Flying Skynyrdのブログ

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映画『かくも長き不在』を観る

今日の自宅シアター、またまた古い映画で恐縮です。『かくも長き不在』です。

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監督:アンリ・コルピ

主演:アルダ・ヴァリ、ジョルジュ・ウィルソン

制作:フランス 1961年 日本公開1964年

 

この映画も高校生の頃、映画祭で観た映画ですが、記憶に乏しいです。DVDにはなっておらず、たまたまCS放送で放映していました。

アンリ・コルピ監督と言えばアラン・レネ監督作品『去年マリエンバートで』『二十四時間の情事』などの撮影で有名です。カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞作です。白黒映画です。

 

ストーリーは、パリの郊外でカフェを営むテレーズ・ラングロワは忙しく働きまわっています。彼女にはトラック運転手の恋人ジャックがいます。ジャックは運転の途中でカフェに立ち寄ります。バカンスには旅行に行こうと誘いますが、彼女は生返事。そんなある日、店の前を浮浪者(ホームレス)が歌を歌いながら通りかかります。その男を見たテレーズは驚きます。実は彼女には16年前にドイツ・ナチスに連行された夫がいたのです。その夫に瓜二つだったのです。そして次に通りかかったときに、店の従業員に彼を店に連れてきてと頼みます。店に入ってきた男は、他の客に歌の続きの歌詞や名前などを聴かれます。答えた名前は、行方不明の夫とは違っていました。ただ男は記憶喪失なのだと言います。彼女は確信しました。夫に違いないと。そして男の後をつけます。川岸のバラック小屋が男の住処でした。彼女はじっと彼の様子を伺います。一晩明かして、小屋の中を除き寝姿を盗み見します。男が起きて洗顔をしている間、物陰に身を隠し様子を伺います。すると男は小屋から箱を取り出し、雑誌の切り抜きを始めます。この切り抜きが何を意味しているのかは分かりませんが、男の趣味になっているようです。

彼女は男に声をかけ、店に来るように誘います。男は現れます。部屋に誘うと、狭いからと嫌がります。止む無く広い店の席で食事をします。ワインを飲んで、夫が好きだったブルーチーズを出します。彼女は好きでしょう、と訊ねます。男は確かにこの味は憶えていると答えますが、それ以上のことは思い出せない様子。彼女は必死に思い出させようとしますが、無理でした。そして二人でダンスを踊ります。そして男の後頭部に深い傷跡があることに気づきます。結局、男は「あなたは優しい人だ」と言って店を去ります。店の外には出ると男は人を避けるように歩いていきます。テレーズは夫の名「アルベール・ラングロワ」と叫び呼び止めます。周りにいた男たちも「止まれ」と叫びます。男は立ち止まりますが、振り返りません。恐怖の記憶が甦ります。そして逃げるように走り出します。男たちは追いかけます。そこにトラックが走って来て。

恋人のジャックは気を失っていた彼女に彼は無事だと伝えます。彼はどこに、と聞くと「町を出た、あきらめたほうがいい」と答えます。彼女は「私は諦めない、冬になれば必ず帰ってくる。私が焦りすぎたのよ」と言います。ジャックは去っていきます。

 

静かなる反戦映画です。男の態度の端々に戦時中のこと、ナチスでの拷問が窺われます。戦争が男女を引き裂いた。そして、それは決して取り戻すことはできない。そんな不条理を描いた映画だと思います。直接的な表現はありませんが、様々な場面でそれを感じさせるようにできています。

また、記憶を取り戻せない、記憶が無いということの恐怖。それを思い出させようと焦る女心。追い詰められる男心。追い詰めれば逃げる。この男女の心のせめぎあい、それは男女関係、人間関係の常套でしょうか。

女優アリダ・ヴァリの演技は迫力満点です。白黒映像がそれを引き立たせています。

すっかり忘れていました。新鮮な気持ちで観れました。記憶というものほどあてにならないものはありません。人間の脳とはどうなっているのか。

小説も映画も、忘れてしまったものでも、改めて読んだり、観たりするとまた違った感想を得られるので、忘れるということも2度楽しめるという意味では満更ではないかもしれません。

それにしてもこの映画、私が住んでいた田舎街でさえ名画祭で呼んだくらいですから、名作として知られていたはずなのですがDVD化されていないと言うのはどういう訳なのでしょう。不思議です。

CS放送は古い映画もたくさん放映しているので楽しみにしています。


アリダ・バリ "かくも長き不在" (1960・仏) 想い出のダンス

 

それでは今日はこの辺で。