先日のキネ旬シアターは『関心領域』でした。
監督:ジョナサン・グレイザー
アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘス一家の日常を描いた、なんとも不気味な怖ろしい歴史映画です。
カンヌ国際映画祭のグランプリやアカデミー賞国際長編映画賞など数々の映画賞を獲得した作品です。
「The Zone of Interest(関心領域)」とは、第二次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュヴィッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉だそうです。
映画では壁一枚隔てた屋敷で暮らす収容所所長ルドルフ・ヘス一家の暮らしが描き出されます。
この映画、見方によっては退屈極まりない映画です。一方、見方によっては空恐ろしい映画です。ストーリーと言えるようなストーリーはありません。
この一家と使用人たちは広大な屋敷に暮らしています。子ども達は父親に誕生日プレゼントを贈り、父親は満足気。妻は広い庭園の花々を愛で、幼い子どもはおもちゃで遊ぶ。使用人たちは余ったきれいな衣服を取り合い、父親は仕事に精を出す。なんとも幸せな日常が淡々と映し出されます。背景がわからなければ退屈そのものです。
しかし、隣りがアウシュヴィッツ収容所となると話は一変します。きれいな花々の肥料は処刑されたユダヤ人の遺骨。幼い子供が遊ぶおもちゃは処刑された処刑されたユダヤ人の歯。使用人たちの取り合っている衣服は処刑されたユダヤ人たちの衣服。父親はユダヤ人の死体の効率良い焼却方法の打ち合わせ。想像しただけで恐ろしいことです。さらに、絶え間なく聞こえる銃声や叫び声、怒声。しかし、皆は意に介しません。父親が妻に転勤の話をすると妻は激怒。この家を離れたくないから単身赴任をするようにと。この感覚ははたから見ると異常ですが、彼らにはなんの不思議もありません。
映画のオープニングはタイトルが消えたあと、何も映し出されない真っ暗なスクリーンが数分間続きます。昔の実験映画を観ているようです。やがて鳥のさえずりが聞こえてきて景色が映し出されます。
この映画には夜中に収容者のためにか、リンゴを撒く少女がサーモグラフィー画像で映し出されるシーンやヘスが突然嘔吐し、その建物が現代のアウシュヴィッツ博物館に入れ替わるという場面もあって、予備知識がないと不可解な部分もあります。しかし一切説明はありません。ヘスの嘔吐は罪悪感からなのか、そうであってほしいと願います。
いずれにしても隣の出来事に無関心であるのはこの一家に限ったことではありません。ガザにしろウクライナにしろ所詮は隣の出来事になってしまっている世の中はホロコーストと同じことを再び繰り返すことになるのです。
この映画の重要な要素は音です。見えない音。見えない声。見えない銃声。見えない会話。見えない怒声。見えない騒音。すべてはその音から何が起きていることを想像するしかないのです。極めつけはエンディングの音楽。不快感極まりない曲で映画の不気味さを引き立たせていました。
それでは今日はこの辺で。