Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

この人の、この1枚『スリーピー・ジョン・エスティス(Sleepy John Estes)/The Legend of Sleepy John Estes』

今日の「この人の、この1枚」はスリーピー・ジョン・エスティス(Sleepy John Estes)『The Legend of Sleepy John Estes』です。

 

伝説のブルースマン、スリーピー・ジョン・エスティスが発表した1962年のアルバムです。このアルバムは1973年に、当時ブルース・ブームで沸き起こった日本でも発売され、カントリー・ブルースとしては珍しいヒット・アルバムとなりました。

 

エスティスはテネシー州リプリーで1899年に貧しい小作農家の16人兄弟の7番目の子供として生まれました。生年月日には諸説あって、当時のレコードの解説では1904年生まれとなっています。また1900年生まれという説もあります。

 

幼い時に友人が投げた石が右目にあたり失明。後に左目も視力を失います。11歳の時にブラウンズヴィルに移転。音楽が好きだった彼はチーズの箱を利用して作ったギターで独学でギターを覚えます。それを見た父親がギターを買ってくれました。この頃には人前で歌うようになり、小遣い稼ぎをしていました。

1929年にビクターで初めてのレコーディングをします。翌年までに30曲ほど録音しますが、不況により打ち切り。止む無くブラウンズヴィルに帰り、農夫へ舞い戻りです。

1934年頃、シカゴでブルースが流行りだすと、エスティスもシカゴへ。そこでデッカ・レコードへのレコーディングのチャンスを得て約5年間に30曲ほど録音します。しかし、戦争で物資不足、再び農夫へ逆戻りです。このころ左目も失明。そして忘れ去られた存在になります。

 

1960年代に入ると、アメリカではブルース・ブームが再燃。研究者達によって戦前のブルース・マンの再発見が続きます。しかし、エスティスはなかなか見つかりませんでした。それもそのはず、彼はすでに死んでいるとの説が流れていたのです。それを打ち壊したのがビッグ・ジョー・ウィリアムズでした。エスティスはブラウンズヴィルあたりにいるはずだというのです。そしてデヴィッド・ブルーメンソールという人が、ブラウンズヴィル近郊の田舎の掘立小屋に住んでいたエスティスを見つけ出したのです。

 

その時の彼の家は電気も水道も来ておらず、若い妻と子供を抱えて極貧の状態だったそうです。すでに視力は完全に失われ、収入は妻の内職と国からの僅かばかりの補助でした。ブルーメンソールはこの発見をデルマーク・レコードに知らせ、さっそくレコーディングを開始しました。相棒のハーピストハミー・ニクソンも一緒でした。こうして出来上がったのが『The Legend of Sleepy John Estes』です。

 

このアルバムはエスティスの泣き声のような叫びが胸に響きます。歌詞もエスティスのどん底の生活を表しており、これぞブルースだという内容になっています。

 

この後、1974年には日本での『第1回ブルース・フェスティバル』にハミー・ニクソンと共に参加しました。1976年にも再来日しましたが、その僅か半年後に脳梗塞により亡くなりました。78歳でした。

f:id:lynyrdburitto:20201007133957j:plain f:id:lynyrdburitto:20201007134037j:plain

  

A1 Rats In My Kitchen

A2 Someday Baby

A3 Stop That Thing

A4 Diving Duck Blues

A5 Death Valley Blues

A6 Married Woman Blues

 

B1 Down South Blues

B2 Who's Been Telling You, Buddy Brown

B3 Drop Down Mama

B4 You Got To Go

B5 Milk Cow Blues

B6 I'd Been Well Warned

 

メンバーは

Vocals, Guitar – Sleepy John Estes

Bass - Ed Wilkinson

Harmonica - Hammie Nixon

Piano - John "Knocky" Parker*

        

プロデュースは Robert G. Koesterです。

 

涙なしには聴けません。

 


Rats in My Kitchen


Death Valley Blues


Drop Down Mama


I'd Been Well Warned

 

それでは今日はこの辺で。