久しぶりの読書記事です。本は欠かさず読んでいるのですが、読み終わるころには詳細を忘れてしまっているのでなかなか感想を書くに至りません。お恥ずかしい話です。
ブックオフで何気なく本を漁っていたら、100円コーナーで貫井徳郎の『愚行録』という本が目につきました。この作家の小説は読んだことが無かったので、ものは試しに読んでみるかと思いその他多数の本と併せて買いました。
家に帰って暇つぶしに読み始めました。裏表紙には「一家4人惨殺事件云々・・・・」などと書いてあり、これは「世田谷一家殺人事件」をモチーフにした小説かな、などど勝手に想像しました。でも、まったく違っていました。
一家殺害事件の意外な犯人。
ネタバレです。あくまでも自分自身の備忘のためですのでご容赦願います。
1ページ目に「3歳女児衰弱死 母親逮捕、育児放棄の疑い 3歳の女児を衰弱死させたとして、警視庁は24日、母親の田中光子容疑者(35)を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。」(以下、記事が続きます)という新聞記事が記載されています。
そして本文へ。
ここからはインタビューによる事件説明になります。インタビュアーは男性の雑誌記者のようですが、事実は後程わかります。
一人目のインタビュイーは事件のあった家の近所のおばさん。この人へのインタビューで、事件は夫婦と幼い娘2人が惨殺されたということがわかります。場所は練馬区氷川台駅の近くの新築一軒家です。殺されたのは不動産開発会社に勤める田向氏とその妻、小学校に入学したばかりの女の子とその妹の4人です。この一家は引っ越してきてまだ3カ月ほどでした。田向氏は早稲田大学、妻は慶応大学卒の外見は幸せそうな一家だった、そして殺され方は凄惨だったということです。
インタビューはインタビュイーの一人語りです。以下、会話形式の文体はありません。
インタビューとインタビューの間に兄妹の会話(と言っても妹が一方的に話しているのですが)が挿入されます。一見何の脈絡もないのですが、後々事件と関係してきます。最初の会話は、この兄妹がなにやら秘密を持っているということを伺わせます。妹は秘密を楽しんでいるようです。
次のインタビューは娘の小学校の同級生のお母さん。妻と親しくしていました。妻はとても美人で、頭がよく、しかしそれを鼻にかけず、とても華やかな人だったと褒めます。しかし、最後の方で子供を預けた時のことで、なにやら恨みがましいことを話しました。
そしてまた兄妹の話。どうしようもない両親だったと、妹が愚痴ります。父親は家を出て女のところへ。母親にはいつも殴られていたことを話します。
次のインタビューは田向氏と大学の同期で、会社の同僚です。社内では一番親しかったと本人が話します。田向氏の仕事上のトラブルや女性関係について詳しく答えます。自分たちは早稲田を卒業して、一流会社に就職したという自慢話にも聞こえます。田向氏に対しての感想は優柔不断な一面と冷酷な一面があったというような話をしました。
そして兄妹の話。今度は母親の浮気と父親が戻ってきた話。
次のインタビューは妻(旧姓・夏原)の慶応時代の同級生の話です。慶応大学の『内部』『外部』の話。幼稚舎から上がってきた学生は『内部』の人間。大学から入って来た学生は『外部』の人間。この格差は想像を絶するという話。『内部』の学生は『外部』の学生を人間扱いしない、『外部』の学生はなんとか『内部』の人達に認められようと必死に尽くす。
しかし、夏原は『外部』であるにもかかわらず、『内部』の学生に認められた数少ない学生でした。『外部』の人間にとっては憧れの的だったということです。インタビュイーはそんなことには無関心だったと言います。それなのに夏原が自分に興味を持って近づいてきて、親しくなりました。しかし最後には男の取り合いで取っ組み合いの喧嘩にまでなったということを暴露します。インタビューの中で夏原の取り巻き連中の中で山中さんや田中さんという人も登場しますが、結局『内部』の仲間には入れませんでした。この二人はいいようにもてあそばれたということでした。
後のインタビューでこのインタビュイーは宮村という姓であることが分かります。
また兄妹の話。今度は父親が自分を犯す話。酔っぱらうたびに犯されていた。それでも早く終わってくれないかな、程度にしか感じられなかったと。お兄ちゃんも父親に殴られていた、それを見る方が辛かったと。
