルバムとして1972年に発表されたのが『ライヴ !(Live !)』でした。

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Side A

1.I Just Wanna Be Your Friend

2.Old Man

3.Rockin' Chai

 

Side B

1.Sweet Lullaby

2.Eight Miles High

 

Side C

1.1849

2.You And Me

 

Side D

1.Take It Slow

2.One Fine Morning

3.Insane

 

そしてこの時のメンバーが

Skip Prokop - Drums, Percussion, Vocals

Paul Hoffert - Vibraphone , Keyboards, Congas

Louis Yacknin - Bass

Richard Armin -

Bob McBride - Lead Vocals, Percussion 

Howard Shore - Saxophone, Flute, Vocals

Larry Smith - Trombone, Vocals

John Naslen - Trumpet 

Don DiNovo - Violin 

 

プロデュースはジミー・レナー(Jimmy Ienner)です。

 

1972年2月6日ニューヨークのカーネギーホールでのライヴ録音です。

10人編成となって少し人数が減っています。

ここでもザ・バーズの「霧の8マイル」を延々19分にわたって演奏しています。

このアルバムはカナダのプラチナ・レコードに輝きました。

大編成ブラス・ジャズロックです。この迫力がなんとも言えません。大音量で聴くのが一番です。

 

その後もリリー下アルバムはヒットしました。しかしメンバーチェンジも激しくなり、結局1974年のアルバム『Good Day』を最後に解散しました。

 

その後も再結成を何度も繰り返し、現在に至っています。

 

日本での人気はいまひとつでしたが、本国カナダでは根強い人気を誇るバンドでした。10枚のレコードがゴールドとプラチナ・レコードに認定されました。

個人的には同じブラス・ロックでもシカゴよりも気に入っていました。

 

スキップ・プロコップは2017年に亡くなっています。

 


LIGHTHOUSE LIVE 1972 "I JUST WANNA BE YOUR FRIEND"


LIGHTHOUSE LIVE 1972 "8 MILES HIGH"


Lighthouse - You and Me (live)


LIGHTHOUSE LIVE 1972 "ONE FINE MORNING"

 

それでは今日はこの辺で。