Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

大学時代の映画生活

晴れて?東京へ出てきました。練馬区にアパートを借りて、大学入学手続きを終え、早速学園生活が始まりました。初めて大学に登校して驚いたのは、正門からずっとサークルの勧誘が並んでいたことです。こんなにいろいろなサークルがあるのかと感心しました。私はすでに入りたいサークルを決めていましたので別に勧誘に負けることはなかったのですが、私の希望するサークルは勧誘をしていませんでした。不思議に思い聞いてみると、「部室があるから行ってみな」、と言われその部室に行ってみました。確かに『映画研究会』と看板がかかっていました。ノックして中に入ると一人の男性がいました。入部したい旨を伝えると、「別に入ってもいいけど活動はしていないよ、それでもよければ」と言われました。がっかりしました。それでも今後の計画とかないのかと食い下がりましたが、全くやる気がありませんでした。しょうがなくあきらめることにしました。別にサークルに入らずとも映画は見られると思い一人で動くことにしました。

暫くして大学の友人から『映画史研究会』なるものがあると聞き、早速訪ねました。しかしここもやる気なく名前だけでした。でもまあ何かの役には立つかもと入部の手続きをしましたがそれっきりでした。大学生なんてこんなもんかとがっかりするやら、あきれるやらでした。学園闘争もやや下火になりかけて退廃ムードが漂い始めていたのかも知れません。ただ、私は希望に満ちていました。

当時は映画上映に関する情報はほとんどなく(ぴあが創刊されたかされなかったか)自分で映画館を歩き回ってスケジュールを確認しました。池袋の文芸座、文芸地下、高田馬場のパール座、早稲田松竹飯田橋の佳作座、ギンレイホール、新宿のATG、蠍座、京橋の国立フィルムセンター等々、とにかく安くみられる名画座で上映される映画を手当たり次第観ました。その他にいろいろな会館で特別上映があって、映画監督などが出演してその映画に関する解説や質疑応答などもあって、その上映の情報をなんとか入手しては観に行ったものです。

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こんな珍しいものが残っていました。上は大島渚の4本立てで大島渚監督もこられて対話形式の講演がありました。ここで憶えているのは、ある観客が監督が講演の中で使った「範疇」という意味の解釈についてしつこく質問し、しまいには監督を怒らせてしまったなどということがありました。ほかの観客はいい加減にしろみたいな雰囲気でせっかくの上映会なのに気分を削がれたという記憶がかすかにあります。

下は吉田喜重の2本立てで、難解な映画をゲストの人が解説してくれたのだと思います。

このようにして年に100本以上の映画を観ていました。さすがに4年生の後半は就職活動が入ってきたのでそこまでは観れなかったと思いますが、4年間で400本以上は観たと思います。観た映画の記録や感想でも書いておけばいいものを何も残っていません。いい加減な性格が表れています。

さらに途中から演劇も見始めました。演劇といってもテント劇(赤テント、黒テント天井桟敷などのアングラ演劇です。

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これらは多分佐藤信黒テントの入場券だと思われます。全く記憶がありませんが。

この他にもたくさん観たはずなのですが記録は残っていませんし、記憶にも残っていません。桃井かおりがまだ駆け出しのころ出演していた演劇を観た記憶はありますが、タイトルは忘れました。いい女だったことは鮮明に覚えています。

こんな感じで大学生活を送っていたわけですが、もちろん映画だけの生活だったわけではありませんが、その他のことはこの稿に関係ないのでまた別の機会にということで。