Flying Skynyrdのブログ

映画や音楽、本についての雑文

映画『空白』を観る

先日のキネ旬シアターは『空白』でした。

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監督・脚本:吉田恵輔

出演:古田新太松坂桃李、田辺智子、寺島しのぶ

製作:2021年 日本

 

古田新太の熱演が光るヒューマン・ドラマです。

完全ネタバレです。ご容赦願います。

古田新太演じる添田充は港町の漁師です。すぐに口汚く怒鳴る粗暴で厄介な男です。彼の弟子の野木もしょっちゅう怒鳴られ内心うんざり気味です。妻も愛想をつかし離婚して、再婚しています。中学生の娘・花音と二人暮らしです。その娘も父親の言動に怯えながら暮らしています。母親に買ってもらった携帯電話も「まだ必要ない」と捨てられてしまいます。逆に学校の教育が悪いと怒鳴り込む始末です。花音が「学校のことで相談がある」と言っても無視されます。花音の理解者は別れた母親だけです。

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花音は学校でも目立たず、地味な存在で、担任からも「仕事が遅い」などとよく注意を受けていました。そんなある日、花音はスーパーでマニキュアを万引きしそうになります。その現場を店長の青柳に取り押さえられ、事務室に連れていかれますが、スキを見て逃げ出します。店長に追いかけられた花音は道路に飛び出すと、駐車中の影から走ってきた車に轢かれてしまいます。手を差し出した店長を振り切ってさらに逃げようとしたところ、反対側から来たダンプカーに轢かれ、引きずられ死亡してしまいます。

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知らせを聞いた駆け付けた添田は無残な娘の死体を見て号泣します。駆け付けた母親にも「見るな!」と怒鳴ります。そして同時に怒りが沸いてきます。この悲惨な事故にマスコミが飛びつきます。スーパーの店長の対応に問題はなかったのかと、連日報道されます。葬式の日にやってきた店長に添田は「娘が万引きなどするはずがない」と掴みかかります。店長は「行き過ぎた対応でした」とマスコミの取材に謝罪します。しかしその真摯な態度もテレビ局の編集によって切り取られ悪意に満ちたものになってしまいました。

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添田は次に学校で何かあったのではと、学校に怒鳴り込みに行きます。校長、担任に詰め寄ります。学校側は仕方なく調査を開始しますが、彼女は全く目立つ存在ではなく、誰の印象にも残っておらず、問題は無かったと回答します。納得できない添田は自分で生徒たちに聞くと言い張る始末。校長はそれを止めさせるため、「店長は痴漢の疑いをかけられた男だ」と、嘘の情報を伝えます。それを聞いた添田は店長に「ワイセツ目的だったのだろう」と詰め寄りますが、店長はきっぱりと否定します。

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連日マスコミの報道に晒されたスーパーは客足が落ち込み、パート従業員も辞めていきます。添田は連日スーパーに出向き嫌がらせを始めました。マスコミもそれを面白おかしく報道します。ネットでは誹謗中傷が止まず、店には悪戯され、店長は追い詰められていきます。帰りには添田が後をつけてきます。店長はたまらず土下座して謝りますが、添田は聞きません。「土下座なんて誰でもできる」と言って自分も土下座して見せます。

 

添田は店長を事故現場へ連れていき、娘はどんな風に死んだんだと問い詰めます。店長は走ってきた車の前に跳び出そうとします。それを引き留めた添田は「自殺するなら人に迷惑をかけないようにしろ」と怒鳴ります。スーパーは売り上げが落ち、遂に廃業を決意します。そして店長は自殺未遂を起こします。これはベテランのパート従業員に助けられます。

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添田の家の電話が鳴ります。電話に出ると「自殺した!」と聞き直します。自殺したのは店長かと思いきや、自殺したのは最初に花音を轢いた女性でした。女性は許しを乞おうと何度も添田の家を訪ねましたが、会えずに後悔の念から自殺してしまったのです。その葬儀の日に添田が参列すると、女性の母親が添田に対し「娘は心が弱く自殺してしまいました。親の育て方が悪かったのです。申し訳ありませんでした」と謝罪されたのです。

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このことがきっかけとなって、添田の心に変化が生まれます。娘の遺品を整理し始め、出てきた油絵セットで絵を描き始めました。添田の絵は拙く、何を描いたのかわからないほどです。弟子の野木が何を描いたのか尋ねると「イルカのような雲」だと答えました。遺品の中にあったぬいぐるみを取り出し、ファスナーを開けるとマニュキュアが出てきました。やはり娘は万引きをしていたのです。添田はそれをこっそり捨てに行きました。

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時は流れ、ある日添田は偶然店長と出会います。店長は今では道路工事の交通整理をしていました。頭を下げようとする店長を、謝るのはこちらの方だが、もう少し時間が欲しいと告げます。店長はひたすら土下座を続けます。

添田の元へ花音の担任だった先生が美術部だった花音の作品を持ってきたのでした。添田はその中の1枚に目を引かれました。それは添田がて描いた空に浮かぶイルカと同じ3つの雲でした。添田の目から涙が流れました。

 

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被害者がいつの間にか加害者になる、またその逆も。そんな日常の怖さを感じた作品です。被害者の家族であった添田は、加害者であった店長や運転手の女性を自殺未遂や自殺にまで追い詰めます。人間の憎しみは時によってあらぬ方向へと事態を導きます。そんな事件が現実に数多く存在します。また生死にまで至らずとも、身近な日常にもこのような逆転現象がいくらでも起こります。「親切」のつもりでしたことが相手にとっては「迷惑なお節介」になったりと。この映画の中でも一人のベテラン・パート従業員が「店長は悪くない。スーパーこそ被害者だ」と言ってビラを配り始めます。この女性の正義感も店長にとっては苦痛だったのです。

 

映画のタイトル『空白』は何を意味していたのでしょう。辞書によると『空白』とは「書き込むべきところに何も書いていないこと。転じて、むなしく何もないこと。」などとなっています。つまり『空白』=『無』です。

添田の娘・花音は学校でもその存在すら認知されていないような存在。いわゆる『無色透明』のような存在です。万引きしたマニュキュアも『無色透明』。添田は娘のことについて全く知らない。つまり『無知』。店長が味わった「絶望感」『虚無感』。『無』の連続です。そして最後に親子が描いた『空に浮かぶ白い雲の絵』によって親子間の『空白=無』が同じ景色を眺めていたということで少し埋められたのです。

 

私も子供のことを知らないダメ親父です。

 

古田新太が演じる暴力オヤジ、その迫真の演技に魅了されました。

 

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それでは今日はこの辺で。