Flying Skynyrdのブログ

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映画『658km、陽子の旅』を観る

先日のキネ旬シアターは『658km、陽子の旅』でした。

 

監督:熊切和嘉

出演:菊地凛子竹原ピストル黒沢あすかオダギリジョー

製作:2023年  日本

 

東京で引きこもりの女性が、長年断絶していた父親の訃報を受け、青森の弘前までヒッチハイクの旅に出るというロードムービーです。

 

陽子、42歳独身。東京で孤独な引きこもり生活を送っています。出身は青森県弘前市就職氷河期世代のフリータです。現在はネットでの仕事をし、食料もネット購入で自堕落な生活です。父親とは自分の夢を反対されたことがきっかけで18歳で家を出て、20年以上疎遠になっています。

ある日、従兄からその父親の訃報の知らせを受けます。従兄とその家族に連れられて、車で渋々弘前に向かいます。喪服もありません。道中父親との嫌な思い出がよみがえります。

途中のサービスエリアで従兄の子供がトラブルに遭い、従兄一家は病院へ。知らずにいた陽子は置いてけぼりを食ってしまいます。どうしようか迷う陽子ですが、所持金もなく、やむなくヒッチハイク弘前に向かうことにます。途中で様々な人間に出会います。しかし、出棺は翌日の午後です。果たして間に合うのか・・・。

 

最初のヒッチハイクをお願いした相手は最近失職したОL。東京での面接の帰りです。彼女が話しかけても陽子はダンマリ。ОLは一人でしゃべりっぱなし。そしてトイレしかないパーキングエリアで陽子を下ろします。陽子は借金を申し込みますがあっさり断られ、立ち去っていきました。

無人のパーキングエリアで寒さをこらえて車が来るのを待っていると、同じくヒッチハイクをしている若い女が車から降ろされて、やはり次の車を待っています。怖がりの女で、陽子は面倒くさくなり、次に来た車を譲ってしまいます。

次に現れたのが自称ライターの男。男は青森まで送っていくと、但し条件があるといい身体を要求します。陽子は止む無く了承し、ラブホテルへ。事が済むと、男に電話が入り、締め切りの記事を書かねばならないので送っていけないと言い出します。陽子は逆上して殴りかかりますが、難無くかわされ悔しくて泣きながら走り出し、いつの間にかどこかの海岸にたどり着き、そのまま寝てしまい気がつくと夜が明けていました。そしてまた歩き出します。

場面は変わり、陽子は農家の老夫婦の軽ワゴンに乗っています。老夫婦は親切にも若い女性の何でも屋を紹介してくれ、何でも屋は最寄りのサービスエリアまで送ってくれたのでした。陽子は老夫婦に深い感謝の念を表します。サービスエリアで陽子は意を決して、これまでの引っ込み思案な性格を押し殺し、駐車場にいる人に片っ端から声をかけ、さらに、青森までの同情をお願いします、と声を張り上げます。すると一人の少年が「ハーイ」と返事をします。

その少年と父親の車に乗って青森へ向かいます。道中、陽子は心からの感謝の気持ちを述べるとともに、自分のこれまでの人生を語りだします。すると少年は兄がバイクで途中まで送ってくれます、というのです。陽子は兄のバイクの後ろに乗って家の近くで降ろしてもらいます。そして雪の降るなか実家の前にとたどり着きます。すると玄関から従兄が出てきて、「伯父さん待ってるぞ!」と声をかけます。陽子は泣き崩れ、しばらくして立ち上がり玄関へと向かうのでした。

 

夢を絶たれ、人生を諦めきった女性。世間から全く乖離した生活です。そしてその責任はすべて父親だ、許せない。そんな沸々とした気持ちで20数年生きてきたのでしょう。他人と接する機会がほとんどない中で、ヒッチハイクをお願いすることもままならず、運よく乗せてもらっても会話が成り立ちません。しかし、老夫婦の私心が無い親切に遭い、心が溶け出します。そして父親を赦せる自分に気がついていくのです。

 

中年女性の再生物語です。ここまで自堕落な生活に陥るのには相当な理由があったとは思うのですが、その辺の描写は一切ありません。陽子がどんな夢を持っていたのかもわかりません。父親が何故反対したのか、そして夢を実現させるためにどの程度努力したのかも分かりません。わからないことだらけです。只々想像すのみです。それでも20数年一人で生きてこれたのですから、それなりには頑張ったのでしょう。しかし、父親の死によってようやく自分を見つめ直す時が来たのです。いかに自分が駄目な人間だったかを父親が気付かせてくれたのです。最後の陽子の涙はその感謝の表れだったような気がします。

 

 

陽子が歩いた海岸はいわき市あたりでしょう。原発の廃土が無数に積まれていました。

菊地凛子、さすが国際女優。ほとんどセリフの無い役を表情と態度でうまく表現していました。観ているこちらがイライラするほどですから。

父親役のオダギリジョーは短い回想シーンが3,4ショットあっただけでセリフも全くありません。


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それでは今日はこの辺で。