今朝の新聞に吉田喜重の訃報が載っていました。89歳でした。
吉田喜重氏は映画監督で大島渚氏、篠田正浩氏とならんで松竹ヌーベルバーグの三羽烏と言われました。1960年前半の時代で、その頃のことは当然私など知る由もありません。
私が彼の映画を初めて観たのは、1970年のあくまでもフィクションですが無政府主義者の大杉栄の日蔭茶屋事件(伊藤野枝と神近市子(映画では仮名)との三角関係)をモデルにした映画でした。大杉栄は後に伊藤野枝と共に官憲に虐殺され井戸に放り込まれました。映画は現代と過去を行ったり来たりしながらの進行です。
当時、私は高校生で大杉栄のこともよく知らずにこの映画を観たのですが、3時間にも及ぶ大作でしたが、歴史的背景もよくわからず、その時ははっきり言ってよくわかりませんでした。映画を観終わった後、大杉栄と伊藤野枝についての本を読んで納得した次第です。
その後、『煉獄エロイカ』『告白的女優論』『戒厳令』と問題作を次々と製作しました。特に『エロス+虐殺』『煉獄エロイカ』『戒厳令』は「日本近代批判三部作」と呼ばれました。『煉獄エロイカ』は戦後の革命活動のおはなし。『戒厳令』は社会主義思想家で二・二六事件で理論的主導者として死刑判決を受け死刑になったの北一輝の物語です。いずれも難解な映画で話題になりました。
これらの映画を観た後に、彼のデビュー作『ろくでなし』から始まって『秋津温泉』など、すべての作品を見直した次第です。そうしてみると、やはり『エロス+虐殺』が彼にとっての転換点だったような気がします。その後は映画製作は4本のみで、2002年の『鏡の女たち』を最後にメガホンを執っていません。その後は執筆活動を主に行っていました。
大島渚には小山明子、篠田正浩には岩下志麻がいつも出演していたように、吉田喜重には岡田茉莉子でした。いずれも夫婦でした。この関係が実に面白かったのです。
松竹ヌーベルバーグも篠田正浩氏のみになってしまいました。
改めて吉田喜重氏のご冥福をお祈りいたします。合掌
それでは今日はこの辺で。