次のインタビューは田向氏と交際していた子連れの女性です。田向氏とは学生時代に知り合って、女性の方が一方的に好きになった、田向氏は付き合っていた彼女がいましたが、女性が強引に迫ると、二股を条件に付き合ってくれよようになった。しかしいつまでたっても相手と別れないので、その相手にすべてをばらしたが、田向氏の怒りを買って別れました。しかし、田向氏が就職活動時期になると、女性の父親が三井物産に勤務しているということで再び近づいてきました。そしてまた付き合うようになりました。それでも何かおかしいと、調べてみると、やはり同じように就職のコネを理由に付き合っている女がいました。その女に電話して呼び出し、その場に田向氏も呼んで二人でぎゃふんと言わせようと相談しましたが、田向氏がその女に対し、理路整然と口撃するのを聞いていて女性は逆に惚れ直してしまいました。結局は別れることになりましたが、今でも田向氏のことは私が一番理解していると言い張ります。
兄妹の話。父親と関係を持ったことが母親に知れて、逆に虐待される。しかも父親の行為は続く。ある時それを兄が力づくで止めてくれ、それ以降父親は息子に殴られたショックで、しょぼくれてしまった。信じられるのはお兄ちゃんだけだよ、と。
最後のインタビューは夏原と宮村が取り合いになった男です。その宮村は通り魔に刺されて死亡したことが分かります。
男は宮村に夏原と付き合っているのがバレて別れ、夏原と付き合い始めます。当然体の関係を求めますが、夏原はこれを断固拒否し、軽蔑されて結局別れます。男は宮村という女がインタビューでどんなことを答えたのかは知らないが、夏原に一番対抗意識を燃やしていたのは実は宮村ですと話します。
そして、残りページも少なくなってきて、真相はどうなっていのと、気がかりになってきました。
最後の兄妹の話。この兄妹は結局両親に捨てられ、祖父に引き取られました。この祖父は比較的裕福でお金を残して亡くなってしまいます。その金で、娘は慶応大学に入学します。そして夏原と知り合い、憧れを持ちます。夏原も娘を気にかけてくれて、『内部』の男を何人も紹介されますが、いずれも遊ばれて終わりでした。そうです、この娘は田中だったのです。ここで冒頭の新聞記事との関連性が判明します。
田中はその後子供を産んで、暮らしていましたが、ある時夏原を街で見かけ、幸せそうな彼女に嫉妬を覚えます。そして彼女の後をつけ、夜、家に侵入し居合わせた夫、子供を殺します。
しかし、田中は殺人犯としては捕まりませんが、自分の娘を死なせたとして保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されてしまいます。この子供は、なんと兄との間に出来た子供でした。兄は妹が犯した殺人がバレていないか知りたくて、色々な人に雑誌記者を装ってインタビューしていたのです。そして宮村から、田中の名前が出たことで、危ないと思い通り魔の犯行に見せかけて殺害したのです。
妹は子供が憎くて殺したわけではない。大事に育てようと思ったけど、でもどう育てていいかわからない。立派な母親になろうと思ったけど、どうしていいかわからない。ご飯を食べないけどどうしたらいいかわからない。そしたら死んでしまった。病気だと思った。救急車を呼んだ。警察が来て逮捕された。子供の育て方が悪くて逮捕されるなら、自分の両親も含めて、逮捕される人はたくさんいるはずだ。どうして私ばかり。
いやはや、何とも後味の悪い小説だったことでしょう。これは完璧にイヤミスですね。そういう意味では大変面白い小説でした。といっても私の拙い文章では面白さは伝わらないでしょうが。あらすじを書くのも難しい小説で、興味のある方は一読をお勧めします。
ある人間を客観的に語るということは、まず不可能でしょう。インタビューされている人間は客観性を装いながら、実に主観的です。そして当事者も色々な側面を持っています。
その人間の評価を客観性を交えたつもりで話しながら、自分の正当性を語っているのです。作者は殺害された夫婦の過去の出来事や、犯人の行いだけを指して『愚行』というのではなく、インタビューを受けた人たちの話の数々を『愚行録』として書き留めたのではないでしょうか。
この『愚行録』は映画化されているようです。全く知りませんでした。この映画は見ないほうがいいかもしれません。小説の面白さを表現するのは難しいような気がします。
沼田まほかる、真梨幸子以来イヤミスに嵌っています。そして、また一人増えました。
それでは今日はこの辺で。